↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/48

第12話 出口は二つ要る

 出口を増やすことには、思っていたより反対が多かった。


 費用のためではない。


 裏戸が増えれば盗人が入る。隣家との行き来が増える。女房子供が勝手に出歩く。火の用心が疎かになる。境目の見張りが難しくなる。


 出口は、人を逃がす。同時に、人を入れる。


 私は地震のことしか考えていなかった。


 住む者は、地震のない日の方を考えていた。


「内側からのみ外せる閂(かんぬき)にする」


 大工へ命じた。


「外からは開かぬように」


「火急の際、外から助けに入れませぬ」


「ならば外から壊せる箇所を決める。そこから音が出るようにしろ」


 大工は黙った。


 私も黙った。


 一つの戸へ、逃げやすく、入りにくく、壊しやすく、盗みにくくせよと命じている。


 条件が互いに喧嘩をしていた。


 現代の防火戸や非常錠を、そのまま江戸へ持ち込むことはできない。私は構造を詳しく知らなかった。知っているのは、非常口には非常時の役目と平時の管理がある、という程度である。


 程度しか知らない者が、殿の顔で命じると危険だった。


「試せ」


 私は言った。


「三種類作れ。壊して、開けて、夜に使う」


 試作品が作られた。


 一つ目は、内側の横木を持ち上げれば開く戸だった。


 簡単である。

 

 簡単すぎて、三歳の子供が開けた。


 二つ目は、上下二か所の栓を抜く戸だった。


 盗人には強い。


 暗闇では、住人も栓の位置が分からなかった。


 三つ目は、戸の一部を薄く作り、外から斧で破れるようにした。


 破ると木片が内側へ飛んだ。


 私は試験を止めた。


「薄い板を外へ落とせ」


「外に人がおれば当たります」


「内へ落とせば中の者に当たる」


「上へ抜けるようにいたしますか」


「揺れで外れる」


 大工と私は、壊れた戸の前で立ち尽くした。


 東湖だけが少し楽しそうだった。


「殿にも、お分かりにならぬことがございますな」


「分からぬから試している」


「初めからお分かりであるように命じられますので」


「分からぬ顔で命じれば、従わないだろう」


「分かる顔で命じられますと、皆、正解があるものと思います」


 それは問題だった。


 私の知識は未来から来ている。


 だが未来のすべてを知っているわけではない。防災職員は錠前師ではない。大工でも、鍛冶でも、地質学者でもない。


 私は正しい問いを知っているだけで、正しい答えを持っていないことがある。


「今後、試しに作るものは試しと書け」


「試し、と」


「完成したものと混ぜるな。うまくいかぬことも記録する」


 東湖は私を見た。


「失敗も、でございますか」


「失敗を消せば、次の者が同じものを作る」


 大工が顔を上げた。


 彼は三つ目の戸を作った者だった。


「この戸も、残しますので」


「戸は直す。なぜ駄目だったかを残す」


「名も」


 名も、と言われて、腹の底が応じた。


 書け。誰の手による戸か、誰の落ち度か、記して後で咎めよ。失敗には主がいる。主を罰さねば、示しがつかぬ。


 斉昭の声は、罰したがる。


 私はその声を、一度だけ聞いた。聞いて、退けた。


「名は要らぬ」


 彼は意外そうな顔をした。


「誰が失敗したかではない。何が失敗したかだ」


 言葉にしてから、私は少し迷った。


 責任の所在を消してよいわけではない。手抜きと試行錯誤は違う。故意に粗雑なものを作ったなら、誰が作ったかは必要である。


 斉昭は、罰したい。


 山下は、記録したい。


 どちらも正しいから、厄介だった。


「ただし、命じた通りに試して駄目だったものに限る」


「御意」


 四つ目の戸は、内側の太い閂を一動作で外せるようにし、その取手を暗闇でも触って分かる形にした。子供の手が届かぬ高さへ置き、足の悪い者の家では低い位置にも補助の紐をつけた。外側には、救助時に外す板の位置だけ印をつけた。


 完全ではない。


 盗人が印を知れば狙う。


 紐は切れる。


 木は湿れば膨らむ。


 それでも、最初の三つよりはよかった。


 私は長屋ごとに裏戸をつけさせた。


 隣家とのあいだには、平時は閉じ、災害時だけ開ける小さな通路を作った。


 訓練の日、表口を外から押さえた。


 住人は裏戸へ向かった。


 最初の家では、誰も閂を外せなかった。


 戸の前に箪笥を移していたからである。


「なぜ置いた」


 私は尋ねた。


 家の女が平伏した。


「そこよりほかに、置くところがございませず」


 私は箪笥を見た。


 確かに、ほかに置くところがなかった。


 裏戸を作ったことで、壁が一つ減った。


 出口を増やし、収納場所を減らした。


 安全は一つ増やすたび、別の不便を作った。


「床下へ箱を入れられるようにしろ」


 私は大工へ言った。


「湿ります」


「脚をつけろ。蓋は固くしろ」


「重くなります」


 東湖が咳払いをした。


「殿」


「何だ」


「まず一軒、試しになさいませ」


 私は黙った。


「試しと書いて」


 彼は言った。


 私は一軒だけ命じた。


 出口は二つ要る。


 だが、二つ目の出口を作るだけでは足りなかった。

 人の家に穴を開ければ、人の暮らしはその穴を避けて形を変える。


 防災とは、建物へ命令することではない。

 暮らしと交渉することだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。