第29話 燃えない布を探すのをやめた
燃えない布を、探すのをやめた。
諦めたのではない。
諦めたのだ。両方だった。
石綿を埋めさせてから、三日が過ぎていた。頭巾の表地が焦げる、という問題だけが残った。火の粉が付く。綿が燻る。首筋を守る垂れが、よく燃える。水をかければ重くなり、夏は暑い。
「燃えにくくしろ」
私が命じると、職人と蘭学かじりの者が、いくつも持ってきた。
明礬で煮た布。泥を薄く塗った布。粘土を擦り込んだ布。膠で固めた布。
中庭で、端を火に当てた。
明礬の布は、なかなか燃えなかった。だが乾くと粉が落ち、洗えば効きが消えた。泥の布は重く、首へ巻けば汗で崩れた。膠の布は、燃えはせぬが、炙ると縮んで顔へ張りついた。
どれも、不十分だった。
不十分、という言葉に、腹の底が応じた。
半端なものは要らぬ、と斉昭は思った。燃えぬ布があるなら、それを成せ。火を、根こそぎ断て。海の向こうの夷狄を打ち払うのと、同じ顔だった。中途で手を打つのは、負けに似ている。
山下は、火に勝てると思っていなかった。
火は敵ではない。交渉も威嚇も通じない。地震と同じだ。睨んで退く相手ではない。
私は焦げた布を裏返した。
表だけが焦げて、内側は焦げていなかった。
二枚重ねた布の、外の一枚だけが、火の粉を受けて死んでいた。
そこで、目的が動いた。
燃えない布を作る、のではない。
燃え始めるまでの間に、頭をどけられればよい。
「不燃は捨てる」
私が言うと、職人が顔を上げた。
「燃えてもよい、と」
「外の布が焦げる間に、人が逃げればよい。外布を二重にし、上の一枚は捨てられるようにしろ。表は滑らかに織れ。火の粉が留まらず、転がり落ちるように」
平滑な木綿を厚く織らせ、内に綿、外に薄い替え布を重ねた。替え布は紐で留め、焦げたら外して捨てる。火元の近くで働く者には、替え布を厚く。普段の者には、軽く。
火の粉試験をした。
替え布が、二、三度、焦げた。
外して捨てると、頭巾はまだ使えた。
完全ではない。
だが、頭が無事なまま、火の粉が一つ、地へ落ちた。
東湖が、その焦げ布を拾い上げた。
「殿の御政道は、火に勝つのではなく、火と暦を競うのでございますな」
「逃げる時間を稼ぐ。それだけだ」
「それだけ、が一番難しゅうございましょう」
私は答えなかった。
完全に防ぐ。そう考えていた間は、何一つ完成しなかった。
完全を捨てた途端、捨てられる布が一枚できた。
火だけではない。揺れも、水も、おそらく同じだ。止められぬものは、遅らせるしかない。遅らせた分だけ、人は逃げる。
あと一年と五か月。
私はまだ、屋敷の中で、布を焦がしていた。




