第144話:秩序の崩壊、論理の要塞
主軍同士が激突し、側近たちが火花を散らす影で、戦場の趨勢を決定づけるもう一つの戦いがありました。
「全軍、一斉射撃! 不浄なる壁を光の塵に帰せ!」
アレクシスが率いてきた王都の魔法兵団。
その数、三千。彼らは一糸乱れぬ動作で杖を掲げ、高密度の光弾を雨あられと降らせていました。
対する開拓地の防衛線に立つのは、ディエスの右腕、ハンスです。
「……ふむ。計算通り。王都の教育を受けた魔法士は、効率を重視しすぎるあまり、攻撃パターンが単調で助かりますね」
ハンスは冷静に眼鏡のブリッジを押し上げると、目の前に浮かぶ巨大な計算盤(魔導演算機)を操作しました。
「ドワーフ製・多重屈折防壁、最大出力。位相を3.2度ずらして固定してください」
ハンスの合図とともに、防壁の表面に張り巡らされたドワーフ謹製の「魔導レンズ」が一斉に脈動を始めました。 降り注ぐ無数の光弾。
しかし、それらは防壁に直撃する直前、まるで水面に投げ込まれた石のように、その**「屈折率」**を狂わされ、あらぬ方向へと逸れていきました。
「な、なんだと!? 狙いが……物理的に曲げられているのか!?」
魔法兵たちは驚愕しました。
必中のはずの魔法が、ハンスの敷いた「理論の網」によって、物理的に無効化されていたのです。
「驚くには値しません。光もまた物理現象の一部に過ぎない。ハンス流・戦術幾何学に基づけば、あなたの魔法はただの『光る矢』です」
ハンスはさらに、手元のレバーを引き下げました。 「次は、こちらからの『回答』です。バルバドス殿、例のものを」
「おうよ! 筋肉と火薬の協奏曲だ、拝みやがれ!」
防壁の裏側から、ドワーフたちが造り上げた最新鋭の**「魔導大筒」**が銃口を覗かせました。
放たれたのは、魔法ではありません。高圧の蒸気と「魔獣の骨粉」を圧縮した物理弾。
ドォォォォォンッ!!
「……ッ!? 結界が……聖なる結界が、物理的な圧力だけで粉砕された!?」
魔法兵たちの白銀の陣列が、凄まじい風圧と衝撃波によって文字通り「薙ぎ払われ」ました。 彼らが信じてきた「魔法がすべて」という王都の常識が、ハンスの理知と、ドワーフの技術、そして開拓地が育んだ野生のエネルギーの前に、音を立てて崩れ去っていきます。
「……さて。論理的な決着はつきました。あとはディエス様が、アレクシス様の『感情』という名のバグを、物理的に修正するのを待つだけですね」
ハンスは乱れた前髪を整え、冷然と、しかしどこか誇らしげに戦場を見つめました。
王都の精鋭三千を、わずかな開拓民と知略だけで完封したその姿は、まさに知の守護神そのものでした。




