第72話:毒と土、そして冷徹な視線
演習場が静まり返り、隊員たちがディエスを囲んで騒ぎながら去っていく中、地面には未だに膝をついたままのジョエルが取り残されていました。
その肩に、ひらひらと蝶が舞い降りるようにミスティが歩み寄ります。
「あらら……。残念だったわね、ジョエルちゃん。あなたみたいな真正面からの力任せじゃ、あの子とは相性が悪すぎたのよ」
ミスティは細身の体をくねらせ、派手なドレスの袖で口元を隠しながらクスクスと笑いました。
厚塗りの白粉の隙間から、青ひげが夕日にうっすらと浮かび上がっています。
「……何だと、ミスティ。貴様、私の誇り高き『大地魔法』が、あの野蛮な筋肉に劣っていると言うのか!」
ジョエルが屈辱に顔を歪めて吠えると、ミスティは退屈そうにため息をつき、扇子でパタパタと自分の顔を仰ぎました。
「劣っているなんて言ってないわよ。ただ、単純すぎるの。物理的な力なんて、種さえ割れてしまえば対策なんていくらでもあるでしょう? 関節を固定するなり、酸素を奪うなり、あるいは――もっと『甘い罠』にハメるなり。あんなに正直に正攻法でぶつかってあげて、律儀なおっさんなんだから」
「……ならば貴様がやってみろ! あの化け物をその小賢しい手練手管で止めてみせろ!」
ジョエルの激昂に対し、ミスティは瞬時に表情から温度を消し、凄みのあるオカマ特有の微笑みを浮かべました。
「嫌よぉ、あんなに疲れること。それに私、あの男のこと気に入っちゃったもの。あんな立派な『筋肉』、壊しちゃうのはもったいないわ」
ミスティは満足げに腰をくねらせ、獲物を定めた蜘蛛のような足取りでアレクシスの控える観覧席へと戻っていきました。
ジョエルの背後に、いつの間にかアレクシスが音もなく立っていました。
その氷のような瞳は、ディエスではなく、去りゆくミスティの背中を射抜いています。
「……ジョエル、気にするな。あの男の言葉に耳を貸す必要はない」
「アレクシス様……。しかし、私は貴方様の前で醜態を……」
「いや、いいデータが取れた。……それよりも、ミスティには警戒しておけ。あの男は、私の前ですら滅多にその真の能力を見せん。常に他人の隙を突き、部下や周囲を駒として動かすことで、自らは決して汚れまいとする不気味な男だ」
アレクシスは、遠くでリナに「また変な人に懐かれて!」と怒鳴られながら、豪快に笑ってプロテインを煽っているディエスを冷徹に見つめました。
「ミスティは物理には対策があると言った。それは確かに正しい。だが……あの男は、魔法という既存の論理を『質量』で塗り替えてしまう。ジョエル、次だ。次の任務で不確定要素を舞台から降ろしておけ」
アレクシスの声には、確かな殺意と、計算された冷徹な好奇心が混じっていました。




