第40話 河岸の低い家
一番低い所に、一番多くの人が住んでいた。
河岸の水に近い土地は地代が安い。安いから人が密に住む。長屋が肩を寄せて並び、路地は屋敷の路地よりなお細かった。
最も安く、最も水に近く、最も人の多い土地。
地震に最も弱い三つが揃っていた。
軟らかい地面。崩れやすい河岸。逃げ道のない密集。火が出れば、逃げる先は、川と、橋しかない。
その川辺に、舟着場が一つ。
火に追われた者が川へ逃げれば、その一つの舟着場へ殺到する。岸が詰まる。後ろから押され、水へ落ちる者が、出る。
「ここの者を、高い所へ移せ」
言いかけて、止まった。
移れ、と言うのは、易しい。移った先で暮らしが立つかは別だった。安い地代だからここに住んでいる。高い所の地代は払えない。退かせれば暮らしが壊れる。
退かせたい、と斉昭が言った。低い者を、低い土地から。だがその低い者が、この町の荷を担い、舟を漕ぎ、下肥を運んでいた。低い土地に、町の足が住んでいた。
山下は移すのを諦めた。
移せぬなら、逃げ道を、増やすしかない。
古老に、昔の逃げ道を聞いた。
「水が出た時は、皆どこへ」
「裏の、稲荷の段へ。あすこは、少し、高うございます」
稲荷の小さな段。誰も避難場所とは思っていない、ただの、社の石段。
だが、河岸より、二段、高かった。
私はその段までの道に、夜でも分かる印を付けさせた。舟着場へ殺到する前に、稲荷へ。一つしかない舟着場の、二つ目の逃げ場として。
稲荷の段は四十人を立たせられた。
四十人。
河岸の長屋の、半分にも満たない。
それでも、四十人分の逃げ場が、一つ増えた。
舟着場が、一つしかない。
橋も、一つだった。




