第130話:英雄の凱旋、孤独の玉座
王都の空を覆っていた禍々しい暗雲は、アレクシスの放った極光によって跡形もなく消し飛ばされました。
戦場には静寂が訪れ、その中心で、一寸の乱れもない純白の法衣をまとったアレクシスが静かに佇んでいます。
彼の足元に転がっていたのは、魔王軍四天王リリスの残骸――もはや実体を保てず、黒い霧となって消えゆく惨めな影でした。
「信じられ……ないわ……。これほどの『光』を独りで維持するなんて……。あなたは、心まで……光の機械にでもなったの……?」
リリスの最期の問いかけに、アレクシスは一瞥もくれません。
ただ、指先をわずかに動かし、彼女の存在をこの世界から完全に抹消しました。
「……機械ではない。私は、王国の『正義』そのものだ」
「アレクシス様万歳ッ!」
「真の英雄、アレクシス様万歳!!」
静寂を破ったのは、地を揺るがすような民衆の熱狂的な歓喜でした。
ノーマンやジョエル、そして多くの魔法兵たちが膝をつき、まるで神を仰ぎ見るかのような敬意を彼に捧げます。
市民たちは涙を流して彼の手を求め、王都の至る所で彼の名を叫ぶ声が響き渡りました。
ミスティは市民たちの救助を終え、その熱狂の渦を少し離れた場所から眺めていました。
「……完璧ね。絶望の淵から民を救い上げ、自らの正しさを証明してみせた。これ以上ないほどの『英雄の凱旋』だわ」
ミスティは小さく溜息をつき、髪を整えました。。
アレクシスが手に入れたのは、もはや単なる名声ではなく、王国の精神的な支配権に近いものです。
しかし、ミスティにはその光り輝く背中が、どこか周囲の人間を拒絶しているようにも見えました。
王国魔法軍の執務室。祝宴の喧騒を避けるように、アレクシスは独り、この部屋に立っていました。
窓から差し込む月光は、彼の美しい顔を冷ややかに照らしています。
民衆からの愛、部下からの信頼、そして絶対的な力。かつて故郷の村で、無能な組織に見捨てられ絶望した15歳のあの日、彼が喉から手が出るほど欲した「全て」が、今この手にあります。
しかし、アレクシスの胸にあるのは、達成感ではありませんでした。
「(……まだだ。まだ足りない。少しでも隙を見せれば、この秩序は再び崩れる。あの日と同じように)」
アレクシスは独り、鏡に映る自分を見つめます。 彼は知っています。
自分が手にしたこの「平和」は、彼が頂点で全てを制御し続け、一点の汚れも許さず、自分自身すらも削り続けて初めて維持できる、極めて脆い虚像であることを。
周囲に集まる人々は、彼の「光」を称賛しますが、その光の裏側にある「闇」や、独りで抱える「恐怖」を理解できる者は一人もいません。
「私は、独りで立ち続けなければならない。……あの野蛮な男のように、誰かと肩を組んで笑うなど、私には許されないのだから」
アレクシスの言葉は、静かな玉座の間に空しく響きました。
王都の英雄として頂点に上り詰めた彼は、同時に、誰も届かない極北の孤独へと、自らを幽閉してしまったのでした。
その頃。 王都の劇的なドラマなど露ほども知らないバルカス領では。
「ガハハハ! エルザ、見てくれ! この新しい筋トレ器具(ドワーフ製)、負荷が強すぎて地面が沈むぞ!」 「ディエス様! また石畳を割ったんですか! ハンスに怒られますよ!」
「あー、もう……。リーダーがあれだと、私のツッコミが追いつかないわ……」
平和な笑い声と、プロテインを混ぜる音だけが、のどかな辺境の夜に響いていました。




