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第143話:沈黙を切り裂く「生きる音」


ノーマンの展開する「静寂の領域サイレント・フィールド」の中で、世界から一切の音が奪われていました。


魔力という「血液」を止められた魔法士であれば、とっくに酸欠の魚のように悶絶しているはずの空間。


しかし、目の前の女――エルザだけは、呼吸を止めるどころか、その瞳の奥にさらに猛々しい熱を宿していました。


(……おかしい。なぜ動ける。なぜ、これほどまでに速い!)


ノーマンは内心で毒づきながら、影の中から影へと跳躍します。


魔法による身体強化を封じられれば、人間はただの肉の塊に過ぎない。


それが王都の、アレクシスの掲げる「理論」でした。


しかし、エルザの踏み込みは、理論という薄っぺらな殻を粉砕するほどの**「純粋な筋力」**に基づいたものでした。


「あんたの魔法は確かに凄いよ、ノーマン! でもね、私たちは毎日、魔法も通じないような硬い大地を耕して、巨大な魔獣と取っ組み合いをしてるんだ!」


エルザが放つ言葉は、沈黙魔法に抗うように、物理的な振動となってノーマンの鼓膜を震わせます。


「あんたが封じたのは『便利な力』だけだ。生きようとする『本能』までは、その綺麗な魔法じゃ縛りきれないよ!」


エルザが地面を蹴りました。魔力による跳躍ではなく、極限まで鍛え上げられた大腿四頭筋が爆発的な推進力を生みます。


「しまっ……!」


ノーマンは咄嗟に双剣を構えますが、エルザは大剣を振り下ろすと見せかけ、その巨大な刀身を盾のように地面へ叩きつけました。


「バルカス流・開拓震(かい拓しん)!」


ドォォォォォンッ!! 魔法で消せない「物理的な衝撃波」が地面を伝わり、影と同化していたノーマンの足元を激しく揺さぶります。均衡を崩したノーマンの喉元へ、エルザの鋭い膝蹴りが吸い込まれました。


「ごふっ……!?」


受け止めた腕から、嫌な音が響きます。


ノーマンは後方へ吹き飛び、背後の岩壁に叩きつけられました。 その瞬間、彼が維持していた沈黙魔法の結界が、集中力の途切れとともに霧散しました。


「……はぁ、はぁ……。信じられん。……魔法も持たぬ、ただの開拓民だと……?」


ノーマンは崩れ落ち、震える手で折れた腕を押さえました。


彼の視界の先では、エルザが肩で息をしながらも、ゆっくりと大剣を鞘に収めていました。


彼女の額からは汗が流れ、手はマメだらけで泥にまみれています。しかし、その姿は王都のどんな騎士よりも、命の輝きに満ちていました。


「あんたには、負ける気がしなかったよ。……私たちは、失う怖さを知っているからね。だから、守るための力だけは、絶対に魔法任せになんてしなかったんだ」


エルザは倒れたノーマンを一瞥し、主君であるディエスのもとへと駆け出しました。


王都の「影」として生きてきたノーマンは、初めて浴びた「名もなき者の熱」に焼かれ、ただ呆然と夜空を見上げることしかできませんでした。

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