第100話:英雄の種播き
王都ルミナスの夜は、静寂に包まれているように見えました。
しかし、その影では王国の「秩序」を創り変えるための冷酷な歯車が回り始めていました。
王城の隠し部屋で、アレクシスは腹心のジョエルから報告を受けていました。
足元には、アレクシスの「影」として育てられた、感情を欠いた少年少女の暗殺兵たちが膝をついています。
「……準備は整いました。北方の境界に配置した『誘引の魔香』が機能しています。これに引き寄せられた魔獣の群れは、間もなく北門へ到達します」
アレクシスは冷徹な眼差しで、手元の配備図を眺めます。
「いいか、ジョエル。今回の計画の真の目的……ルイス軍団長の抹殺は、私とお前、そしてここにいる『影』たちだけの秘密だ。ミスティには、ただの魔獣襲来による防衛戦だと伝えてある」
「……よろしいのですか? 非常に有能な部下ですが」
「あの男は有能すぎるのだよ。ミスティは私の忠実な副官を演じているが、その瞳の奥は一度も笑ったことがない。何を見ているか分からん男を、暗殺の共犯にする必要はない。ヤツには、市民を救う『献身的な役回り』として表舞台で完璧に立ち回らせ、民衆の熱狂を私へと向けるための駒になってもらう」
アレクシスは、ルイスの退路を断つための「影」の少年たちに短く命じました。
「行け。ルイスを孤立させろ。事故に見せかけてな」
数時間後。夜明け前の薄明かりを切り裂くように、王都北門から悲鳴が上がりました。
「魔獣だッ! 数千規模の群れが押し寄せてくるぞ!!」
混乱が広がる中、ルイス軍団長は老体に鞭打ち、最前線へ駆けつけました。 「落ち着け! 北門を死守せよ! 市民を避難させるんだ!」
一方、中央広場ではアレクシスが神々しい光を放ちながら現れます。
その隣には、彼から「避難誘導の全権」を任されたミスティが控えていました。
ミスティは、しなやかで細身の体躯を派手な軍服に包み、丁寧に手入れされた青髭を隠しながら、低く艶のある声で応えます。
「あらぁ、アレクシス様。アタシにそんな重役を任せてくださるなんて、光栄すぎて身が震えちゃうわ。……さあ、アンタたち! 泣いてる暇があったら足を動かしなさい! このアタシがついている限り、指一本触れさせないわよッ!!」
ミスティはアレクシスの意図を悟らせぬまま、細い腕で杖を振りかざし、計算し尽くされた完璧な立ち回りで市民を誘導していきます。
その献身的な姿は、逃げ惑う人々の目に「救いの導き手」として焼き付いていきました。
しかし、その輝かしい避難劇の裏側で、ジョエルと暗殺兵たちはルイスの部隊を「支援」するふりをして、絶妙なタイミングで補給路を断ち、防壁の魔法を弱めていきます。
「……アレクシス様、順調です。ルイスはすでに魔獣の渦中に孤立しました。ミスティ様が市民を安全圏へ移し終える頃……あそこには、物言わぬ英雄の死体が転がっているでしょう」
ジョエルの報告に、アレクシスは慈悲深い微笑を浮かべたまま頷きました。
「ああ。悲しいことだが、古い盾が砕けなければ、新しい時代は守れないからね」




