第43話 水桶の刻みを広める
桶は、同じ大きさより、同じ刻みの方が、役に立つ。
屋敷の水桶には、内側に、刻みが入れてあった。
水が、どこまであれば足りるか。手をかける所は、どこか。蓋の合わせは、どちらか。夜、触っても分かるよう、縁に形を付けた。刻みのある桶は誰が持っても同じように使えた。
その刻みを、近隣の屋敷へもと勧めた。
最初は、断られた。
「桶は、桶にございます」
近くの旗本屋敷の用人は、そう言って取り合わなかった。刻みなど、要らぬ、と。
ところが、月が変わって、その用人が自分から来た。
「あの、刻みの入った桶を、こちらにもいくつか」
「要らぬ、と申したな」
「先日、近所で小火がございました。火消しに加わろうとして……刻みのない桶では、水量も、持ち手も、その場で、分からぬのでございます。刻みのある桶を持つ者は、迷わず、動いておりました」
刻みのない桶では、火消しに、行けぬ。
彼は、そう言った。
私が、言ったのではなかった。
彼が、火事の現場で自分で知った。
誇らしい、と斉昭が言った。水戸家の刻みが、旗本屋敷へ、広がる。これは、御三家の、威光の証だ。名を、付けよ。
「名は、要らぬ」
私は言った。
「刻みが、広まればよい。誰の刻みかなど、火は見ない」
刻みは、命じなくても、広がり始めた。
理由を知らずに、形だけ守る者も、出てきた。
それでも、よかった。
知らずに守って、助かるなら、それで、よかった。
*
後世、この桶の刻みは、思わぬ形で残ります。
いくつかの町では、火消しの祭礼の折、刻みの入った桶を担ぐ習わしが生まれました。なぜその刻みなのかは、もう、誰も覚えていません。
形だけが、めでたいものとして、残ったのであります。




