第76話:事務官の帰還と忍び寄る影
ディエスが宿舎のベッドで、呪いの後遺症による激しい悪寒に震えながら眠りについている頃。
ようやく王都での会議を終えたハンスが、血相を変えて中隊の宿舎へと駆け込んできました。
「二人とも、無事か! 大尉はどうした!?」
「ハンスさん……! ディエス様が、あんなに強かったディエス様が……」
リナはハンスの姿を見るなり、溜まっていた不安が爆発したように泣きじゃくりながら、旧墓地での惨状を報告しました。物理が一切通じず、ディエスが意識を失ったまま亡霊に引きずられたこと。
そして、ジョエルに見捨てられ、ミスティに拾われたこと。
一通り話を聞き終えたハンスの表情は、いつもの事務的な冷静さを失い、険しく歪んでいました。
「……やはりか。この任務、最初から仕組まれていた可能性が高いですね」
「えっ……? 仕組まれていたって、どういうことですか?」
リナが目を丸くする横で、エルザが短剣の手入れを止め、静かに耳を傾けます。
ハンスは声を潜め、部屋の隅々に警戒を払いながら言葉を続けました。
「新兵訓練用の墓地に、レイスが異常発生し、さらにリッチまで現れる。そんな情報を軍令部が把握していないはずがない。私が不在のタイミングで、物理特化のディエス大尉にこの任務を振ったのは、明らかに『大尉が詰む瞬間』を誰かが見たがっていた証拠です」
ハンスは懐から、自分が兵站局で密かに掴んだ情報を記したメモを取り出しました。
「アレクシス様か、あるいはその周囲か……。とにかく、軍の上層部には大尉を『邪魔な異物』として処理しようとしている、あるいはその限界を測ろうとしている者が確実にいます。ジョエル殿が助けず、ミスティ殿が現れたのも、すべては彼らの盤上の出来事だったのかもしれません」
「そんな……。ディエス様は、あんなに軍のために戦っているのに……!」
リナが拳を握りしめる中、エルザがボソリと呟きました。
「……次は、逃がさない。……ディエス様を狙う奴、全部、肉にする」
「ええ、我々も覚悟を決めなければなりません。大尉の筋肉が通用しない『論理の壁』を突きつけて、彼を心折ろうとする動きは今後加速するでしょう」
ハンスがそう言い切った瞬間、隣の寝室から「ガハハ……ッ! げほっ、ごほっ!」という、掠れた、しかし力強い笑い声が聞こえてきました。
「……ハンス、帰ってたのか。……いい考察だ。だが、盤上で踊らされるのは……俺の性に合わねぇ……」
ドアを開けると、青白い顔をしながらも無理やり起き上がり、震える腕で**「自重トレーニング」**を始めようとするディエスの姿がありました。
「大尉! 無茶ですよ、まだ呪いが抜けていない!」
「ガハハ……! 呪いだろうが陰謀だろうが、新しい『負荷』に過ぎねぇ。ハンス、リナ、エルザ……。次は、幽霊を『物理』で掴み出す方法を……俺が証明してやるぜ……」
敗北と陰謀の渦中で、ディエスの瞳にはかつてないほど鋭い、野獣のような光が宿っていました。




