↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
29/48

第29話 燃えない布を探すのをやめた

 燃えない布を、探すのをやめた。


 諦めたのではない。


 諦めたのだ。両方だった。


 石綿を埋めさせてから、三日が過ぎていた。頭巾の表地が焦げる、という問題だけが残った。火の粉が付く。綿が燻る。首筋を守る垂れが、よく燃える。水をかければ重くなり、夏は暑い。


「燃えにくくしろ」


 私が命じると、職人と蘭学かじりの者が、いくつも持ってきた。


 明礬(ミョウバン)で煮た布。泥を薄く塗った布。粘土を擦り込んだ布。膠で固めた布。


 中庭で、端を火に当てた。


 明礬の布は、なかなか燃えなかった。だが乾くと粉が落ち、洗えば効きが消えた。泥の布は重く、首へ巻けば汗で崩れた。膠の布は、燃えはせぬが、炙ると縮んで顔へ張りついた。


 どれも、不十分だった。


 不十分、という言葉に、腹の底が応じた。


 半端なものは要らぬ、と斉昭は思った。燃えぬ布があるなら、それを成せ。火を、根こそぎ断て。海の向こうの夷狄を打ち払うのと、同じ顔だった。中途で手を打つのは、負けに似ている。


 山下は、火に勝てると思っていなかった。


 火は敵ではない。交渉も威嚇も通じない。地震と同じだ。睨んで退く相手ではない。


 私は焦げた布を裏返した。


 表だけが焦げて、内側は焦げていなかった。


 二枚重ねた布の、外の一枚だけが、火の粉を受けて死んでいた。


 そこで、目的が動いた。


 燃えない布を作る、のではない。


 燃え始めるまでの間に、頭をどけられればよい。


「不燃は捨てる」


 私が言うと、職人が顔を上げた。


「燃えてもよい、と」


「外の布が焦げる間に、人が逃げればよい。外布を二重にし、上の一枚は捨てられるようにしろ。表は滑らかに織れ。火の粉が留まらず、転がり落ちるように」


 平滑な木綿を厚く織らせ、内に綿、外に薄い替え布を重ねた。替え布は紐で留め、焦げたら外して捨てる。火元の近くで働く者には、替え布を厚く。普段の者には、軽く。


 火の粉試験をした。


 替え布が、二、三度、焦げた。


 外して捨てると、頭巾はまだ使えた。


 完全ではない。


 だが、頭が無事なまま、火の粉が一つ、地へ落ちた。


 東湖が、その焦げ布を拾い上げた。


「殿の御政道は、火に勝つのではなく、火と暦を競うのでございますな」


「逃げる時間を稼ぐ。それだけだ」


「それだけ、が一番難しゅうございましょう」


 私は答えなかった。


 完全に防ぐ。そう考えていた間は、何一つ完成しなかった。


 完全を捨てた途端、捨てられる布が一枚できた。


 火だけではない。揺れも、水も、おそらく同じだ。止められぬものは、遅らせるしかない。遅らせた分だけ、人は逃げる。


 あと一年と五か月。


 私はまだ、屋敷の中で、布を焦がしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。