第47話 火除地の話をした
燃えない町を作る一番確かな方法は……
家を建てないことだった。
明暦の大火の後、江戸には広小路と火除地が作られた。家を建てず空けておく。火がそこで止まる。前例はあった。
私は町の密集した一角を見てその話をした。
ここの家を少し退かせ空地を作れぬか。
町人は、黙らなかった。
「殿様は屋敷をお移しになっても客が参ります」
古い蕎麦屋の主、茂兵衛という老人が言った。
「私どもは店を移せば、客が来ません。三代ここで商うております。客は店に来るのではない。この場所へ来るのでございます」
退かせたい、と斉昭が強く疼いた。
今までで一番強かった。
空地を作れば火は止まる。効くと分かっている。御三家の威で退かせればよい。畏れて、退く。三代の蕎麦屋など、別の場所でも蕎麦は打てる。
効くから、止められない。
その感覚が初めてはっきりと、私の中に立った。
止められないことを止められるか。
私は退いた。
今日は退いた。
効くと知りながら退くのは、効かないから退くよりずっと苦かった。
茂兵衛は、頭を下げた。
「お武家様の仰ることは分かります。火が出ればこの辺りは皆焼ける。それも分かっております。だが今日は退けません」
敵意は、なかった。
理解はされた。
実行はできなかった。
退き際に、せめて……と思った。家を退かせる代わりに辻の井戸端のわずかな空きを、火除けの場として、町と合意した。
畳二十枚ほどの空地だった。
火除地とは呼べなかった。
だが、なぜ空地が要るのかは茂兵衛一人に伝わった。
一人に伝わった。
それを、私は今日の種にした。




