第11話 川へ行く前に長屋を見ろ
次は川を見に行く、と私は言った。
翌朝、川へは行けなかった。
南門へ向かう途中、藩士長屋の前で足が止まったからである。
長屋は低かった。御殿より簡素で、屋根も軽い。柱間は狭く、壁も多い。一見すれば、広間ばかりの表御殿より地震に強そうだった。
だが、人が多かった。
一戸の間口は狭く、そこへ夫婦、子供、老親が住み、箪笥、長持、食器、夜具、炭、薪が詰め込まれている。軒下には桶が置かれ、路地には干し物が渡り、炊事の煙が幾筋も上がっていた。
建物が簡素なのではない。暮らしが密集していた。
「殿、川の御見分は」
東湖が尋ねた。
「後だ」
「昨日は、次は川と」
「川へ行く道が塞がっている」
実際には塞がっていなかった。
平時には通れる。人が一列になれば、荷車も通る。だが地震の後、軒下の桶が転がり、物干し竿が落ち、箪笥が戸口を塞ぎ、人が一斉に飛び出せば、道ではなくなる。
私は長屋へ入った。
入った瞬間、鼻の奥が拒んだ。
炭と汗と、煮炊きと、人が密にいることの匂い。狭い土間に夜具が畳まれ、子の手垢が柱を黒くしている。
退け、と腹の底が言った。
こんな所に人が住むのか、という声だった。私の声ではない。都庁の山下は、人の住む密度を嫌わない。満員の電車も、雑居の建物も、危険として数えるだけで、汚いとは思わない。
汚いと思ったのは、この身体だった。御三家の主の鼻が、家臣の暮らしを下に見た。
私は、その感覚を恥じた。
恥じて、それから、使った。
見下す目は、よく見える。私はその目で、出口を探した。
藩主が突然入ってきたため、住人は平伏した。
平伏されると床が見えなくなる。
「立て。出口を見る」
誰も立たなかった。
「立たなければ出口が見えぬ」
東湖が言い直し、ようやく人々が壁際へ退いた。
出口は一つだった。
裏には小窓がある。だが人は通れない。隣との境は壁である。表口が歪めば、家族全員が閉じ込められる。
「裏にも戸をつけろ」
普請方が顔を上げた。
「すべての長屋に、でございますか」
「出口が一つしかないところすべてだ」
「裏は隣家の裏手へ通じます」
「火と煙は境を守るのか」
返事はなかった。
私は次の家へ入った。
そこでは箪笥が戸の脇に置かれていた。倒れれば戸を塞ぐ。
次の家では、長持が窓の下にあった。子供が上へ登れば窓から出られるが、地震で蓋がずれれば開かない。
次の家では、梁から物が吊られていた。乾物、籠、鍋。平時には空間を使う知恵であり、揺れれば頭上から落ちる。
私は一戸ずつ見た。
御殿の改修は、図面を見ればある程度分かった。長屋は暮らしを見なければ分からない。
同じ間取りでも、危険は違った。
老人のいる家。
乳児のいる家。
夜中まで針仕事をする家。
炭を多く置く家。
足の悪い者がいる家。
表口の前へ毎晩桶を出す家。
建物だけを直しても、人の暮らしが元へ戻せば危険も戻る。
「家財の置き場所まで、殿が御定めになりますか」
戸田が低い声で尋ねた。
不満ではなかった。確認だった。
私は室内を見た。
狭い。
現代なら、家具を減らせと言う。だがこの時代、長持には季節の衣類だけでなく、家の財産が入っている。箪笥を捨てろとは言えない。別の部屋もない。
「寝床と出口のあいだへ、倒れる物を置くな」
「それ以外は」
「重い物を下へ。高い物は柱へ寄せる。吊るす物は頭の上を避ける」
「すべてを禁じるのではないので」
「暮らせなくしては、守ったことにならない」
自分で言って、少し驚いた。
都庁にいた頃、私は安全を理由に多くのものを禁止した。廊下へ物を置かない。避難口の前を空ける。棚を固定する。どれも正しい。
だが正しい規則も、守れない形なら無いのと同じである。
人は空の部屋には住まない。
私はいわゆるミニマリストだった。だがそれは私が二年ごとに逃げるように引っ越していたからである。
ここに住む者は、ここで子を育て、老い、家財を増やす。地震のためだけに生きているのではない。
「殿」
東湖が、戸口の外から呼んだ。
「川が逃げるわけではございませぬ」
「分かっている」
「では本日は、長屋でございますな」
「すべて見る」
その日、私は川を見なかった。
代わりに四十七戸の長屋を見た。
出口が一つしかない家が三十九戸。
寝床から表口までに倒れうる家財がある家が三十四戸。
火鉢を寝床の近くへ置く家が二十一戸。
足腰の弱い者がいる家が九戸。
乳児がいる家が七戸。
数字にすると、人の暮らしは少しだけ扱いやすくなった。少しだけである。
夕方、東湖が言った。
「殿は、御殿より長屋の方が御心配のように見えます」
「御殿は直し始めた」
「長屋はまだ直しておらぬから」
「そうだ」
私は答えた。
朝、私はこの家々を汚いと思った。
この身体が、そう思った。
汚いと思った家の天井が、低く、重い。
私の寝所の天井は、もう落ちにくい。
では、家臣の子供の天井は。
その問いを見つけてしまった以上、川へ行くことはできなかった。
嘉永六年の夏が、終わろうとしていた。
天井を直し、長屋の戸を数えているうちに、二月が過ぎた。
二年四か月は、二年二か月になっていた。
直す場所は増え、残された日は減る。
その二つが釣り合った日は、一度もなかった。




