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第89話:厄介払いと、逆襲の種火

王国魔法軍、ルイス団長不在よ団長執務室。


窓から王都を見下ろすアレクシスの背中は、相変わらずの静謐な威厳を放っていました。そこに、影のようにミスティが歩み寄ります。


「あらァ、アレクシス様。ご機嫌がよろしいようで。……でも、一つ面白いニュースがあるの。あなたのお気に入りだったあの『ぼうや』、まだ生きてるみたいよ?」


アレクシスは振り返りもせず、微かに眉を動かしました。


「……ほう。私の光を受けて生き延びたか。墓地の罠を抜け、暗殺を退け、私自らが手を下してもなお……しぶとい男だ」


「どうするの? 十分楽しんだし、気になるなら私が掃除してきてもいいけれど」


ミスティの問いに、アレクシスは冷淡に首を振りました。


「いや、もうあいつに構っている時間はない。今の私には、なすべき『大局』がある。バルカスのような小石に構って、歩みを止めるわけにはいかないのだ」


ただ、盤上から邪魔な駒をどかすことだけを淡々と命じます。


「だが、王都に置いておくのも目障りだ。……彼には、相応の『ごほうび』を与えてやろう。……二度と、私の視界に入らぬ場所をな」


数日後。ディエス中隊の執務室。 ハンスが持ってきた一枚の公文書を前に、ディエスは怪訝そうな顔をしていました。


「……おい、ハンス。これ、何かの間違いじゃねぇか? 俺に『特命』だって?」


「間違いではありません、大尉。アレクシス様から王家を通じ、バルカス家個人への『特命』として発令されました。内容は――王都から遥か北方、未開の開拓地の管理運営権の譲渡です」


ハンスが広げた地図。そこは「北方開拓地」とは名ばかりの、強力な魔獣が跋扈し、冬になれば極寒に閉ざされる死の土地でした。


「体裁は『栄転』です。軍からではなく、王家からの直命という形をとり、成功すればその地をバルカス家の正式な領地として認めると。……しかし、実態はただの『厄介払い』。魔獣に食われて死ね、と言っているも同然の片道切符ですよ」


リナとエルザが顔を青くします。「そんな……! 嫌がらせにもほどがあります!」


しかし、ハンスの眼鏡の奥の瞳は、これまでにないほど鋭く光っていました。


「……ですが、大尉。私はこれを『千載一遇のチャンス』と見ます。……これ、取れます。いえ、取るべきです。ここはディエス様の夢――『筋肉の聖地』を作るための最短ルートです」


ハンスは一歩詰め寄り、声を潜めて続けました。


「大尉、冷静に判断してください。……今のままでは、個人の筋力がどれほど優れていても、世界の理を支配するアレクシスには勝てません。我々には、奴の権力を根底から覆すための『時間』と『力』、そして何より奴の目が届かない『拠点』が必要なのです」


「時間……か」


「ええ。王都にいれば、奴は明日にも刺客を送り、法的手段で我々を圧殺できる。ですが、この僻地であれば干渉は困難です。そこで独自の軍備、独自の経済、そして最強の『筋肉』を育成する。……奴が王都で自分の『秩序』を完成させる頃、我々はその背後から、奴の理屈ごとねじ伏せるだけの『国』を築き上げていることになります」


ディエスは、ハンスの言葉を聞き、じわじわと口角を吊り上げました。


「ガハハ! 奴は俺を追い払ったつもりだろうが……そこを『筋肉の帝国』にする権利をくれたってわけか! 今は勝てねぇかもしれねぇが、次に会う時は……筋肉の『質』も『量』も、想像の枠を超えさせてやるぜ」


ディエスは巨大な拳で地図を叩きました。


「いいぜ。アレクシスが王都でコソコソ政治ごっこをやってる間に、俺は北の果てで最高のパンプアップを見せてやる。ハンス、リナ、エルザ。……開拓の準備だッ!!」

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