第126話:鏡の中の虚像、英雄の地獄
アレクシスの意識は、急速に戦場の喧騒から切り離されていきました。
目を開けると、そこは一面の鏡張りの世界。リリスの術によって引き出された「過去の記憶」が、鮮明な光景となって映し出されます。
鏡の中に映るのは、10年前――15歳のアレクシス。
魔法学園の特待生として将来を嘱望されていた彼は、故郷の村で熱心に鍛錬をしていました。
しかし、その平和は突如として現れた魔王軍の襲撃によって崩壊します。
『アレクシス様! 助けてください!』
鏡の中のアレクシスは、若く鋭い魔力を振るい、次々と魔物を討伐していきます。
最終的には魔王軍を追い払い、生き残った村人たちは彼を「英雄」として称え、涙を流して感謝しました。
「……下らん。悪魔め、こんな見え透いた『理想』で、私を酔わせるつもりか」
アレクシスは冷たく吐き捨てました。
彼にとって、その称賛の声は欺瞞にすぎませんでした。彼が真に覚えている現実は、鏡の奥に潜む、もっとどろりとした「闇」でした。
アレクシスが視線を向けると、鏡がひび割れ、**「真実のあの日」**が溢れ出しました。
村が襲われたあの日、アレクシスは必死に時間を稼いでいました。
すぐに駆けつけると約束していたはずの「王国魔法軍」を信じて。しかし、待てど暮らせど援軍は来ませんでした。
なぜなら、魔法軍の指揮官は、賄賂を受け取っていた隣の裕福な村の防衛を優先し、貧しいアレクシスの村を切り捨てたからです。
『アレクシス……助け……て……』
目の前で、共に魔法を競った親友が魔物の爪に引き裂かれました。助けを求める家族の声が、炎の中に消えていきました。
どれほど正しくあろうとしても、力がなければ、そして「清濁併せ持つ権力」の頂点にいなければ、大切なものすら守れない。
アレクシスはこの日、勇者を目指す純粋な正義を捨てました。
私利私欲に走る無能な官僚、賄賂で動く軍、それらをすべて支配下に置き、不条理のない「完璧な秩序」を築く。
そのためには、自分が頂点に君臨しなければならない――。
「……私の歩んできた道は、死体の山の上に築かれた秩序だ。それを今更、幻影ごときに揺さぶられると思うな」
アレクシスの瞳に、苛烈な光が宿りました。
リリスの術を内側から食い破るほどの意志の力。だが、その強すぎる意志が、皮肉にも彼を孤独な深淵へと追い詰め、周囲の兵士たちの献身すら目に入らなくさせていました。
「私は独りでいい。独りで、この国を完璧な園へと導く……!」
現実に引き戻されたアレクシスの目の前で、リリスが薄笑いを浮かべて爪を振り下ろそうとします。
「ふふ、強い意志ね。でも、その『孤独』こそがあなたの限界よ、王子様」
リリスの毒針のような指先が、防護魔法が薄れたアレクシスの喉元に届こうとしたその時。
「アレクシス様ッ!!」
ノーマンとジョエルが、自らの魔力枯渇も厭わず、強引に魔法軍の陣形を割り込ませて割り込んできました。
彼らの掲げた盾には、なぜか最近市場に出回っている「驚異的な硬度を持つ新素材の合金」が埋め込まれており、リリスの爪を間一髪で弾き返しました。
「……君たちか。余計なことを」
アレクシスはそう毒づきながらも、再び光の剣を握り直します。
かつて自分を見捨てた魔法軍を、今は自分が率いて戦う。その皮肉に口角を歪めながら、アレクシスは孤独な決戦の続きへと身を投じました。




