第8話 屋根は軽く、火には強く
屋根を軽くしたい。
それは地震対策として自然な結論だった。
重い屋根は、揺れたときに建物へ大きな力を与える。瓦が落ちれば、人を傷つけ、避難路を塞ぐ。屋根を軽くすれば、倒壊の危険は下がる。
だが江戸では、軽い屋根は燃えやすい。
板葺き。杮葺き。茅。軽いものほど火に弱い。瓦は重いが、火には強い。大火の多い町で、屋根を軽くすることは、地震に備えて火事へ近づくことでもあった。
私は数日、屋根を見て歩いた。
寝所。台所。長屋。物置。謁見の間。すべて同じ答えにする必要はない。
人が眠る建物は、倒壊を避けたい。
火を使う建物は、延焼を避けたい。
重要な文書を置く蔵は、火にも地震にも強くしたい。
災害ごとに最適解が違うなら、建物ごとに変えるしかない。
私は屋根を三種類に分けた。
人が多く眠る場所は軽くする。火を扱う場所は瓦を残す。蔵は補強して瓦を支える。屋根の下には、落下物を受ける構造を追加する。
家臣たちは、また面倒なことを言い出したという顔をした。
屋根は屋根である。
彼らにとって、用途ごとに防災性能を変えるという発想は新しかった。私にとっても、現代なら設計者が考えることで、防災担当者が自分で屋根材を選ぶことはなかった。
だが設計者はいない。
私が決めなければならない。
大工は慎重だった。
軽くすれば、風に弱くなる。板を留める金具が必要になる。金具を増やせば木が割れる。瓦を減らしても、下地が重ければ意味がない。軒を短くすれば荷重は減るが、雨が壁へ当たる。
私が一つ軽くしようとすると、彼は三つの問題を出した。
腹は立たなかった。
問題を出す職人は信用できる。
「ならば、寝所は軽い屋根にし、外側へ防火の備えを置く」
私は水桶と濡れ筵を増やした。屋根へ火の粉が飛んだ場合に備え、長い竿も用意した。近くの木を剪定し、延焼経路を減らした。
それでも不安だった。
屋根を軽くするほど、火が怖くなる。
火への備えを増やすほど、人手と水が必要になる。
安全は一つ増やすたび、別の安全を要求した。
東湖は、私が屋根を見上げる時間が長くなったことに気づいた。
「まだ御不安で」
「軽くすると燃える」
「重いままなら潰れる」
「そうだ」
「では、どちらが先に人を殺すかで決めるほかございますまい」
私は彼を見た。
それは私が以前、複合避難の際に言ったことだった。
「覚えていたのか」
「殿は同じことを、違うものへ何度も仰せになります」
少し嫌な言い方だった。
しかし正しかった。
私は寝所の屋根を優先して軽くした。
人は眠っている間、逃げられない。起きている人間より、数秒多く必要になる。その数秒を、屋根の軽さで買う。
台所には瓦を残した。
その代わり、梁を補強し、火元と柱の距離を取った。かまどの周囲には燃えにくい材を使わせた。煙の通り道も見直した。
工事が進むにつれ、屋敷は統一感を失った。
瓦のある建物。ない建物。軒の短い建物。水桶の並ぶ建物。方杖。大机。妙な印。
美しい屋敷ではなくなっていった。
私はそれを気にしなかった。
いや、気にしていないと思っていた。
ある夕方、改修前の小さな座敷へ入った。
そこにはまだ何も手を入れていなかった。屋根は重く、火鉢は古く、灯明は細い。襖は美しく、部屋全体が静かだった。
私はその静けさを、美しいと思った。
同時に、危険だと思った。
二つの判断が、同じ場所にあった。
美しいから残す。
危険だから変える。
どちらか一つを選べばよいと思っていたが、そうではなかった。
私は翌日、その座敷も改修させた。
ただし、襖の絵は残した。
大工に、見えないところへ補強を入れられないか尋ねた。彼はできる箇所とできない箇所を分けた。
すべてを露出させる必要はない。
すべてを隠す必要もない。
安全のために台無しにすることと、台無しにしなければ安全にできないことは、同じではなかった。
私は少しだけ学んだ。
その夜、強い風が吹いた。
軽くした屋根が鳴った。
私は寝床から起き、外へ出た。
屋根は飛ばなかった。
火も出なかった。
何も起きなかった。
私は屋根を見上げたまま、しばらく立っていた。
何も起きないことが、成功である。
それを証明する方法はない。
だが私は、翌朝も同じ屋根を見た。




