第25話 座布団を被れ
瓦は、屋根にあるうちは役に立つ。
落ちれば、人を殺す。
大砲の試し撃ちで落ちた瓦は、庭へ並べられていた。門から七枚。番所から三枚。門外の町家から二十三枚。
三十三枚。
大地震なら、この程度では済まない。
私は屋根職人へ、道沿いの軒から直すよう命じた。井戸の周り。木戸の前。橋のたもと。人が集まる場所。
順番は決めた。
職人も集めた。
それでも、すべての瓦を直すには時間がかかる。
地震は、それまで待たない。
「頭を守る物が要る」
私が言うと、東湖は庭の瓦を見た。
「笠でも被らせますか」
笠。
悪くはない。
軽い。雨にも使える。竹の骨がある。小さな破片なら受け流すかもしれない。
「人数分、用意する」
「どこへ置きます」
「各自の部屋だ」
「勤め先は」
「そこにも」
「客間は」
「置け」
「厠は」
私は東湖を見た。
「要るのか」
「地震は、厠を避けてはくれませぬ」
「置け」
屋敷中へ笠が増えた。
廊下。詰所。台所。寝所。客間。厠。
邪魔だった。
訓練をすると、もっと邪魔だった。
板が鳴る。
人々は笠へ走った。
自分の笠を探す者がいた。他人の笠を被ることをためらう者がいた。どこにあるか分からず、立ち止まる者もいた。笠を落とし、それを拾おうとして後ろの者とぶつかった。
何も置かなかった時より、避難が遅くなった。
「なぜだ」
「笠を被れと仰せになったからでございましょう」
「被らなければ頭を守れない」
「取りに行けば、逃げるのが遅れます」
東湖は正しかった。
防災のためだけに置いた物は、必要なときほど遠くにある。
邪魔だから端へ寄せられる。
見苦しいからしまわれる。
しまえば、場所を忘れる。
そのうち紐が切れ、数が減り、誰も点検しなくなる。
現代でも同じだった。
非常持出袋を押し入れの奥へ入れ、家具転倒防止器具を買ったまま箱へしまう。備えは、日常から離れた瞬間に使われなくなる。
「殿」
庭へ出た若い家臣が声をかけた。
頭に座布団を載せていた。
「何をしている」
「笠がございませなんだので」
「それは座布団だ」
「はい」
「座る物だ」
「はい」
彼は両手で座布団を押さえていた。
前は見えている。首筋は出ている。手は塞がっている。
だが、板が鳴った時、座布団は彼のすぐそばにあった。
「もう一度やる」
二度目の訓練では、笠を使わせなかった。
板が鳴る。
人々は座布団を掴み、頭へ載せた。
笠より早かった。
前が見えない者がいた。走ると落ちる者がいた。両手で押さえたため戸を開けられない者もいた。
それでも、取りに行く者はいなかった。
座布団は、すでに手元にあった。
「悪くない」
私が言うと、家臣たちは座布団を被ったまま黙った。
「殿」
東湖も被っていた。
「これは、武士の姿としていかがなものでございましょう」
武士の姿。
その言葉に、腹の底が、強く頷いた。
御三家の主が、頭に座布団を載せて、家臣の前に立っている。先祖代々、葵の威を背負ってきた身体が、屈辱だ、と言った。脱げ、こんなものは下々に被せておけ、と。
斉昭は、威儀を欲しがる。
二十人の供を連れ、上段に座り、頭を下げさせる。それが、この身体の好む姿だった。
その身体に、私は座布団を被らせていた。
「瓦は武士を避けるか」
私は答えた。
半分は、自分の身体へ向けてだった。
「避けませぬ」
「なら、被れ」
東湖は被り直した。
右へずれた。
誰にも似合わなかった。
だが、似合う必要はない。
防災用品は、見栄えで人を守らない。
「紐を付ける」
私が言うと、東湖の顔が見えなくなった。
「座布団へ、でございますか」
「両手が空く」
「首が締まります」
「締まらぬように付けろ」
「どこへ」
「落ちぬところへ」
縫物方を呼んだ。
普段は座れること。
地震の時にはすぐ被れること。
両手を使わず落ちないこと。
首筋を守ること。
子供でも使えること。
私は順に命じた。
縫物方の女は、最後まで聞いてから言った。
「それは、まだ座布団でございましょうか」
「座れるなら座布団だ」
彼女は何も言わなかった。
翌朝、試作品が届いた。
座布団の四隅から、長い紐が伸びていた。
私は嫌な予感がした。
この屋敷では、嫌な予感はたいてい当たる。




