第131話:蠢く影、静かなる再編
王都は、アレクシスという名の「光」に支配されていました。
魔王軍四天王を討った彼の権威は、いまや国王さえも凌駕せんとする勢いです。しかし、その眩しすぎる光は、同時に濃い「影」をも生み出していました。
「アレクシス様こそが法であり、秩序である。……異論はあるか?」
王宮の会議室。ノーマンが冷徹な声で問いかけると、居並ぶ貴族たちは一様に首を振りました。
かつて魔法軍を私物化し、賄賂に手を染めていた汚職貴族たちは、アレクシスの清廉潔白な「恐怖」によって徹底的に粛清され、静まり返っています。
「結構。……ジョエル、防衛設備の再編を。ミスティは市民の監視、もとい『心のケア』を。アレクシス様の理想とする完璧な都を築くのだ」
ジョエルは震える手で書類をまとめ、ミスティはあごひげの口元を隠しながら「はいはい、仰せの通りに」と、薄く笑みを浮かべました。
アレクシスという絶対的な太陽を中心とした、鋼のような秩序。しかし、その内実には、過剰な統制が生む「息苦しさ」が蔓延し始めていたのです。
一方、その頃。王都の喧騒から遠く離れたバルカス領・開拓地。 こちらでは、王都のそれとは全く異質の「熱気」が渦巻いていました。
「ハァッ……ハァッ……。お、おい……。この領地、本当におかしいぞ……。さっきの『スクワット千回』が、まだ準備運動だなんて……」
開拓地の広場で膝をつき、肩で息を荒くしているのは、王都の騎士団から「視察」の名目で左遷されてきた一人の若い騎士でした。
彼は、アレクシスの完璧な秩序に馴染めず、かといって不真面目でもなかったために、事実上の厄介払いとしてこの辺境へ送られてきたのです。
「ガハハハ! 根性が足りんぞ、新入り! 見ろ、リナなんかもう千五百回を超えてるのに、まだツッコミを入れられる余裕があるんだぞ!」
ディエスが豪快に笑いながら、丸太のような腕で騎士の背中を叩きます。
「ディエス! 新入りをいじめないでよ! 誰だって普通の神経してたら、この村のメニューにはついていけないわよ!」
「リナさん。彼は『アレクシスの管理社会』から漏れ出した、貴重な人材です。あまり無茶をさせて、筋肉を壊してはいけません。……まずは、我が領自慢の特製プロテインを飲ませて、内側から改造しましょう」
ハンスが不敵に眼鏡を光らせ、禍々しい色をした(しかし栄養満点の)液体を差し出しました。
騎士は、王都で見てきた「アレクシスの美しすぎる光」と、目の前にある「泥臭く、不条理で、しかしどこか温かい筋肉の塊」を比較し、頭を抱えました。
「……王都じゃ、アレクシス様が『神』のように崇められてるっていうのに……。ここは、別の世界の地獄か何かか……?」
「地獄じゃねぇ、ここは『楽園』だ! 筋肉を鍛えれば、悩みなんて汗と一緒に全部流れるぞ!」
ディエスの言葉に、騎士は導かれるようにプロテインを口にしました。 その瞬間、全身の細胞が沸き立つような、暴力的なまでの活力が脳を突き抜けます。
アレクシスが王都で「孤独な完璧」を極めていく一方で、ディエスの開拓地には、彼の秩序から零れ落ちた者たちが、吸い寄せられるように集まり始めていました。
それは、意図せぬ形での「力の二極化」。 王都の「静かなる光」と、辺境の「騒がしい熱」。 この二つの流れが再び交わる時、王国に真の変革が訪れることを、まだ誰も知りません。
「……さて。ハンス、そろそろ『収穫』の時期だな」 「ええ、ディエス様。開拓地の畑も、そして……王都への潜伏工作も順調です」




