第12話 出口は二つ要る
出口を増やすことには、思っていたより反対が多かった。
費用のためではない。
裏戸が増えれば盗人が入る。隣家との行き来が増える。女房子供が勝手に出歩く。火の用心が疎かになる。境目の見張りが難しくなる。
出口は、人を逃がす。同時に、人を入れる。
私は地震のことしか考えていなかった。
住む者は、地震のない日の方を考えていた。
「内側からのみ外せる閂にする」
大工へ命じた。
「外からは開かぬように」
「火急の際、外から助けに入れませぬ」
「ならば外から壊せる箇所を決める。そこから音が出るようにしろ」
大工は黙った。
私も黙った。
一つの戸へ、逃げやすく、入りにくく、壊しやすく、盗みにくくせよと命じている。
条件が互いに喧嘩をしていた。
現代の防火戸や非常錠を、そのまま江戸へ持ち込むことはできない。私は構造を詳しく知らなかった。知っているのは、非常口には非常時の役目と平時の管理がある、という程度である。
程度しか知らない者が、殿の顔で命じると危険だった。
「試せ」
私は言った。
「三種類作れ。壊して、開けて、夜に使う」
試作品が作られた。
一つ目は、内側の横木を持ち上げれば開く戸だった。
簡単である。
簡単すぎて、三歳の子供が開けた。
二つ目は、上下二か所の栓を抜く戸だった。
盗人には強い。
暗闇では、住人も栓の位置が分からなかった。
三つ目は、戸の一部を薄く作り、外から斧で破れるようにした。
破ると木片が内側へ飛んだ。
私は試験を止めた。
「薄い板を外へ落とせ」
「外に人がおれば当たります」
「内へ落とせば中の者に当たる」
「上へ抜けるようにいたしますか」
「揺れで外れる」
大工と私は、壊れた戸の前で立ち尽くした。
東湖だけが少し楽しそうだった。
「殿にも、お分かりにならぬことがございますな」
「分からぬから試している」
「初めからお分かりであるように命じられますので」
「分からぬ顔で命じれば、従わないだろう」
「分かる顔で命じられますと、皆、正解があるものと思います」
それは問題だった。
私の知識は未来から来ている。
だが未来のすべてを知っているわけではない。防災職員は錠前師ではない。大工でも、鍛冶でも、地質学者でもない。
私は正しい問いを知っているだけで、正しい答えを持っていないことがある。
「今後、試しに作るものは試しと書け」
「試し、と」
「完成したものと混ぜるな。うまくいかぬことも記録する」
東湖は私を見た。
「失敗も、でございますか」
「失敗を消せば、次の者が同じものを作る」
大工が顔を上げた。
彼は三つ目の戸を作った者だった。
「この戸も、残しますので」
「戸は直す。なぜ駄目だったかを残す」
「名も」
名も、と言われて、腹の底が応じた。
書け。誰の手による戸か、誰の落ち度か、記して後で咎めよ。失敗には主がいる。主を罰さねば、示しがつかぬ。
斉昭の声は、罰したがる。
私はその声を、一度だけ聞いた。聞いて、退けた。
「名は要らぬ」
彼は意外そうな顔をした。
「誰が失敗したかではない。何が失敗したかだ」
言葉にしてから、私は少し迷った。
責任の所在を消してよいわけではない。手抜きと試行錯誤は違う。故意に粗雑なものを作ったなら、誰が作ったかは必要である。
斉昭は、罰したい。
山下は、記録したい。
どちらも正しいから、厄介だった。
「ただし、命じた通りに試して駄目だったものに限る」
「御意」
四つ目の戸は、内側の太い閂を一動作で外せるようにし、その取手を暗闇でも触って分かる形にした。子供の手が届かぬ高さへ置き、足の悪い者の家では低い位置にも補助の紐をつけた。外側には、救助時に外す板の位置だけ印をつけた。
完全ではない。
盗人が印を知れば狙う。
紐は切れる。
木は湿れば膨らむ。
それでも、最初の三つよりはよかった。
私は長屋ごとに裏戸をつけさせた。
隣家とのあいだには、平時は閉じ、災害時だけ開ける小さな通路を作った。
訓練の日、表口を外から押さえた。
住人は裏戸へ向かった。
最初の家では、誰も閂を外せなかった。
戸の前に箪笥を移していたからである。
「なぜ置いた」
私は尋ねた。
家の女が平伏した。
「そこよりほかに、置くところがございませず」
私は箪笥を見た。
確かに、ほかに置くところがなかった。
裏戸を作ったことで、壁が一つ減った。
出口を増やし、収納場所を減らした。
安全は一つ増やすたび、別の不便を作った。
「床下へ箱を入れられるようにしろ」
私は大工へ言った。
「湿ります」
「脚をつけろ。蓋は固くしろ」
「重くなります」
東湖が咳払いをした。
「殿」
「何だ」
「まず一軒、試しになさいませ」
私は黙った。
「試しと書いて」
彼は言った。
私は一軒だけ命じた。
出口は二つ要る。
だが、二つ目の出口を作るだけでは足りなかった。
人の家に穴を開ければ、人の暮らしはその穴を避けて形を変える。
防災とは、建物へ命令することではない。
暮らしと交渉することだった。




