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第149話:宴の夜、そして新たな道

「……ハァ、ハァ……。ったく、手のかかる計算違い野郎だぜ」

ディエスは、ひび割れた拳をさすりながら、クレーターの底に沈んだアレクシスを見下ろしました。

アレクシスの瞳からは、かつての冷徹な光が消え、ただ呆然と夜空を仰いでいます。

自身が最強と信じた絶対的な術式も、高潔な魔力も、一介の魔法使いによる「筋肉の熱量」に屈した。その事実は、彼の築き上げた理論プライドを根底から粉砕していました。

「……殺せ。理想を、理論を否定された私に、もはや生きる価値など……」

「バカ言え。お前のそのしつこい魔法のおかげで、俺の大胸筋は過去最高のパンプアップを記録したんだ。命の恩人に礼を言えよ」

「……理解できない。なぜ、そこまでして……。私の法は、秩序は、世界を救うための最善だったはずだ……不純な感情を排し、完璧に管理された世界こそが……」

アレクシスの力ない言葉に、ディエスは担ぎ上げた拳を強く握りしめ、荒野に響き渡る声で言い放ちました。

「上から見下ろして管理して、それで世界を救ったつもりか? そんなのは『平和』じゃねぇ、ただの『静止』だ。世界を動かしてんのは、お前みたいな綺麗な杖じゃねぇ。泥にまみれて、必死に汗をかいて生きてる奴らの……この脈打つ鼓動なんだよ!」

その言葉は、魔力による衝撃波よりも深く、アレクシスの凍てついた心の深淵を撃ち抜きました。

ディエスは、動けないアレクシスを強引に担ぎ上げました。そのあまりの軽さに、ディエスは少しだけ顔をしかめます。

「お前、やっぱり細すぎんだよ。正義を語る前に、まずは米を食え」

戦場は、奇妙な静寂に包まれていました。

王都の魔法兵たちは、絶対的な指導者であったアレクシスの敗北を目の当たりにし、武器を降ろして立ち尽くしています。そこへ、ハンスやエルザ、リナたちが、それぞれの敵を「無力化」した状態で集まってきました。

「ディエス様、お見事です。アレクシス様の精神構造は、物理的な衝撃によってようやく正常に再起動したようですね」

ハンスが眼鏡を指先で上げ、涼しい顔で報告します。

「おい! 全員聞けッ!!」

ディエスの野太い声が荒野に響き渡りました。

ビクッと肩を揺らす王都の兵士たち。しかし、ディエスから放たれたのは、死の宣告ではありませんでした。

「戦いは終わりだ! 今夜は敵も味方も関係ねぇ! 腹を空かせたまま王都に帰れると思うなよ! マルコ! 例のブツを出せッ!!」

「あいよ! 投資回収の時間だぜ、ディエス!」

どこからともなく、商人のマルコが馬車を走らせて登場しました。荷台に積まれているのは、最高級の「魔獣の霜降り肉」と、バルカス領特製の「プロテイン・エール」。

「さあ、焼き肉パーティーの始まりだ! 炭火を用意しろ! 魔法兵、お前らの火魔法は今日から『着火用』だ! 役に立てよッ!!」

「えっ……? あ、はい……火魔法ファイア、いきます!」

戸惑っていた王都の兵士たちも、漂い始めた香ばしい肉の匂いには勝てませんでした。一人が火を熾せば、一人が肉を焼き、やがて開拓民と魔法兵が肩を並べて串を頬張り始めます。

「……あらあら、あんなに殺し合っていたのに。結局、胃袋を掴んだ方が勝ちなのね」

高台から降りてきたミスティが、担がれたままのアレクシスの頬を、扇子で突つきました。

「アレクシス、あなたの『凍った正義』は、バルカスの炭火で美味しく焼けちゃったみたいよ?」

「……勝手にするがいい」

アレクシスは毒づきながらも、ディエスに無理やり口に押し込まれた肉を、不器用そうに咀嚼し始めました。

重力魔法でも動かせなかった彼の心が、肉汁の旨味と、焚き火の熱、そして隣で担いでくれている「邪魔な親友」の体温によって、ゆっくりと、しかし確実に溶けていくのを感じていました。

バルカスの夜は更けていきます。そこにあるのは、完璧な秩序でも、絶望の監視でもなく、ただ生命の熱が混ざり合う、不条理で賑やかな宴の風景でした。

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