第十三話 影
清磨は崖から落ちてゆく時、咄嗟に蜘蛛が吐く糸のようなものを大量に放ち、自分と高鉄を幾重にも包んだ。
それはまるで人間の繭であった。
あの時、高鉄が自分を抱え、崖下へ身を投じていなかったら、あの場で二人とも、景雅と賊に惨殺されていただろう。
高鉄に命を救われた。
そして、汐海の人達にも。
聞けば、自分達が流れ着いた海岸を、千歳が夢で見たお陰で助かったのだという。
千歳がいなければ、自分と高鉄の命は尽きていた。
そして不思議な事に、千歳が看病していると、自分の腐敗し始めた傷から穢れが消え、回復に向かったのだという。
千歳には、いくら感謝しても足りないと、清磨は深く思った。
千歳は無意識のうちに、鬼を寄せたのではないか。清磨はぼんやりとそう考えた。
清磨と高鉄が汐海の屋敷に運び込まれてから、十日が経っていた。
高鉄の回復の早さに、医者が驚いていた。
傷口からの出血も止まり、既に自力で起き上がる事も歩く事もできる。
隻腕になったばかりで、何かと手伝いが必要な場面もあるが、それも慣れてしまえば一人で出来るようになるだろう。
清磨の経過も順調だった。
腐り始めていた傷口は塞がり、蝋細工のようだった顔色は、赤みを取り戻した。
顔色を失った由一が汐海家に到着したのが、五日前の朝だった。
由一の元には、清磨と高鉄は助けられはしたが、意識はなく重症だという知らせが届いていた。
二人の死を覚悟しながら、馬を飛ばして来たのだった。
由一は二人が命を取り留め、快方に向かっている事に安堵した。
そして、景雅が賊とともに二人を襲った事を聞き、驚きはしたがどこか腑に落ちるところもあった。
二人の強さを由一は十分知っていた。
高鉄、清磨は強い。
簡単にここまでの手傷を負うような者達ではない。
景雅のだまし討ちがあったからこそ、ここまでやられてしまったのだ。
景雅に対しての激しい怒りと、幾ばくかの不気味な恐怖を由一は感じた。
神代言が以前話していた、景雅に対する違和感。
その得体の知れない何かは、こういう事だったのか。
しかし、その目的は何なのか。由一は清磨の鬼寄せを見た時の、景雅の様子を思い出した。
あれかと思った。鬼寄せに対する嫉妬と羨望と怒りが入り混じったような表情を作った景雅。
あれこそが、今回の答えではないのか。由一はそう考えた。
由一は汐海家家長の潮に、何度も何度も深く頭を下げて感謝した。
そのうえで、今回の事件が清磨が狙われたかもしれない事、清磨の容態が連れ帰るには時期尚早である事を話し、厚かましい話ではあるが、もう暫く世話になり匿って貰うようお願いした。
潮は当然とも言うような態度で、快諾した。なんなら、そのままどちらかの娘の婿になってはどうかと言って笑った。
由一は浜守に戻ると、すぐに汐海家に米数俵を届けさせた。




