第103話:筋肉の慈悲と、肉の誘惑
王都で血塗られた政変が起きていることなど露知らず、北方の開拓地では、かつてない活気が渦巻いていました。
ディエスの目的は明確です。
「この地に人を留めること」。 そのために、彼は圧倒的なパワーで開拓のサイクルを強引に回し始めました。
「ガハハ! 道がなけりゃ運べねぇ! 運べなきゃ食えねぇ! 野郎ども、この巨岩をどかすぞッ!」
ディエス自らが先頭に立ち、街道の邪魔な岩を「デッドリフト」の要領で次々と放り投げ、ハンスが帝国の鉄材を用いて物流の基盤を整えます。
エルザが周辺の魔獣を間引き、その素材をマルセルの商会が高値で買い叩……いや、買い取る。
筋肉と経済の歯車が、音を立てて回り始めていました。
そんなある日のこと。開拓地の入り口に、ボロボロの衣服を纏った一団が現れました。
王都の重税や魔獣被害から逃れてきた流民たちです。
「……た、助けてくれ……。もう三日も何も食べていないんだ……」
飢えと疲労で倒れ込む人々。
村の住民たちが警戒して武器を手に取ろうとしたその時、背後から地響きのような足音が近づいてきました。
「おい、そこをどけ! 腹をすかせた奴がいるのか!?」
現れたのは、巨大な猪魔獣のモモ肉を担いだディエスでした。 殺気立った流民たちは、その巨体に「殺される!」と身をすくめましたが、ディエスがやったのは攻撃ではなく、即席の**「炊き出し」**でした。
「揉めるのは腹がいっぱいになってからにしろ! ほれ、バルカス特製・魔獣の赤身スープだ! 高タンパクで吸収も早いぞ!」
大きな鍋にぶち込まれた大量の肉と塩。
その豪快すぎる料理が流民たちに振る舞われます。
一口食べた流民たちは、その肉の旨味と、内側から力が湧いてくるような感覚に涙を流しました。
「あぁ……こんなに美味い肉は初めてだ……」 「このお方は……私たちのような見捨てられた民に、こんなに貴重な食料を惜しみなく……」
流民たちの間で、ある噂が瞬く間に広がりました。 **『北方のバルカス卿は、迷える民に無償で肉を与える慈愛の聖人である』**と。
ディエスにしてみれば、ただ「筋肉を育てるには肉が必要だ」という栄養学的観点から肉を配ったに過ぎません。
しかし、空腹のどん底にいた人々にとって、それはどんな聖教の教えよりも心に響く「名君の振る舞い」に映ったのです。
「ガハハ! もっと食え! 食ったら働いて筋肉を付けろ! それがこの地の掟だ!」
ディエスの豪快な笑い声は、流民たちの心に希望を灯しました。 しかし、噂が広まれば集まるのは善良な民だけではありません。




