第38話 川の地面を測る
高い土地が、安全とは限らない。
低い土地は、たいてい、危ない。
川は、水のある時より、水の引いた時に、地面を見せる。
私は、河岸の高さを測らせた。坂のどこから土地が低くなり、どこで水が淀み、雨の後、どこに泥が残るか。古老に、昔どこまで水が来たかを聞いた。
ある家の柱には、低い所に、黒い線が一本残っていた。
「あれは」
「先々代の、大水の跡で。あの辺りまで、水が」
柱の、人の腰ほどの高さだった。
平らに見える町に、見えない高さが刻まれていた。坂の上は乾き、坂の下は湿り、川に近いほど地面は水を含んでいた。
水を含んだ地面は、揺れると泥のようになる。
現代で、そう習った。詳しくは説明できない。ただ、低く、軟らかく、水の近い土地ほど、揺れに弱いことは知っていた。
私は、頭の中の絵図へ、危険を塗ろうとした。
低い所を、濃く。高い所を、薄く。川筋を、一本。氾濫の跡を、点で。
「絵図に、危ない所を、色で塗れぬか」
絵師が困った。
墨は、黒一色だった。朱もあるが、高い。広い町を塗り分けるには、足りない。墨の濃淡では、すぐに混ざって、分からなくなる。
地面は、命令に従わない。
それは、ずっと前に、庭の泥で知ったことだった。
今度は、紙が、従わなかった。
色で塗れぬなら。
私は、形を考えた。低地に、横線。氾濫域に、波。川筋に、二重線。火元に、丸。形でなら、墨一色でも、分けられる。
まだ、思いつきだった。
絵図は、一枚も、できなかった。
だが、町の地面に、見えない高さがあることを、私は、初めて、測って知った。
あと、一年と二か月。




