第42話 屋敷の水が町へ行く
自分の敷地から追い出した水は、誰かの前へ行く。
屋敷の排水を良くするほど、町の低い家が、浸かる。
雨の日、屋敷の溝を見た。私が掘らせた排水路は、よく流れていた。庭の泥は引いていた。水は速やかに低い方へ落ちていった。
低い方に町があった。
屋敷の水と、隣家の水と、坂の上の水が、皆同じ低い辻へ集まり、河岸の長屋の前で淀んでいた。
私は自分の庭を乾かして、町を濡らしていた。
水は低い方へ流れる。
当たり前のことだった。
だが、どこを低くするかは、政治だった。それも、ずっと前に庭で知ったことだった。私は、自分の敷地の中で、その政治を町へ押し付けていた。
屋敷の水を最優先で流したい、と斉昭が言った。御三家の庭が泥であってよいはずがない。
山下は、辻の淀みを見ていた。
排水は敷地の中の話ではなかった。
私は、名主の幸右衛門を呼んだ。町の世話役である。
「屋敷の水が、お前たちの辻へ行っている」
幸右衛門は驚いた顔をした。お武家が、自分の屋敷の水の行き先を、町人へ詫びるように言う。聞いたことがなかったのだろう。
「下流の溝を、一緒に見たい。屋敷と、隣家と、町を、一つの流れとして」
その日、屋敷の庭方と、隣家の庭方と、町の幸右衛門が、同じ溝の前に並んだ。
身分がばらばらだった。
水は身分を見なかった。
淀む辻に抜け道を一本掘る。屋敷の溝は雨の強い日だけ少し絞る。
完全ではなかった。
だが、屋敷の水と町の水を初めて一つの絵図の上で見た。
水は敷地の境で止まらなかった。
私の責任ももう止まらなくなっていた。




