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Ⅻ 報告

 大学病院からの電話は、宮部の妻が急に容態が悪くなり、本人が呼んだ救急車で病院まで運ばれ、そのまま緊急入院したと告げた。平川と宮部は急遽、戻ることにした。


 どのみち、二人がこれ以上長野に居てもやることがない。いなくなった香川雄三の捜査は所轄の仕事である。平川と宮部が居たところで邪魔になるだけだ。


 今はそれよりも気になることが平川にはあった。


「奥さん、いったい何の病気なんだ」

「…」


 問われた宮部は黙っている。帰りの新幹線の中で、うつむいたまま。普段の平川なら放っておくのだが、このところ相棒の様子が少しおかしかったのを思い出した。


「なあ、宮部。俺だって…」

「白血病だって言われたんです。来週から入院して治療を始める予定でした」

「えっ」

「急性白血病だそうです。でも彼女には言っていない。本人は風邪をこじらせただけと思っているはずです」


 急に宮部が喋り出した。病名を聞き、今度は平川が沈黙した。


 平川が署へ戻った頃にはすでに夜になっていた。一旦、署へ顔を出すと言う相棒を平川は「すぐに行ってやれ」と強い言葉で諌め、宮部は妻のいる病院へ直行した。


 すでに帰宅したものとばかり思っていた課長は、意外にもまだ署に残っていた。さらに「お疲れさま」なんて言ってきたから、平川はさらに意外な気分になった。そんな個人的な感情を抑え、すぐに頭を仕事モードに切り替える。まずは報告だ。


 香川雄三に聴取したこと、その香川が二十年前に妻を殺害した容疑で取り調べを受けたこと、妻の夏那実やその姉について、どうやら那奈美の姉の周辺でも事件が起きていたらしきこと、聴取の直後に香川雄三が自宅から居なくなったことなどを、もちろん、不気味な現象に遭遇した事実を除いて、課長へ簡潔に報告する。


 時折、うなずきながら聞いていた課長は「姉の白石幸恵の身辺を調べる必要があるな」と言った。


「ええ。俺もそう思います」

「うむ。島貫という刑事が言った、事情を知っているという知り合いに連絡をして話を聞け。明日でいい。報告書もな」

「わかりました」


 課長は嫌なやつだが無能ではない。指示は正確だ。それは認めざるを得ない。それに、たまには部下思いな面もアピールしたいんだろうさ、などと、平川は心の中で嘯く。


「ところで宮部はどうした」

「奥さんが急病で救急車で運ばれたらしいです。緊急入院した病院へ行きました」

「なに。それは大変だな」

「明日、俺も病院へ見舞いに行くつもりです」

「ああ。そうだな。そうしてやってくれ」

「病院へ寄ってから出勤します。構いませんよね」

「もちろんだ」


 見舞いに行くと言ってるのだから花代ぐらいよこせや、ケチめ。またまた平川は腹の中で毒づく。


 課長の前を辞し、お言葉に甘えて帰るつもりだった平川は、自分のデスクの上に見慣れない物体があるのに気づいた。近づいてみると、それは黒い表紙のノートだった。


 すぐに、あの、"黒いノート"だと直感する。神野彩花が言っていた黒いノートだ。


 なぜ俺の机の上にある?そう思った。


 あの女の仕業か?


 鋭い目であたりを見回す。特に異常はない。お先に、と声をかけてきた課長へ、お疲れさまでしたと返す。


 課長が帰ってしまうとフロアに残っているのは平川だけになった。


 今ここで、夜に、しかも周囲に誰もいない一人きりの状況でこれを読むのはまったく気が進まない。きっと罠だろう。


 しかし明日の朝まで、夜が終わるのを待ってから読むなんて、目の前に、不気味だが重要な手がかりがあるのに一晩放置するなんて、平川にはできなかった。


 署で読まずに自宅へ持って帰っても、一人暮らしだから状況は変わらない。


 仕方がない。


 自席に腰掛け、平川は黒いノートを手に取った。



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