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第85話:王と獣、深夜の対峙


ハンスが整えた祝勝会の帰り道。ディエスは一人、宿舎近くの広場で足を止めました。


「……リナ、エルザ。お前たちはハンスと一緒に先に帰ってろ。どうやら、俺に『差しで話がある』っていう御仁がいるらしい」


「え? でもディエス様……」 「……いいから。……ディエス様の直感、信じる」


心配そうに振り返るリナをエルザが促し、三人の気配が遠ざかるのを待って、ディエスは暗闇に向かって口を開きました。


「姿を隠すのは筋肉のねぇ奴のやることだ。出てきたらどうだ、聖教騎士団長アレクシス様よぉ」


月明かりの下、静かに姿を現したのは、神々しいまでの白銀の甲冑を纏った男でした。


王都の英雄、そしてディエスが思い出した「世界の真実」における最悪のラスボス。


「……察しがいいな、バルカス少尉。いや、今は大尉だったか」


アレクシスは武器を帯びず、ただ一人でそこに立っていました。


その瞳は冷徹な知性に溢れ、同時にすべてを見透かすような不気味な静けさを湛えています。


「少し話をしたいと思ってね。単身で来たのは、君という男の『器』を直接見たかったからだ」


アレクシスは一歩、ディエスに歩み寄ります。


「単刀直入に言おう。我が陣営に来ないか? 金、地位、名声……君が望むなら、どんな美女でも用意しよう。君のその『物理を超克する筋力』は、単なる一中隊長で腐らせるにはあまりに惜しい」


アレクシスは微笑を浮かべますが、その目は笑っていません。それは、自分に従うのが「正解」だと確信している者の傲慢な目でした。


「ガハハ! 随分な大盤振る舞いじゃねぇか。金も女も、男なら誰だって欲しがるもんだ」


ディエスは首をボキリと鳴らし、自らの巨大な拳を見つめました。


「だがな、アレクシス。金や女を他人から『与えてもらう』のは、俺の筋肉の矜持が許さねぇんだよ。……欲しいもんは、この拳で、自分の力で手に入れる。それが筋肉の『自由』ってもんだろ?」


「……。断る、というわけか」


「当たり前だ。お前みたいにガキを使い捨てにして、死体の上に玉座を築くような野郎の横で、美味い肉が食えるとは思えねぇんでな!」


ディエスの怒りに呼応し、周囲の空気がビリビリと震え始めました。アレクシスの瞳から、温度が完全に消え失せます。


「……残念だよ。君なら、私の創る『完璧な秩序』の良き盾になれると思っていたのだが。理を理解できぬ野生動物は、檻に入れるか、あるいは処分するしかない」


アレクシスが静かに右手を掲げました。


通常、魔法使いは杖がなければまともに魔力は練れない。


だというのにアレクシスの指先から漏れ出る魔力は、先日のリッチなど比較にならないほど濃密で鋭利。


「ガハハ! 檻に入るタマじゃねぇんだよ! 俺の筋肉が、お前のその『綺麗な顔』に風穴を開けたがってるぜ!」


ディエスが腰を深く落とし、地面を爆ぜさせました。


王都の深夜、本来相まみえるはずのなかった「物語のバーバリアン(野蛮人)」と「物語の支配者ラスボス」の、理を懸けた戦いが幕を開けました。

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