134話:汚れなき正義の代償
王都の衛兵隊詰所。そこには、かつてアレクシスがその魔導の才と実直さを認め、直々に魔導大隊の分隊長へと抜擢した若き魔法使い、カイルが拘束されていました。
カイルはアレクシスの「法による統治」という思想に深く共鳴し、誰よりも熱心に王都の治安維持に努めてきた男です。しかし、彼の前に立つアレクシスの瞳には、かつての師弟としての情など微塵も残っていませんでした。
「……報告は事実か、カイル。貴様は軍備費の魔石予算を数ヶ月にわたり横領し、使途不明金として処理していたな」
アレクシスの静かな声が、地下の尋問室に冷たく響きます。カイルは震える手で、しかし真っ直ぐにアレクシスを見つめました。
「事実です、アレクシス様。……ですが、あれは……! 王都の路地裏にある孤児院が、冬の寒さと飢えで崩壊しかけていたのです。旧貴族たちの不正で予算を削られ、見捨てられた子供たちに暖房魔法の触媒を届けるには、ああするしかなかった!」
カイルの言葉は真実でした。彼は私利私欲のためではなく、ただ目の前の弱者を救うために、法の外側へ足を踏み出し、軍の備品を横流ししたのです。
「善意……だと?」
アレクシスは、吐き捨てるように言いました。
「カイル。貴様のその『個人的な善意』が、私の築き上げた完璧な術式のごとき『絶対的な法』に泥を塗ったのだ。法とは、例外というノイズを認めた瞬間に崩壊する。貴様が救った十人の子供の命と、法というシステムが死ぬことで生じる数万の無秩序……どちらが重いか、理解できないのか」
「しかし、アレクシス様! 血の通わない術式に、一体何の意味があるのですか!」
カイルの叫びに対し、アレクシスは白銀の輝きを放つ至高の魔導杖を掲げました。その先端から放たれる魔力は、主の心を表すかのように、一点の揺らぎもない純白の光を帯びています。
「……意味などない。法に必要なのは『正しさ』だけだ。感情という不純物が魔力回路に混じるから、人間は不正という暴発を犯す。ならば、感情などこの国には不要だ」
一閃。
慈悲も、躊躇もない極大の光線がカイルを貫きました。アレクシスを誰よりも崇拝していた魔法使いは、その理想の魔法によって、一言の弁明も許されず光の中に消し飛ばされたのです。
一部始終を影から見ていたノーマンが、淡々と尋ねました。
「……よろしいのですか。彼は貴方の最も忠実な部下の一人でしたが」
「構わん。術式に混じった不純物を排除したまでだ」
アレクシスは、カイルがいた場所に残った僅かな塵さえも忌々しそうに魔法で消滅させ、狂気を孕んだ瞳で王都を見下ろしました。
「ノーマン。今の王都のシステムはまだ甘い。人間という不確定要素が詠唱に介在する限り、不正は根絶できない。……これより、より厳格な『全市民思想監視法』を施行する。食事、睡眠、そして精神の深淵に至るまで、私の法から逸脱することを許さない」
アレクシスの「正義」は、この日を境に、人間性の息の根を止めるための完璧な魔導の檻へと完成されていきました。




