第39話 川辺の補強工事を考える
川が崩れれば、水が止まる。
江戸が、一番、困るのは。
糞尿が、止まることだった。
妙な話に聞こえる。だが、そうなのだ。江戸の町から出る下肥は、舟で川を下り、近郊の畑へ運ばれ、菜や米になって、また江戸へ戻る。川が崩れ、舟が止まれば、糞尿が溜まり、畑が痩せ、食が、細る。
川は、ただの水ではない。
江戸の腹と、地続きだった。
私は、河岸の崩れやすい所を見て歩いた。杭が腐り、土が抜け、増水のたびに、少しずつ削れていた。ここが崩れれば、舟着場が使えず、低い家へ水が入り、地震の後なら、なお悪い。
固めたい、と斉昭が言った。
御三家の財と人足を出せば、目の前の河岸だけなら、明日にも固められる。やれ。すぐ、やれ。海防の入り用に比べれば、河岸の杭など、安いものだ。
そう疼いた。
山下は、上流と下流を見た。
ここだけ固めても、上が崩れれば、流れが変わって、別の所が抜ける。下が崩れれば、ここも持っていかれる。川は、一藩の財では、止まらない。一藩の威でも、止まらない。
戸田が、横で言った。
「殿。河岸を一町固めるに、人足が幾人、銭が幾ら要るか、御存じで」
「言え」
戸田が、言った。
屋敷の改修とは、桁が違った。
「それを、御三家お一人で、川じゅうへ。さらに、川は、いくつもございます」
「分かっている」
分かっていて、なお固めたかった。
その「固めたい」が、私のものなのか、この身体のものなのか、もうはっきりしなかった。
河岸は、固められなかった。
考えだけが、また一つ、屋敷の外へ、川の外へ、広がった。




