第150話:朝霞の誓い、そして道は続く(グランドフィナーレ)
バルカス領を包み込んだ宴の残り火が消え、東の空から柔らかな陽光が差し込み始めました。
街道には、王都へと引き返す兵団の長い列。しかし、その足取りに侵略の鋭さはなく、皆一様に、昨夜の宴で分け合った肉の熱をその身に宿していました。
「……本当に行くのか。アレクシス、お前ならこの土地で、もっと自由に生きられるだろうに」
ディエスが、馬車を待つアレクシスの前に立ちました。 アレクシスの顔には、ディエスの拳が刻んだ痣が残っていましたが、その瞳からは、すべてを塗りつぶそうとしていた冷徹な暗雲が晴れていました。
「……私のしでかしたことは、無かったことにはならない。王都を、そして他国の目を欺いて独走した責任は、私が取るべきものだ。……投獄か、あるいはそれ以上か。それを決めるのは私ではなく、法だ」
アレクシスは、静かに、しかし決然と言い放ちました。彼が取り戻したのは、冷たい完璧さではなく、犯した罪から目を逸らさない「人間の矜持」でした。
「お前らしいな。だが、もし退屈な牢屋に入れられたら、いつでも壁をぶち破って迎えに行ってやる。お前の細い腕に、次は本物の重り(ダンベル)を握らせてやるからな」
「……断る。次に会う時があるのなら、少しはマシな語彙を身につけておけ、この筋肉ダルマ」
アレクシスはそう言って、微かに口角を上げました。
彼の背嚢には、ディエスが無理やり詰め込んだ干し肉と、バルカス領で育った滋養強壮に効く薬草が、重いほどに詰まっていました。
「行っちゃったわね。あの子、自分のケジメをつけに帰るなんて……少しは大人になったじゃない」
高台から見送っていたミスティが、扇子を畳んで満足そうに頷きました。 リナは冷えた空気の中で大きく伸びをし、エルザは大剣を背負い直して、前を見据えました。
「ディエス様。アレクシス様たちが去り、ひとまずこの地は守られました。……次は、どう動かれますか?」
ディエスは、昇り始めた太陽に向かって、最高に力強いポージングを決めました。盛り上がる筋肉が、朝日に照らされて黄金色に輝きます。
「決まってるだろ! バルカスはもう、俺たちがいなくてもびくともしねぇ。世界は広いんだ……まだ俺の知らない強敵や、見たこともねぇ巨大な獲物が、未開の地で待ってるはずだ!」
「……やっぱりそう来ると思った。いいわよ、どこへでもついて行ってあげるわ」 リナが苦笑し、ハンスが静かに眼鏡の縁を整えました。
「記録すべき未知は、まだ山ほどありますからね。ディエス様の背中を追うのは、退屈とは無縁だ」
数年後。 王都の法廷で自身の罪を認め、長い謹慎の後に復帰したアレクシスは、かつての光魔法ではなく、土を耕し、民の声を拾う「再生の指導者」としてその辣腕を振るっていました。彼の執務室の机には、今も不格好な「筋肉の置物」が守り神のように置かれています。
そして、世界のどこか。 地図の果てにある断崖絶壁で、天を突くような咆哮が響き渡ります。
「ガハハハ! 見ろエルザ! この山のヌシ、いい筋肉してやがる! こいつと組み合えば、最高の成長ができそうだ!!」
筋肉が不浄を浄化し、野性が明日を切り拓く。 男の名はディエス。 彼の「開拓」という名の終わりなき挑戦は、まだ始まったばかり――。




