第36話 道の広さを測る
道は、人が通れて初めて道である。
町の道は、人が、ようやく一人、通れる幅だった。
川から戻った翌日、私は町の路地を、間竿で測らせた。
屋敷の門を出て、坂を下り、川へ向かう道。広い所で二間。狭い所で、半間に満たない。両側から軒が差し出し、天水桶が置かれ、洗濯物が頭の上で揺れていた。
二人すれ違えば、肩が触れる。
火が出れば、ここを、何十人が、後ろから押されながら抜ける。荷を背負い、子を抱き、煙の中を。
その絵が、見えた。
すぐに広げろ、と斉昭の手が言った。
御三家の威光がある。両側の家へ、軒を引け、塀を下げよ、と一声かければ、町は従う。畏れて、従う。道は、明日にでも、広がる。
そう疼いた。
山下は、その手を、押さえた。
一声で広げた道は、一声がやめば、元へ戻る。畏れで退かせた軒は、畏れが薄れれば、また張り出す。何より、退かせた家の暮らしを、私は知らない。
町は、水戸家の物ではない。
私に、広げる権は、ない。
測る権なら、ある。
私は、ただ、測った。どこが何尺で、どこで人が詰まり、どの軒が道へ何尺、差し出しているか。帳面へ、町の道幅を、初めて書き入れた。
測っている私を、町人が遠巻きに見ていた。
大名が、なぜ、こんな細い路地の幅を、自ら測っているのか。
一人の老人が、近づいてきた。長く、ここで暮らしているという。
「お武家様。火事のことで、ございますかね」
「そうだ」
「うちの軒は、道へ、出すぎておりましょうか」
「半尺、出ている」
老人は、しばらく自分の軒を見上げた。
それから、物干しの竿を、一本、家の中へ引いた。
「これで、半尺」
道は、半尺だけ、広くなった。
町じゅうで、半尺。
それでも、命じたのではなかった。一人が、自分で、引いた。
*
後世、記録にこう残ります。
大名が、自ら間竿を手に、町人の路地の幅を測った例は、当時、ひどく奇異なものと見られました。
道の広さに、なぜ殿様がこだわるのか。その意味が町に分かるのは、ずっと後のことであります。




