↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
32/48

第32話 烈公金物、初号

 金物は、木より強い。


 木が古ければ、金物が、木を割る。


 柱と梁の継手が、揺れで緩む。何度も見てきた。仕口が抜け、梁が回り、天井が動く。ならば、継手を金物で締めればよい。鉄を平たく鍛え、複数の釘で、柱と梁を抱き合わせる。


 試作の一号ができた。


 厚い平鉄に、釘穴を六つ。葵の家中の鍛冶が打った。表面は黒く、しっかりと重い。


「御三家の金物にございます」


 庭方が、誇らしげに言った。


 その一言に、身体が、満ちた。葵の紋の入った屋敷に、葵の鍛冶が打った金物が入る。揺るがぬ鉄が、揺るがぬ屋敷を、いよいよ揺るがぬものにする。斉昭は、それを当然のことと感じていた。御三家の物は、強い。強くあらねばならない。


 謁見の間の、古い梁の継手へ、初号を当てた。


 釘を打った。


 三本目で、梁が、音を立てて割れた。


 古い梁だった。乾き切って、目が詰み、ねばりを失っていた。新しい鉄の硬さに、古い木が、付いていけなかった。金物は無事だった。木が、割れた。


 庭方の顔から、誇りが引いた。


「御三家の金物が、御三家の梁を……」


 隠せ、と斉昭の手が言いかけた。


 御三家の鍛冶の打った初号が、最初の一打で梁を割った。これが家中に知れれば、面目に関わる。新しい梁へ、何事もなかったように据え直し、割れた一件は、無かったことにすればよい。


「記録に残せ」


 私は言った。


「割れた、と。何の梁に、何号の金物を、どう打って、どこが割れたか。割れた梁を捨てるな。取っておけ」


「殿。御家の名が」


「割れたものを割れたと書かぬ家の名なら、いらぬ。隠した梁は、本番の夜に、人の上へ落ちる」


 失敗を隠さぬ、というのは、もう屋敷の決まりだった。火消しでも、井戸でも、同じことを言ってきた。だが今日、隠したくなったのは、家臣ではない。私の身体の方だった。


 割れた梁は、捨てなかった。


 次の梁が、なぜ割れぬか、を考える材料になった。


*


 後世、水戸藩工房の記録に、こう残ります。


 硬すぎる初号は、古い梁を割りました。失敗が記され、割れた梁は捨てられませんでした。


 この「割れた初号」と、それが割った梁は、いまも一組で残されており、烈公金物の出発点として、徳川斉昭防災会館の隅に置かれています。


 来館者の多くは、立派な完成品の隣で、なぜ割れた金物がわざわざ飾られているのか、不思議がります。


 割れたから、飾られているのであります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。