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第119話:炎と鉄の偏屈者、伝説の鍛冶師を『夜逃げ』させろ


王都の片隅、悪臭漂う貧民街。そこに、かつて「神の指先」と謳われながらも、あまりの頑固さに貴族たちと衝突し、今では酒浸りとなっているドワーフの鍛冶師バルバドスがいました。


「……クソが。どいつもこいつも『見栄えだけいい剣を打て』だの『魔法の付与がしやすいナマクラを作れ』だの……。俺の槌を、そんなゴミのために振るえるかッ!」


安酒を煽り、錆びついた金槌を眺めて嘆く彼のもとに、二つの巨大な影が音もなく忍び寄りました。


「……誰だ。盗むもんなど、この空の酒瓶しかねぇぞ」


「ガハハハ! 安心しろ、盗みに来たんじゃない。お前を『拾いに』来たんだ!」


聞き覚えのある豪快な笑い声とともに、フードを深く被った大男――変装したつもりが筋肉でバレバレのディエスと、鋭い眼光を放つエルザが姿を現しました。


「ディエス・フォン・バルカス……。北の辺境で野垂れ死んだと聞いたが、何の用だ」


「バルバドス、単刀直入に言う。お前の金槌を、俺たちの地獄(聖地)で振るってみないか?」


「地獄だと? 笑わせるな。俺が打ちてぇのは、並の鋼じゃねぇ。伝説の魔獣の牙だの、魔王領の深部にしかねぇ希少鉱石だの、そんな……」


ディエスは無言で、懐から布に包まれた「何か」を取り出し、作業台にドスンと置きました。


布が開かれると、そこにはスタンピードで回収された**「魔王領産・火焔大蜘蛛の牙」**が、禍々しい紅色の光を放って鎮座していました。


「なっ……!? これをどこで……! しかもこの鮮度、魔力がまだ脈打ってやがる!」


バルバドスは酒の酔いも一瞬で吹き飛び、吸い寄せられるように牙へ手を伸ばしました。


「お帰りなさい、職人の顔に。……バルバドス、今の王都に貴方の居場所はないわ。アレクシス様は効率と体裁しか見ていない。でも、私たちの開拓地には、この牙が山ほど転がっているわ。……文字通り、山ほどね」


エルザが静かに、しかし抗い難い誘惑を口にします。


「山ほど……だと? 嘘をつけ! こんなもん、一生に一度拝めるかどうか……」


「ガハハ! ハンスが言うには、あと三日は肉を食い続けても余るらしい! お前が来れば、この牙で工作兵のツルハシを作るもよし、俺の新しいダンベルを作るもよしだ!」


「ツルハシだと!? この至宝で土を掘るというのか!? ……貴様ら、狂ってやがる……。だが……」


バルバドスは金槌を強く握りしめ、ギラついた瞳でディエスを見上げました。


「……面白い。その『筋肉の地獄』とやらに、俺の魂を売ってやる。だが、王都の検問はどうする? 俺のような指名手配寸前のドワーフが通れば、即座にアレクシスにバレるぞ」


「フッ、心配無用。エルザ、例のものを」


エルザが合図を送ると、貧民街の路地に、ハンスが手配した「野菜配送用の偽装馬車」が滑り込んできました。


底板が二重になっており、人が隠れるには十分なスペースがあります。


「さあ、夜逃げの時間よ。アレクシス様が気づいた時には、貴方は辺境の炎の中で、最高級の素材を叩いているわ」


「ガハハハ! 急げバルバドス! 筋肉が、お前の鉄を待っているぞッ!」


こうして、王都から一人の伝説的職人が、歴史の表舞台から「夜逃げ」という形で姿を消しました。


アレクシスの知らないところで、開拓地の軍事力……いや、「筋肉加工力」がまた一つ、臨界点を突破しようとしていました。

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