第123話:闇に潜む影、魔王軍の斥候
平和を謳歌し、「完璧な英雄」アレクシスの治世に酔いしれていた王国の静寂は、ある朝、一人の血塗れの伝令によって破られました。
王宮の重厚な扉が勢いよく開かれ、悲鳴のような報告が会議室に響き渡ります。
「ほ、報告します! 国境付近の開拓村の一つが……全滅しました! 生存者はゼロ、建物は一晩で灰に……いえ、もはや地形すら変わっております!」
居並ぶ重臣たちが息を呑み、アレクシスは不快そうに眉をひそめました。
「落ち着け。ただの大型魔獣の暴走ではないのか? 辺境では珍しいことではないはずだが」
「い、いいえ……! 現場には、組織的に村を包囲した痕跡と、禍々しい刻印が残されていました。あれは、魔獣の牙による破壊ではありません。……『魔法』と『戦術』による蹂躙です!」
その言葉に、会議室の空気が氷点下まで下がりました。 通常の魔獣には知性も戦術もありません。それが組織的に動いたということは、答えは一つしかありません。
「……魔王軍の正規小隊か」
重臣の一人が震える声で呟きました。
ここ数年、魔王軍は内政の混乱からか、国境付近での活動を停止していたはずでした。しかし、その「沈黙」が解け、ついに牙を剥き始めたのです。
「馬鹿な……。奴らはまだ動かないはずだ。我が国の魔法軍は何をしていた!」
「小隊規模とはいえ、正規軍が動いたというのか!? アレクシス様、至急、国境警備の増強と討伐隊の派遣を!」
ざわつく室内で、アレクシスは冷徹な瞳で報告書を見つめていました。 彼が築き上げようとしている「完璧で美しい秩序」。その純白の地図に、どす黒い染みが落とされたことが、何よりも許しがたかったのです。
「……ふん、不条理な暴力か。魔王の眷属どもめ。秩序を乱すものは、誰であろうと排除せねばならん」
アレクシスは立ち上がり、マントを翻しました。
「魔法軍全てに告げよ。私が自ら出陣する。民に不安を与える『影』は、私がこの手で直接、光に溶かしてやろう」
「おお、アレクシス様自ら! これぞ王国の救世主だ!」
「アレクシス様がいれば、魔王軍の小隊など一捻りだ!」
重臣たちが安堵の声を漏らす中、アレクシスは一点の曇りもない完璧な笑みを浮かべました。
しかし、彼はまだ気づいていませんでした。今回現れた小隊は、ただの「斥候(偵察)」に過ぎず、その背後には数万の軍勢が、まるで飢えた獣のように王国の「喉元」を狙っていることに。
そして、その侵攻ルートの最前線に、アレクシスが「死に体」だと思い込んでいる、あの筋肉の要塞が立ちはだかっていることを。
一方、その頃。 バルカス領の城壁の上で、ディエスは不気味なほど赤く染まった夕陽を見上げ、鼻をひくつかせました。
「……ガハハ。ハンス、空気が変わったな。血と、鉄と、腐った魔力の臭いだ」
「ええ、ディエス様。私の観測計も、北からの異常な魔力振動を感知しています。……どうやら、招かれざる客が来たようですね」
「いいぜ。ちょうどドワーフたちが打った新しい『防壁用バリスタ』の試射がしたかったところだ。野郎ども! 訓練は終わりだ! 今日のメニューは『魔王軍相手の全力スクワット』に変更だッ!!」
開拓地に、地鳴りのような咆哮が響き渡りました。




