第96話:黄金の滴、絶望を力に変える
ディエスの眼前に広がる光景は、凄惨でした。
早いうちに駆けつけた開拓民はまだ元気な方でした。
あれから数日たち、今たどり着いた開拓民はさらにボロボロの様相。
ドラゴンの肉に食らいつく男たちの背中は骨が浮き、震える手で地面に落ちた肉片すら拾い集めている。
それは「開拓」という言葉からは程遠い、飢餓と死の匂いが染み付いた限界の姿でした。
「……ハンス、こりゃひどいな。想像以上だぜ」
ディエスは眉を寄せ、自身の荷物の中からカイン兄様に贈られた重厚な木箱を引き出しました。
「これほどの重症だ。ただ肉を食わせるだけじゃ、消化不良で死ぬ奴が出る。……こんなことなら、兄貴に頼んで体力回復のポーションや普通の食料をもっと大量に持ってくるべきだったな」
「ディエス様、それは贅沢というものです。本来、ここにあるのは王都でも一握りの貴族しか目にできない至宝なのですから」
ハンスが苦笑しながら、木箱に収められた琥珀色の小瓶――バルカス家秘伝の**『最高級筋力強化剤』**を取り出しました。
「いいか、野郎ども。これは本来、俺が自分のバルクアップのために使うはずだった宝物だ。だが、今はお前らにくれてやる!」
ディエスはためらうことなく小瓶の栓を抜き、巨大な水樽の中に黄金の液体をドボドボと注ぎ込みました。
一滴で枯れ木を芽吹かせると言われる高濃度のエネルギーが、水と混ざり合い、神々しい光を放ちます。
「リナ! この水に『浸透魔法』をかけろ! 細胞の隅々まで強制的にぶち込むんだ!」
「は、はい! ……ええい、なんて勿体ないことを! 『ハイドロ・ディフュージョン』!!」
リナの魔法によって霧状になった強化剤が、男たちの全身を包み込みました。 その瞬間、奇跡が起きました。
「……あ、熱い。なんだ、体が燃えるようだ……!」
「力が……指先まで、力が戻ってくる……!」
強化剤に含まれる爆発的な栄養素と魔力が、男たちの枯れ果てた筋肉を内側から強制的にパンプアップさせ、傷ついた内臓を癒していきます。
カインの「光と熱」の加護を受けた液体は、彼らの魂にさえ火を灯したのです。
「ガハハ! 顔色が良くなったじゃねぇか! 薬で得た力は一時のもんだ。だが、その力が消える前に動けば、それは本物の自分の筋肉になる!」
ディエスは自ら巨大な丸太を担ぎ、建築予定地へと走り出しました。
「いいか! 俺が教える『バルカス式・建築スクワット』だ! この丸太を担いで足腰を鍛えながら、そのまま地面に叩き込む! 家を建てるのは大工じゃねぇ、お前らの筋肉だッ!!」
「お、おおおおおおおッ!!」
強化剤によって「全盛期以上の元気」を無理やり引き出された男たちが、咆哮を上げながらディエスに続きます。
錆びたクワを捨て、自分の体そのものを重機に変えて。 放棄された死の山に、これまでの絶望を塗り替えるような、鋼鉄の足音が響き渡り始めました。
「……ディエス様。……みんな、いい顔。……今日中に、村の形ができる」
エルザの言葉通り、夕暮れ時には、荒れ地だった場所にかっしりとした木造の骨組みが次々と組み上がっていきました。




