第128話:慈悲の聖女か、怠惰の策士か
王都が炎と悲鳴に包まれる中、アレクシスが放つ苛烈な光とは対照的に、穏やかで、どこか場違いなほど静かな一画がありました。
王国魔法軍の将の一人、ミスティが受け持つ防衛エリアです。彼女は煌びやかな杖を片手に、退屈そうに空を見上げていました。
「……はぁ。あんなに騒がしく戦って、何が楽しいのかしら」
彼女の周囲では、配下の魔導師たちが必死にハーピーやサキュバスを退けていましたが、ミスティ自身は魔法の一発すら放とうとしません。
「ミスティ様! 右翼の防壁が突破されそうです! 援護をお願いします!」
部下の悲痛な叫びに、彼女は薄く笑いながら、優雅な動作でティーカップを置きました。
「魔王軍と積極的にやり合うなんて、気が乗らないのよね。戦いは男の人たちに任せておけばいいのよ。……それより、あそこの瓦礫の下に市民が埋まっているわ。救出を優先しなさい」
「は、はい! しかし敵が……!」
「いいから行きなさい。死なせたら、後でアレクシス様に小言を言われるのは私なんだから」
ミスティの本音は、命のやり取りという「野蛮な労働」を嫌っているだけでした。
しかし、表向きには**「尊い市民の命を救う聖女」**として振る舞うことで、最も安全で、かつ称賛を得られやすいポジションを確保していたのです。
彼女が指先で軽く空間をなぞると、柔らかな黄金の障壁が展開されました。
それはアレクシスの光のように敵を滅ぼすものではなく、逃げ惑う人々を優しく包み込み、魔族の干渉を遮断する「揺り籠」のような魔法。
「あら、そこのおじ様。怪我をしているわね。今、私の部下が手当てをさせるから、そこでじっとしていて?」
「お、おお……! ありがとうございます、ミスティ様! あなたこそ真の慈悲の象徴だ……!」
市民たちが涙を流して感謝する中、ミスティは内心で「あー、早く帰ってお風呂に入りたいわ」と欠伸を噛み殺していました。
しかし、彼女の徹底した「消極的防衛」と「市民救助」は、結果としてアレクシスが零した防衛の穴を埋めていました。アレクシスが前線で敵を殲滅し、ミスティが後方で人心を繋ぎ止める。
この歪な連携こそが、崩壊寸前の王都を辛うじて繋ぎ止める「最後の糸」となっていたのです。
「……ミスティの奴、またサボりながら人気取りをしているな」
遠くで爆発する光の中、アレクシスは苦々しくその様子を察知していました。
だが、今の彼には彼を叱責する余裕すらありません。
「さあ、お仕事の時間よ。アレクシス様が倒れたら、私の平和な隠居生活が台無しになっちゃうもの」
ミスティは瞳の奥に鋭い光を宿し、救助された市民たちの背後で、忍び寄るサキュバスの影を音もなく消し去りました。




