第90話:兄からの光、そして「夢」の始まり
王都を離れる前日、バルカス本家からの特使が到着しました。
届けられたのは、現当主代行である兄、カイン・フォン・バルカスからの手紙と、規格外の支援物資でした。
「『愛するディエス。君を厄介払いしようとする連中は、あの山奥を“死地”と呼んでいるようだが、僕に言わせればあそこは君にふさわしい“最高の遊園地”だ。……追伸、君の肉体を維持するための特注プロテインと、僕の魔力を込めた魔導具を送る。山を切り拓く熱源に使うといい』……ガハハ! 兄貴の野郎、相変わらず過保護だぜ!」
木箱の中には、王都の高級ポーション数千本分に匹敵する価値がある、カイン私財投入の「最高級筋力強化剤」が詰め込まれていました。
午後、正式な「王家特命」が下りました。
内容は、かつてバルカス家が領有しながら、魔獣の多さに放棄された北方魔境の開拓。
地図の隅にあるその「不毛の地」を見た瞬間、リナとエルザは顔を見合わせ、12歳のあの日の光景を思い出していました。
まだ幼かったあの日、屋敷の庭で。 「リナ、エルザ! しゅぎょうの時間だぞ!」 そう言って丸太のような腕を出したディエス様は、お父様に将来の夢を語っていました。
『学校を卒業したら、あの土地をもらうんです。誰も欲しがらない場所なら、ぼくが筋肉で魔物をぶっとばして、二人の美女とゴロゴロするのに最高じゃないですか。』
あの時、お父様は頭を抱えていましたが、カイン兄様だけは笑って「いいじゃないですか。ディエスの筋肉とこの二人の力があれば、あそこも最高の楽園になる」と背中を押してくれました。
「……あの日、ディエス様が笑って指さした場所。本当に行くことになるなんて」 リナが感慨深げに呟くと、エルザも静かに頷きました。
「……やっと、あの時の約束の場所へ。……ディエス様と、私たちの聖域」
「大尉……。いえ、これからはもう、ディエス様とお呼びしますよ」
ハンスがその場で軍への退役願を持ち、不敵な笑みを浮かべました。
「この任務は軍の命令ではなく、バルカス家が引き受けた『家業』です。実はカイン様からも『軍のルールに縛られず、ディエス様の筋肉を効率的に運用せよ』と特命を預かっています。私も退役し、あなたの参謀として同行します」
「私も……私もどこまでもお供させてください、ディエス様!私たちは、あの日の夢を叶えるために、ディエス様に一生ついていきます!」 リナが顔を赤くしながらも、決意を込めて宣言しました。
「……ディエス様。……魔獣の山。……ディエス様の、いいサンドバッグになる。……私も、ずっと影として守る」
エルザもまた、あの日の「ごほうびのなでなで」を思い出すかのように、慈しむような目でディエスを見つめました。
「ガハハ! いいぜ、役者は揃った! アレクシスが王都で『秩序』なんて窮屈なもんを作ってる間に、俺たちはあの魔境を根こそぎパンプアップして、兄貴も驚くような『筋肉の聖地』を築き上げてやろうじゃねぇか!」
ディエスはカインから贈られた純白の外套を羽織り、凶悪な魔獣が潜む北方の連峰を見据えました。12歳の少年の夢が、今、最強の筋肉を纏って現実へと動き出します。




