第4話 謁見の間だからだ
謁見の間の天井は美しかった。
私は美しいという判断を、危険だという判断の後にした。
折り上げられた格天井は、中央へ向かって一段高くなり、太い梁がその外側を支えていた。材はよく、仕事もよかった。木目は揃い、継ぎ目は遠目には分からない。人を座らせ、見上げさせ、ここがただの住居ではないと理解させるための天井だった。
同時に、落ちれば多数を殺す天井だった。
謁見の日、私は上段に座りながら天井を見ていた。
下には家臣が並んでいた。正面に二十七人。脇に十四人。奥に控える者を入れれば五十人近い。高齢者が多い。立ち上がりには時間がかかる。退出口は左右にあるが、揺れれば一斉に殺到する。折上げ部分の下へ座る者ほど、落下物の直撃を受ける。
私は話を聞いていなかった。
誰かが年貢について述べていた。豊作か凶作か、村の願いがどうであるか。その言葉は耳へ入っていたが、意味へ届かなかった。
梁と柱の接合部が気になった。
水平に長く伸びた梁へ、横揺れの力がかかる。仕口が緩めば、梁は回る。天井も動く。壁面は建具が多い。広間は格式のために開かれすぎている。
謁見が終わると、私は普請方と大工を残した。
東湖と戸田忠太夫も残った。戸田は、私が天井を見ていたことに気づいていたらしい。ため息を隠していた。
「この梁を補う」
私は上を指した。
大工の棟梁が、恐る恐る天井を見上げた。
「いかように、でございましょう」
「柱と梁のあいだへ、斜めに材を入れる」
沈黙があった。
私は手元の紙へ線を引いた。柱から梁へ向けて、斜材を一本。反対側にも一本。必要なら金物で留める。
大工は紙を見ていた。東湖は天井を見ていた。戸田は私を見ていた。
「殿」
戸田が言った。
「ここは、御謁見の間にございます」
「知っている」
「折上げ格天井にございます」
「見れば分かる」
「水戸家の格式を示す、最も大切な御座所にございます」
「だからだ」
戸田は黙った。
私は説明した。
この部屋には人が集まる。人が集まるところほど補強が要る。殿が座る場所だからではない。殿へ会うために、多くの者が同時に座る場所だからである。屋敷の中で最も格式が高いということは、災害時には最も多くの命を一度に失う可能性があるということだった。
大工は慎重に口を開いた。
「斜めの支えを入れれば、たしかに梁の動きは抑えられましょう。されど、柱の見付けを損ない、天井の折上げも」
「落ちれば、もっと損なう」
「御来客のお目にも」
「笑う者がおれば、その者の屋敷にも入れてやれ」
言葉が口から出た後で、少し強すぎたと思った。
現場との合意形成は重要である。職人の誇りを傷つければ、見えないところで仕事の質が落ちる。説明し、目的を共有し、代替案を検討すべきだった。
しかし大工は深く頭を下げた。
「畏れ入り奉ります」
感服したのか、諦めたのか分からなかった。
東湖が口を挟んだ。
「殿のお考えは、御座所の威を損ずるためではございませぬ」
当然である。
「御威光が、揺れ一つで人を押し潰すものとなってはならぬ、との仰せにございましょう」
そう言われると、私の命令がひどく立派に聞こえた。
「そうだ」
私は答えた。
本当は、天井が落ちるのが怖いだけだった。
工事は翌日から始まった。
大工たちは、私が考えていたより真剣に補強を検討した。単に材を斜めへ打ちつければよいわけではない。既存の柱と梁を傷めず、力が一か所へ集中しないようにする。仕口をどうするか。金物を使うか。木だけで組むか。意匠を残すか。
彼らには彼らの理があった。
太い柱と梁を固めすぎれば、揺れを逃がせなくなる。金物を打てば、木の動きを妨げ、別の場所へ割れが出ることもある。私は斜材を入れれば安全になると単純に考えていたが、建物は一か所だけで立っているのではなかった。
私は大工の説明を聞き、案を改めた。
必要な箇所へ、必要な太さで入れる。接合部は締めつけすぎない。既存の構法を否定せず、弱いところだけを補う。
その結果、できあがったものは、技術的にはよかった。
美観としては最悪だった。
濃く染められた斜材が、柱から梁へ向かって堂々と伸びていた。大工は丁寧に鉋をかけ、木目まで揃えていた。だからこそ目立った。間に合わせのつっかい棒ではなく、最初からそこにあるべきだったかのように仕上げられた異物だった。
折上げ格天井の上品な秩序へ、斜めの線が一本、無遠慮に突き刺さっていた。
完成後、家臣たちを入れた。
誰も私を見なかった。
皆、まず天井を見た。
それから、見てはいけないものを見たように視線を下げた。
私は満足した。
梁の動きは抑えられる。接合部も補われた。これで少なくとも、何もしないよりはよい。
「いかがだ」
誰へともなく尋ねた。
沈黙が続いた。
東湖が天井を見上げたまま言った。
「なるほど。これでは誰も天井を忘れますまい」
「忘れては困る」
「ええ。格式もまた」
戸田が顔を背けた。笑いを堪えているように見えた。
私はもう一度、斜材を見た。
格式が失われたとは思わなかった。
格式というものが、人を守れないなら、守れる形へ変わるべきである。
そう考えたとき、身体の奥から別の声が湧いた。
変わらぬなら、変えればよい。
誰に許しを請う必要がある。
それは私の考えだったのか、徳川斉昭の考えだったのか、分からなかった。
分からなかったが、悪い考えとは思わなかった。
その日から家臣たちは、私が新しい命令を出すたびに、ときどき天井を見るようになった。
後に戸田から聞いたところでは、家中ではこう言われているらしい。
また謁見の間の方杖のようなことを、殿が言い出した。
私はその評判を、悪いものとは思わなかった。
警戒されるということは、次の命令に備えているということである。




