第32話 烈公金物、初号
金物は、木より強い。
木が古ければ、金物が、木を割る。
柱と梁の継手が、揺れで緩む。何度も見てきた。仕口が抜け、梁が回り、天井が動く。ならば、継手を金物で締めればよい。鉄を平たく鍛え、複数の釘で、柱と梁を抱き合わせる。
試作の一号ができた。
厚い平鉄に、釘穴を六つ。葵の家中の鍛冶が打った。表面は黒く、しっかりと重い。
「御三家の金物にございます」
庭方が、誇らしげに言った。
その一言に、身体が、満ちた。葵の紋の入った屋敷に、葵の鍛冶が打った金物が入る。揺るがぬ鉄が、揺るがぬ屋敷を、いよいよ揺るがぬものにする。斉昭は、それを当然のことと感じていた。御三家の物は、強い。強くあらねばならない。
謁見の間の、古い梁の継手へ、初号を当てた。
釘を打った。
三本目で、梁が、音を立てて割れた。
古い梁だった。乾き切って、目が詰み、ねばりを失っていた。新しい鉄の硬さに、古い木が、付いていけなかった。金物は無事だった。木が、割れた。
庭方の顔から、誇りが引いた。
「御三家の金物が、御三家の梁を……」
隠せ、と斉昭の手が言いかけた。
御三家の鍛冶の打った初号が、最初の一打で梁を割った。これが家中に知れれば、面目に関わる。新しい梁へ、何事もなかったように据え直し、割れた一件は、無かったことにすればよい。
「記録に残せ」
私は言った。
「割れた、と。何の梁に、何号の金物を、どう打って、どこが割れたか。割れた梁を捨てるな。取っておけ」
「殿。御家の名が」
「割れたものを割れたと書かぬ家の名なら、いらぬ。隠した梁は、本番の夜に、人の上へ落ちる」
失敗を隠さぬ、というのは、もう屋敷の決まりだった。火消しでも、井戸でも、同じことを言ってきた。だが今日、隠したくなったのは、家臣ではない。私の身体の方だった。
割れた梁は、捨てなかった。
次の梁が、なぜ割れぬか、を考える材料になった。
*
後世、水戸藩工房の記録に、こう残ります。
硬すぎる初号は、古い梁を割りました。失敗が記され、割れた梁は捨てられませんでした。
この「割れた初号」と、それが割った梁は、いまも一組で残されており、烈公金物の出発点として、徳川斉昭防災会館の隅に置かれています。
来館者の多くは、立派な完成品の隣で、なぜ割れた金物がわざわざ飾られているのか、不思議がります。
割れたから、飾られているのであります。




