第132話:ミスティのヒミツ
王都の戦後処理が続く中、魔法軍の作戦本部は張り詰めた空気に包まれていました。
「……ミスティ。あんたには聞きたいことが山ほどあるんだ」
重い口を開いたのは、魔法軍の調整役であるジョエルでした。
彼は疲弊しきった顔で、書類から目を上げ、優雅に爪の手入れをしていたミスティを鋭く睨みつけました。
「あら、ジョエル。そんな怖い顔をしてどうしたの? 眉間に皺が増えると、せっかくの理知的な顔が台無しよ」
「はぐらかすな! 四天王が襲来したあの時だ! なぜ君はもっと真面目に戦わなかった? アレクシス様が独りで全てを背負わされていた間、君は後方で市民と戯れていただけじゃないか!」
ジョエルの拳が机を叩きます。
彼は、アレクシスがその身を削って光を放っていた姿を見ていたからこそ、ミスティの「不真面目さ」が許せなかったのです。
「戯れるなんて人聞きが悪いわ。私は、英雄様に零れ落ちた『小さな命』を救っていただけよ? それに、私がしゃしゃり出なくてもアレクシス様は完璧だった。……そうでしょう?」
ミスティはふわりと椅子から立ち上がり、退屈そうに背中を向けました。
「逃げるのか! 君のような不届き者が魔法軍の将に居座っていること自体、アレクシス様の掲げる秩序への冒涜だ! 次の会議で、君の解任を私から進言させてもらうぞ!」
売り言葉に買い言葉。ジョエルは激情に任せ、越えてはならない一線を踏み越えました。
その瞬間、部屋の空気が凍りつきました。
「……解任?」
去りかけようとしていたミスティが足を止めました。 彼女がゆっくりと振り返った時、そこにあったのは先ほどまでの「サボり魔」の顔ではありませんでした。
「ジョエル。あなたは、自分の立っている場所が見えていないのね」
彼がたった一歩、距離を詰めました。
その瞬間、ジョエルは背筋に氷を突っ込まれたような悪寒を覚えました。
ミスティの瞳から光が消え、深淵のような闇が覗いています。
「……いい? 私が『救助』に徹していたから、アレクシス様の英雄譚は美しく終われたの。私が戦場で本気で魔法を振り回せば、敵も味方も関係なく、この都は今頃ただの瓦礫の山よ」
ミスティの口から漏れたのは、普段の澄んだ声とは似ても似つかない、地這うようなドスの効いた低音でした。
「あんたみたいな『調整しかできない無能』が、私の居場所を決めようなんて……百年早いのよ。今度その汚い口で私の名前を呼んだら、潰すわよ」
「あ……が……っ」
ジョエルは言葉を失いました。彼女から放たれる殺気は、先日の四天王リリスさえも凌駕するほど苛烈で、生々しい暴力の気配に満ちていました。
ジョエルは蛇に睨まれた蛙のように硬直し、ガチガチと歯を鳴らすことしかできません。
「……ふふ。なんてね。冗談よ、ジョエルちゃん」
次の瞬間、ミスティはいつもの柔和な笑顔に戻り、楽しげに部屋を出ていきました。
後に残されたジョエルは、崩れ落ちるように椅子に座り込みました。
震える手で拭った額からは、滝のような冷や汗が流れていました。
「……化け物め。あいつ……アレクシス様さえ、欺いているのか……?」
秩序の光に包まれた王都で、ジョエルは初めて、味方であるはずの「聖女」の背後に潜む、底知れない闇を見てしまったのです。




