第97話:肉の旦那様と、帝国の風
村の形が見えてきたところで、ディエスはさらなる「開拓の極意」を住民たちに叩き込んでいました。
「いいか! 斧なんてまどろっこしいもんは捨てろ。広背筋(背中)の力を拳に伝え、木の重心を見極めて……こうだッ!!」
ドォォォォォン!!
ディエスが素手で大木を殴りつけると、根こそぎなぎ倒された巨木が宙を舞い、建築予定地に正確に積み上げられました。
カイン兄様の強化剤で一時的に超人化した住民たちは、その「人力重機」っぷりに絶句し、もはや畏怖を通り越して引き気味にディエスを見つめています。
「……ハンスさん。あの方、いつかこの山脈を丸ごと一つ平らにしそうですね」
「否定できませんね。ですが、今はそれを利用させてもらいましょう」
ハンスは手元の図面から目を離さず、眼鏡を押し上げました。
そんな時、村の北側――王国の切り立った断崖側ではなく、なだらかな平原が続く**「鋼鉄帝国」**との境界から、強大な魔力の波動が近づいてきました。
現れたのは、三つの頭を持つ巨獣**「ケルベロス・バイソン」**。 通常の三倍の肉量と、防具の素材として帝国で高値取引される鋼鉄の毛皮を持つ、魔境の高級食材です。
「ガハハ! 向こうから『食の柱』が歩いて来やがった! 全員、調理の準備だ!」
興奮して飛び出そうとするディエスの背後に、ハンスの冷徹な声が響きます。
「ディエス様、無闇に突っ込んで肉を傷つけないでください。……リナさん、進行方向に水魔法で泥濘を。エルザ、住民の背後に回り込み、逸れた際の保険を。ディエス様は私が合図するまで待機、最短距離で『首』を落としてください。素材としての価値が下がります」
ハンスの的確な指示が飛びます。
リナが即座に魔力操作で地盤をぬかるませ、巨獣の突進力を削ぎます。
エルザは影のように動き、パニックになりかけた住民たちを安全圏へ誘導。
そして巨獣が足を取られた決定的な瞬間、ハンスの腕が振り下ろされました。
「今です、ディエス様」
「おう、待ってたぜッ!! 筋肉・ディバイド!!」
ディエスが溜め込んだ力を爆発させ、三つの頭を一気にねじ伏せると、凄まじい轟音と共に山のような肉の山が築かれました。
その日の晩、村には香ばしい肉の匂いと、住民たちの歓喜の声が溢れました。
「旦那様……あんた、いや、肉の旦那様! あんたのおかげで、俺たちは初めて『明日も生きていける』と思えたよ!」
「肉の旦那様、万歳! バルカスの筋肉、万歳!!」
住民たちが跪き、ディエスを拝み始めます。
「よ、よせやい……。俺はただ、皆でいい筋肉になりたいだけだぜ……」
岩石のような拳で照れくさそうに頭をかくディエス。ハンスはその様子を「計算通り」と言わぬばかりに眺めていました。
しかし、その「極上の肉の匂い」は、魔物だけでなく**「欲深い人間」**をも引き寄せます。
帝国のなだらかな街道側から、鈴の音を響かせて一台の豪華な馬車が近づいてきました。
王国側からは絶壁に阻まれて誰も来ませんが、帝国側から見れば、ここは「お宝」の宝庫。
馬車の窓から顔を出したのは、片眼鏡を光らせた怪しげな帝国の商人でした。
「おやおや……。王国が捨てたはずの『地獄』から、素晴らしい香りがしてくるではありませんか。……それも、この鮮度。仕留めたのは、どこの英雄でしょう?」
バルカス開拓地が、ついに「外部の経済」に見つかった瞬間でした。
【 北方魔境(未開の地) 】
(超巨大魔獣の巣窟)
┃
【 魔王領 】 ┃ 【 鋼鉄帝国 】
(魔族の隠れ里や ┃ (実利主義の軍事国家。
古の魔王城) ┃ 現在はバルカス開拓地との
\ ┃ 交易を狙っている)
\ ┃ /
\━━━━ ┃ ━━━━/
[ バルカス開拓地 ] ←《なだらかな平原》
(筋肉の聖域・建設中)
┃
┃←《垂直の断崖・死の絶壁》
┃
[ カトラス公爵家領 ] ┃
(ボリスの実家・ ┃
王国北部の盾) 【 王国・北部地域 】
\ ┃
\ ┃
【 教会直轄領 】 [ 王都:ルミナス ]
(聖女・勇者を擁する (アレクシスの本拠地)
宗教の総本山) / \
\ / \
[ 王都外れの墓地 ] [ 四天王と戦った森 ]
(アレクシスの暗殺罠) ┃
┃
┃
【 バルカス公爵家領 】
(カイン兄様が統治する地)




