第141話:影の舞、野性の剣
魔法の閃光と轟音が荒野を震わせる中、その一角だけは死神の溜息のような静寂に包まれていました。
「……バルカス領にこれほどの手練れがいたとはな。だが、無駄だ。私の前では、あらゆる抗いは『音』を失う」
影の中から声が響くと同時に、ノーマンが姿を現しました。
アレクシスの「影」である彼が展開したのは、広範囲の魔力構造を強制的に停止させる沈黙魔法『静寂の領域』。
この空間内では、魔法士の呪文は霧散し、魔力による身体強化さえもが霧のように消えていきます。
ジョエルやアレクシスの魔法さえも封じかねない、対魔法士戦における最強の「詰み」の結界でした。
(……来る。こいつだけは、魔法を使わない私が止めなきゃいけない)
対峙するエルザは、使い古された大剣の柄を、指が白くなるほど強く握りしめました。
彼女は、ディエスに拾われた名もなき開拓民。特別な魔力も、洗練された魔法理論も持ち合わせていません。
しかし、だからこそ――魔力を無効化するノーマンの結界内で、唯一「100%の力」を発揮できる存在でもありました。
「不浄な土地の、不浄な剣士か。……消えろ」
ノーマンの姿が、陽炎のように掻き消えました。 暗殺術**『影渡り』**。魔法を封じられた相手が混乱する隙に、死角から喉元を裂く。それが彼の必勝パターン。
キンッ!
暗闇に火花が散りました。 エルザは大剣を翻し、背後から放たれたノーマンの刺突を、肉眼と「肌感覚」だけで受け止めていました。
「……なぜだ。魔法による探知も強化も封じたはず。貴様の動きは、なぜ鈍らない」
「あんた、勘違いしてないかい? 私たちがここで日々切り倒している大樹も、砕いている岩も、魔法なんて使ってくれないんだよ」
エルザは大剣を力任せに振り払い、その衝撃でノーマンを影の中から引きずり出しました。
「開拓地の冬は魔法より冷たいし、腹を空かせた魔獣は沈黙魔法なんて関係なしに襲ってくる。……私たちはね、魔法がなくても『生きていく』ために、この筋肉を鍛えてきたんだ!」
「くっ……! 貴様、私を野獣と同列に扱うか!」
ノーマンは空中で体勢を立て直すと、無数の黒い短剣を投擲しました。魔法を封じられた騎士なら、その重い鎧が仇となり回避不能になるはずの一撃。
「遅いよ!」
エルザの全身が、バネのようにしなやかに跳ねました。 魔力強化ではない。泥を啜り、巨岩を運び、ディエスの不条理なトレーニングに食らいついて身につけた「野生の瞬発力」。
「剛剣・開拓断」
大剣が力任せに横に薙がれ、巻き起こった純粋な「風圧」だけで短剣を叩き落とします。さらに彼女は、その勢いのままノーマンの懐へと肉薄しました。
「魔法に頼りきりのあんたには、この『重み』は分からないだろうね!」
エルザの一撃は、騎士道の型とは程遠い、泥臭く、しかし実戦に特化したものでした。剣が弾かれれば肩で当たり、隙があれば土足で踏みつける。
「ぐ、ああ……っ!?」
ノーマンは暗殺者の冷静さを失い、防戦一方となりました。
魔法を封じることで勝利を確信していた彼にとって、魔法を一切介さずに襲いかかるエルザの「純粋な暴力」は、計算不可能な不条理そのものでした。
「あんたの『静寂』は、戦場じゃただの独り言だよ。……さあ、バルカスの洗礼を受けなさい!」
影を駆ける暗殺者と、魔法を持たぬがゆえに最強となった従者。 魔法という「光」を失った領域で、エルザの野性的な剣がノーマンを追い詰めていきます。




