第37話 道にモノを置くな
道に物を置くな、と言うのは、易しい。
物を置かずに暮らせ、と言うのは、難しい。
測った道には、物が、あふれていた。
天水桶。置き看板。植木鉢。漬物の樽。洗い物の盥。商品の台。床几。薪の束。道は、家の続きだった。狭い家から、暮らしが、道へ滲み出していた。
屋敷でなら、簡単だった。避難路に物を置くな、と命じ、置き場を決め、役を置けば、片付いた。
町では、その物の一つ一つが、誰かの生業だった。
樽を退けろと言えば、漬物を売る場所がない。台を退けろと言えば、商う場所がない。屋敷の家財を、取りに戻る者を止められなかったのと、同じだった。叱るだけでは、止まらない。
蹴り倒したい、と斉昭が言った。
道は、お上のものだ。私物を置く方が、僭上である。御三家の威で、一声、片付けよと言えばよい。
そう疼いた。
山下は、覚えていた。一声で片付いた物は、一声がやめば、戻る。門の理屈と、同じだった。
「片付けろ、とは言わぬ」
私は、町人を集めて言った。
「火が出た時、ここを誰が通るか、を考えろ。お前たちが、お前たちの子を抱いて、逃げる道だ」
しばらく、誰も口をきかなかった。
やがて、一人の店主が、自分の置き看板を見た。それから、道の先を見た。
「……火が出たら、この道は、誰も、通れねえな」
彼は、看板を、夜のうちは家へ仕舞う、と言った。
昼は出す。夜は仕舞う。それなら、商いは、止まらない。
全部の物が、消えたわけではない。
だが、「火が出たら、ここは通れない」という言葉を、町人が、初めて、自分の口で言った。
それは、私の言葉ではなかった。
彼の言葉だった。




