第109話:スクワットと石積み、筋肉が紡ぐ街並み
ミスティが去り、開拓地に日常が戻りました。
しかし、その「日常」は王都の常識からはかけ離れたものです。
早朝、開拓地に鳴り響くのは鶏の声ではなく、ディエスの地鳴りのような号令でした。
「よし、朝のウォーミングアップだ! 建築資材の運搬を始めるぞ! 姿勢を正せ、腰を入れるんだ!」
ディエスの指示で、元野盗から流民まで、数百人の住民が一斉に動き出します。
彼らが手にしているのは、ハンスが帝国の設計図を元に簡略化した、堅牢な石造り宿舎のための巨大な建材です。
「見てなさいよ。あんな重い岩、普通なら牛車を三頭立てなきゃ動かないのに……」
リナが呆れたように指差す先では、住民たちが二人一組になり、巨大な石柱を肩に担いで「一、二! バルカス!」とリズムを合わせてスクワットをしながら歩いていました。
これはハンスが考案した**「建築トレーニング・メソッド」**です。
ただ建物を建てるのではない。重い建材を運び、積み上げる動作そのものを「筋肉の肥大」と「体幹の強化」に直結させる。
重い石を運べば運ぶほど、家が建ち、同時に彼らの筋肉も育つという、狂気的なほど効率的なシステムでした。
「ハンスさん、あそこの三号棟、昨日より三段も石が積み上がってるわ。どういう計算なの?」
「簡単な理屈ですよ、リナさん。昨日より筋肉がついた分だけ、一度に運べる石の重量が増えた……。つまり、建築速度は二次関数的に加速していくのです。今では一軒の宿舎を建てるのに、一週間もかかりません」
ハンスは事も無げに言いますが、その背後では、ディエスが屋根の上で片手で重い梁を支えながら、もう片方の手で杭を打ち込んでいました。
「ガハハハ! 今日中にこの棟を完成させるぞ! 終わったら、エルザの特製・高タンパク肉スープが待ってるからな!」
その言葉に、作業員たちの目の色が変わります。
かつては雨風を凌ぐテントさえ持たなかった流民たちが、自らの汗と筋肉で「自分たちの家」を積み上げていく。
崩落しそうだった断崖の陰には、いつの間にか、王都の裏路地よりも整然とした、屈強な石造りの街並みが姿を現し始めていました。
「……ねぇ、ハンスさん。このペースでいくと、半年後にはここ、要塞都市になってない?」
「おや、リナさん。これはあくまで『個人の住宅』ですよ。ただ、少々……外壁が分厚く、魔法の直撃にも耐えられる設計になっているだけです。万が一、不逞な輩が攻めてきても、住民が家を持ち上げて盾にできますからね」
「……その発想、普通は出ないわよ」
リナは遠くを見つめて溜息をつきました。
しかし、住民たちの顔には、王都で虐げられていた頃にはなかった「誇り」が宿っています。
自分たちの家を自分たちの筋肉で建てたという自信が、彼らをただの流民から「開拓民」へと変えていました。
そんな中、ハンスは完成しつつある街並みを眺めながら、手元の羊皮紙に次なる計画を書き込みました。
「さて、居住区の目途が立ちました。次は……この強靭な住民たちを、より組織的な『工作兵団』として訓練する段階に入りましょうか」
筋肉で建った街は、静かに、しかし着実に「難攻不落の要塞」へとその姿を変えようとしていました。




