第83話:理不尽な火花、そして「真の敵」
「ガハハ! 悪いな坊主、ちょっと寝てな!」
ディエスは少年の放つ凄まじい刃を紙一重でかわすと、その首筋を打ち据え、意識を刈り取ろうと手を伸ばしました。しかし――。
「……あ、あの方は……裏切らない……!」
少年の瞳がカッと見開かれ、異様な赤光を放ちました。
直後、少年の胸元に刻まれた術式が脈動し、周囲の魔力が臨界点を超えて膨れ上がります。
「なっ……大尉、離れてください! それは自己崩壊の術式だ!」
ハンスの鋭い叫びが響くのと同時、ディエスは少年の体を強引に突き飛ばし、背後のリナとエルザを庇うように仁王立ちとなりました。
――ドォォォォォォォンッ!!
爆風と共に、少年の体は跡形もなく霧散しました。
そこに残ったのは、焦げ付いた石畳と、少年が最期まで握りしめていた折れた短剣の破片だけ。
「……消えた。……あの子、助ける間もなく……」 「……そんな。……命を、何だと思ってるんですか……!」
リナが震える声で呟き、エルザは無言で地面を見つめています。ディエスは、煤で汚れた自分の大きな拳をじっと見つめていました。
その夜。宿舎の静まり返った食堂で、ディエスは一人、プロテインのカップを手に思考を巡らせていました。
脳裏を過るのは、死の間際に少年が見せた、狂信的でさえあった「救い」に満ちた微笑。
「……そうだ。俺は、筋肉の快進撃に浮かれて、肝心なことを忘れてたぜ」
ディエスが前世でプレイしていたファンタジーRPG『エターナル・キングダム』。 そのゲームは、魔王を倒して平和が訪れる……という単純な物語ではありませんでした。
魔王はこの世界にとっての強大な脅威。
しかし、真の絶望はその先にありました。
魔王が討たれ、世界が歓喜に沸く瞬間に真のラスボスとして立ちはだかる男。それが――王国魔法軍団長アレクシス。(今は副団長)
「魔王がいなくなった後の世界を、自分の『完璧な秩序』で支配しようとした男……。あの野郎、魔王という共通の敵がいなくなった瞬間に、自分に従わない者をすべて『悪』として断罪し始めたんだ」
魔王を倒すまでは「聖者」として振る舞い、その裏で少年兵のような犠牲を積み上げて地盤を固め、最後には自らが神として君臨する。それが『エターナル・キングダム』の真のエンディング。
「魔王はただ壊すだけだが、あの野郎は人の『心』と『正義』を支配しやがる。……魔王以上に質が悪りぃんだよ」
本来のシナリオ通りなら、今の少年のような犠牲を万単位で積み上げて、アレクシスは「救世主」への階段を登っていく。
今のディエスたちが直面しているのは、その「物語」の残酷な序章に過ぎません。
「ガハハ……! 面白くなってきたじゃねぇか。ゲームの筋書き通りなら、俺のような噛ませ犬は、あの野郎の輝かしい伝説の一ページにすら残らず、ゴミのように死ぬってか?」
ディエスは立ち上がり、深夜の演習場へと足を踏み出しました。
拳を握り込むと、血管がミシミシと鳴り、怒りによる熱量が全身を駆け巡ります。
「悪いがアレクシス、俺の筋肉は……お前の『綺麗なシナリオ』を叩き割るためにあるんだ。魔王だかラスボスだか知らねぇが、筋肉の『理不尽』で、その歪んだ正義ごと粉砕してやるぜ!」
闇の中で放たれた「エア・ソリッド」が、夜の静寂を切り裂き、遠くの壁を粉々に粉砕しました。




