虐殺の聖女
主人公の出ない話2連なので2回目更新です
前回の話まだ見てない人はみてね〜
酷暑日。天に輝きし日の放つ光が一段と眩く照り、人々をじわじわと汗ばませる。
NPCもプレイヤーもそこに貴賤は無い。
フルダイブ型VRMMOである『マジック&ブレイド・オンライン』は日照りによる熱や蒸し暑い空気すらもリアルに再現しているからだ。
故にこの世界に生きる全ての者が、この陽光に苦しめられていた。
この王都の街中すらも、暑い暑いとうわ言のように繰り返すプレイヤーで溢れている。
プレイヤーであれば魔法で一帯を冷やすなどそう難しい事ではないだろうが、王都内での許可のない魔法の使用は重罪。
下手をすれば罰金や拘禁のような罰すら受ける可能性がある。
加えて、このような日に街中を歩くプレイヤーの多くは中級者、レベル30になりたての資金面に余裕のないプレイヤーばかりだ。
余裕のあるプレイヤーは空調魔法で涼しい宿屋で過ごすか、耐熱効果の装飾品で快適にやり過ごせる。
しかし中級者達はレベル帯相応の装備やスキル、プレイスタイル毎の消耗アイテムの補充などで火の車。
装飾品でも罰金でも、たかだか暑いという程度の事に余計なメダを払ってはいられないのだ。
しかし──暑いものは暑い。
特に今日は酷暑日。このゲームがサービスを開始して以降、最も暑い日が今日だった。
こうなると流石に我慢する事にも限界が来る。
少なくないプレイヤーがレベル上げやクエストの予定を延期し王都内に留まる事を選択した。
そして留まったプレイヤーの多くはある場所に向かった。
向かう場所とは『光輝神聖会王都主教会』
全ての人が無償で出入り出来る場でありながら、空調魔法によって適温に調整された場所だ。
普段のプレイならば王都散策のついでに軽い見学で寄る程度だが、こんな日となれば話は違う。
多くのプレイヤーが藁をも縋る気持ちで教会に向かい、そして集う。
結果として、聖堂はかつてない程の盛況ぶりを見せていた。
静謐であるべき教会が多数のプレイヤーによって小煩くざわめくが、NPCはそれを受け入れている。
NPCにとってプレイヤーとは神の御使い。
彼等の為す事が罪でないのなら、それらは受け入れられて然るべき事。故にいくら聖堂が喧騒に包まれようとも、NPC達は気に留めない。
プレイヤー達は涼しい場所で、誰に文句を言われることも無く、平和で穏やかな日常を過ごしていた。
▽▽▽▽
──カツン、カツン。
そんな誰かの歩く音が、喧騒で満ちた聖堂内でやけに響く。
そこに入って来る彼女を見たプレイヤー達が言葉を忘れ、静かに見惚れてしまったからだ。
──カツン、カツン。
彼女が歩を進め祭壇へと向かう度に、静けさの波は広がってゆく。
しなやかに揺れる薄いピンクブロンドの髪、豊かな胸に引き締まった細い腰という抜群のスタイル。
薄く閉じた瞳が長いまつ毛を際立たせ、緩く垂れた目尻はその優しげな顔を一層温和に感じさせる。
控えめな露出の衣装にクロブークに似たデザインの帽子、そして美しい装飾の施された錫杖のような杖。
それらの装備は彼女が神官職である事を分かりやすく示していた。同時にその特徴的なデザインから、彼女が一般NPCではなくプレイヤーか、その雇用NPCであるという事も。
だというのに──見惚れてしまう。
視線を奪われて離せない、そんな魅力が彼女にはあった。
NPCも同じく、彼女に目を奪われていた。
彼等にとってその女性神官はここ暫くこの教会ではよく見かけて、少なからず知った相手だ。
その優しげな顔も、鈴のような声音も、聡明で穏やかな性格も知っている。
普段と違うのはその服装か。
教会へ初めて顔を見せた時の彼女は、彼女の髪色と似た薄い桃色の神官服に身を包んでいた。
数日前には衣装を直しに出したと言って、自分達が普段着ている物と似た物に替えていたが、どちらもよく似合っていた事をNPC達は覚えている。
だが、今着ているのはそのどちらでもない。
闇夜のように深く、暗く、それでいて美しい黒の神官服。一般のNPCや中級程度のプレイヤーが身につける物とはまるで異なる、細部にまで拘られた逸品だ。
細かな刺繍に装飾、意匠の全てが彼女を飾る為に作られた特注品。
僅かな露出すら品を感じさせる、芸術品にも等しいその衣装が、彼女の持つ魅力をより一層際立たている。
魔性の美貌──その表現が正しいだろう。
彼女の持つ魅力に対して、誰もが抗えずにただ見惚れる。あまりに異様な光景が聖堂には広がっていた。
「──申し訳ありません、少々予定より遅れてしまいました。何分道が混んでいたもので……アレクソン最高神官?」
「っ、あぁ……そうか、そうだね。確かに予定はもう少し前だったか」
この教会の主神官にして、王国教会の大司教たる最高位神官、カリス・アレクソンもまた、その光景に取り込まれた一人だ。
彼もまた歩み寄る彼女にその目を奪われ、目前で話しかけられるまで、魂をも奪われたかのようにただ彼女だけを見つめていた。
とはいえ、彼は光輝神聖会の最高位神官。すぐさま普段の様子を取り戻し、元の予定を思い出す。
今日は目前の彼女との予定があったのだ。
聖堂の大時計をみてみれば、予定の時刻よりも既に数分程遅れてしまっている。
国内の神官をまとめる役割を持つ彼は予定に追われる身だ、数分の遅れも惜しい。
出来る事ならもうしばらくは彼女の姿を眺めて居たいが……そう内心で呟きながら、カリス・アレクソンは口を開いた。
「この後も予定があるからね、早速取り掛かるとしようか──ドレイク神官」
「はい──どうぞよろしくお願いいたします」
彼女──エスレイ・B・ドレイクは、微笑みと共に言葉へ返す。
そして祭壇前へと向かうカリス・アレクソンの背を追って、共に光輝神の祭壇へとその足を進めた。
▽▽▽▽
──クエスト『カリス・アレクソンの後継』
そのクリアまでの道筋は単純だ。
クエストの依頼主であるカリス・アレクソンの元で師事を受けながら、光輝神聖会の依頼を達成し、その信頼を獲得する。
クエスト受注者のやる気にも左右されるが、真面目に努めればプレイヤーでも一月程度でクリアは可能だろう。
事実として、NPCであるエスレイはその生活をクエストクリアに捧げた事で、半月程度でその依頼を達成している。
にも関わらずそのクエスト達成率が低いのは、純粋なカリス・アレクソンの人望の低さ故。
外面的には最高位神官らしい立ち振る舞いと口調で接するが、彼の内面には真逆の欲望が渦巻いている。
後継の候補には女性ばかりを選出し、師事に際しては身体への接触も少なくない。
その他にも神官らしからぬ悪い噂は幾つもあり、それこそ『王壁の御手』や『賢人』と讃えられる彼の名声と並ぶ程だ。
もっとも、噂はあくまでも噂。その真実は闇の中である。
さて、話をクエストに戻そう。
事前から開示されている情報として、このクエストはクリア報酬に【神祷霊奇】のスキルオーブが設定されている。
しかしこの報酬はカリス・アレクソンが認めれば、そのまま手渡しするような物ではない。
スキルオーブというのは生物の持つデータが抽出された形の一つにすぎず、本質的にはモンスターのドロップアイテムと同じ物。
そして【神祷霊奇】はモンスタードロップでない、クエスト報酬限定のスキルオーブ……そんなアイテム、通常一つ限りの希少品だ。
にも関わらず、既に複数人のプレイヤーに対してカリス・アレクソンは【神祷霊奇】のスキルオーブを渡している。
どのような手段を用いているのか──その答えはこうだ。
「──光輝神よ、我が生涯を捧げし尊き御方よ。
また一人……私の意思を受け継ぎし後継が生まれました。我が思い、我が命、我が祈り、その全てを継ぎし後継です。
我が天命を捧げ、あらゆる代償に従います。
まだ幼く脆い彼らを死にゆく私が支え続ける為、どうかそのお力をお貸し下さい──」
祭壇に祀られた光輝神の神像の前、聖衣に着替えたカリス・アレクソンが祈りを捧げる。
彼は齢七十を越えた老齢。システムによる【老衰】のカウンターは7にもなり、あと三年と生きていられる保証はない。
それ故に彼は後継を求め、エスレイを含む幾人もの後継を選び導いた。
【神祷霊奇】のスキルオーブの贈与は、後継と認める為の最後の儀式だ。
カリス・アレクソンは神像の前で跪き両の手を握り合わせる。
光輝神聖会における最上級の祈りの姿勢を以て、光輝神へと願いを伝えた。
その時──祈りを受けてか、神像が掲げる手の先が光を放つ。
突然の発光に聖堂にいたプレイヤーの多くは目を伏せるが、神官・信者NPC達は彼に続くように跪き手を合わせた。当然エスレイもそれに続く。
数秒の後に光が収まると、光の元……神像の指先に小さなオーブが現れ、そのままエスレイの手元へと降りて行った。
「それが私の力を元に光輝神様が生み出されたスキル【神祷霊奇】のオーブ……それを継承した時こそ、貴女は真に私の後継となるのです」
立ち上がり、向き直したカリス・アレクソンがそう告げる。
エスレイがオーブを確認すれば、それは確かに【神祷霊奇】のスキルオーブ。
無数に沸くオーブの真実とは、光輝神──星がカリス・アレクソンの捧げたデータを元に生み出した物だったという訳だ。
そしてオーブを使用しスキルを獲得する事で、受注者は真にその後継となる……それが『カリス・アレクソンの後継』の結末。
だが……エスレイの場合そうはいかない。
このスキルオーブは彼女の主人であるバサラが求め、彼女に取ってくるよう依頼した物だからだ。
このクエストがオーブの使用で終わる事はバサラも知らない事で、エスレイにとっては完全なる想定外。
ルイスはこれを当然知っていたが、バサラにはそもそも受注手段が無いと考えていたため、それを伝える事は無かった。
──予定を変えざるを得ない。
エスレイは内心にそう思考する。
彼女には目的があった。バサラから頼まれた物ではない、もう一つの目的が。
元はバサラの依頼を終えた後に叶える予定だったが……こうなれば順序を変えたほうが早い。
そうと決めればやる事は一つ。
エスレイはオーブを片手に、床へ置いた錫杖を手に取り直す。そしてするりと立ち上がると────コン、コン、と。二度石突きを突き鳴らした。
「アフラ・ヴェスター──」
そしてそのように武器の名を呼ぶと、錫杖の装飾が変化を起こす。
中央から別れる対称の造形、その中に隠れていた一本の刃が突き出し、杖は槍へと変貌を遂げた。
その光景を見たプレイヤー・NPCの全員は、エスレイが起こした突然の行動に誰もが呆気に取られ、対応に数手の遅れを出す。
「────【振り裂く槍】」
そして彼女はその隙を逃さない。
変化した槍を振りながら、全霊の力を込めてその槍先を──カリス・アレクソンへと突き立てる。
「な────」
【振り裂く槍】のスキル効果は、槍による攻撃時に発動できる前方に対する斬撃属性衝撃波の拡散。
当然その衝撃波は、攻撃した槍先から連続的に放たれる。
つまり……こうして腹部に突き立てられたのであれば──
「───ゥッ!!」
その衝撃波は全て、槍を受けた人間の体内で炸裂する。
斬撃の衝撃波は体内を激しく切り裂きHPが勢いよく減少、一切の欠損も無かったゲージはオレンジを超えレッドラインにまで到達した。
腹と口から赤色のポリゴンが吹き出すのと同時に衝撃波の拡散は止まるが、今の一撃で体内には持続ダメージを与える【斬傷】が刻まれている。
通常であれば、そのまま死亡してもおかしくはない状態だ。
しかしカリス・アレクソンは光輝神聖会が王国教会の統治者として選んだ実力者。持続的に自身のHPと状態を回復する【聖命の秘跡】のスキル効果を受け、既に効果による死亡からは逃れている。
「──ッ」
「回復はさせませんよ……ですがよかった、一撃で終わらせたくはありませんでしたから」
即座に回復魔法を使おうとするも、開いた口に槍先が差し込まれ、再び口からは血が溢れ出した。
これに既に動き出そうとしていた神官騎士のNPCも動きを止めた。
頭部には致命部位が多く設定されている。そして致命部位に攻撃が直撃すれば、残存するHPは強制的に全損し、被撃者は死亡する。
そしてこの王都主教会に非戦闘NPCを蘇生出来る者は────カリス・アレクソンただ一人。
「……なんかすごい事になってねぇ?」
「教会側に加勢したら──」
「──やめろッ!!聖堂内のプレイヤー全員、事態への干渉を禁止する!!」
行動しようとするプレイヤーも騎士隊長が制止した。
彼女はその牽制一つによって、この場における全てのNPCの行動を停止させたのだ。
「っ……!?」
「何故……と言いたいような顔ですね。とても愚かしく、滑稽な物です──ふふふ」
この突然の暴挙に対し、カリス・アレクソンの疑問は尽きない。
彼含む王都主教会関係者の知るエスレイ・B・ドレイクは、プレイヤーに雇われた戦闘NPCにもかかわらず、教会信徒達と変わらない程真摯に仕事へ取り組む真面目な神官だった。
訪問医療の評判も良く、墓地の浄化の任も快く受け入れていた。教会へ訪れた街の子供達にも優しく接し、遊びの中で負った軽い怪我を治してあげる姿は記憶に良く残っている。
だというのに、何故このような暴挙に出たのか……彼にはそれがまるで理解できなかった。
先程まで何より美しく見えていた彼女の浮かべる微笑みが、今は恐ろしくて堪らない。
「──このようにされてもおかしくない事ぐらい……今までに何度もやって来たでしょう?」
抱いていた彼女の印象と真逆の冷たい視線が、痛みと共に突き刺さっている。
カリス・アレクソンにとって、彼女の言葉はまるで自分の全てを見透かしているようだった。それはまるで、隠した筈の過去の罪すらも彼女にはバレているような。
そんな筈は無い、証拠など全て消した、それが彼女にバレる訳が無い。
否定する材料など無い筈なのに、あらゆる出来事を洗い直しては、心から底冷えするような気持ちになる。
「……まだ思い出せませんか?貴方を人質に彼らを止めていられるのにも限度があるのですが」
こう改めて思い直してみれば、自分が彼女のパーソナルを知らない事に思い当たる。
職務に取り組む彼女の姿は浮かんでも、彼女の趣味や彼女の癖、彼女の日常が思い浮かばない。
子供達に触れる姿すらも、ある意味では神官としての職務の一環にすぎない。自分は彼女の何を知っていたのだろうか。
今こうして自身の喉に槍を突き立てる彼女は、何者なのだろうか。
「エイブズ・グレイムスの娘」
────目を見開いた。
事態のあまり回らずにゴチャついていた脳内が、一つの線で繋がる感覚がカリス・アレクソンの思考を貫いた。
「……ここまでおまけして、ようやくですか。よほど貴方には意識というものが足りていないらしい。こうしている自分が馬鹿みたいです」
確かに、そうであれば納得が行く。
彼女の変貌も、彼女の目も、彼女の見透かしたような言動も──全てに。
知っていて当然で、怒っていて当然だ。
それを分からないと言う程、少なくとも今の自分は非情ではない。
己の信じる物を否定され、その全てを奪われた者が彼女なのだから。
「期待外れでしたし──殺します。もはや貴方に伝える事は何もありません。どうか最も無価値な物に生まれ変わりますよう、お祈りしておりますね」
「──ッ待てえええェッ!!」
呆れ果てたように吐き出された彼女の言葉に、誰より速く動いたのは騎士隊長だった。
制止をしたのはあくまでもカリス・アレクソンの命を守るため。関係なくそれを奪うというのなら、実力行使に向かう他無い。
エスレイもそれには意識を向ける。
獲物を槍に変えようとも彼女は神官職、実力を積んだ戦士に敵う道理は無い。下手を取って主人の手を煩わせるのは避けたかった。
それによる自分へ向ける意識の弛緩にカリス・アレクソンは気付き、即座に魔法の短縮詠唱を開始する──
「ッ、──ぅ」
「さようなら──」
……が、そんな事をする程の隙などありはしなかった。
騎士隊長への対処に当たってカリス・アレクソンへの対応は主題から作業へと変更され、エスレイは平然とその頭骸を槍先で貫いた。
それを受けて、スキルによる自動回復でオレンジゲージまで回復したHPが全損し──最高位神官カリス・アレクソンはその命を終えた。
「ッ、貴ッ様あああァアアアッ!!【神光聖斬】────ッ!!?」
「天属性は無意味ですよ」
その光景を目にした騎士隊長は怒りのままに加速して突撃、自身の持つスキルも加えた全力の一撃を叩き込んだ。
しかしそれも彼女の目前に展開された黒い水晶の盾に阻まれてしまう。
刀身を包んだ天属性の魔力は水晶の闇に飲み込まれ、受け止められた剣撃は水晶内で反射され攻撃した自らに返った。
深く刻まれた傷跡は多数のポリゴンを垂れ流し、握った剣を今にも落とさんという様子。
即座に駆け寄った神官がヒールの魔法で治療を施すが……
「【聖女の祈り】──【ハイ・ホーリー】」
同時に彼女もまた魔法を放った。
しかしその対象は騎士隊長達ではない、既に命を落としたカリス・アレクソン最高神官の亡骸に対して天撃の魔法を。
その理由は神聖魔法を修める者なら当然に分かる……死亡した対象の蘇生妨害だ。
神聖魔法……天属性攻撃は生物に有効ではない。有効なのは同じく天属性の守り・攻撃にくわえ、霊体・死体のアンデッドモンスター。
通常はそれで終わりだが、天属性攻撃にはもう一つ隠された特性が存在する。
それとは、蘇生待機中の死者に対しても有効となるという事だ。
霊体に有効となる攻撃は蘇生を待つ魂すらも焼き、その待機時間を減少させる。
ゼロにも等しい物だったが、一時間の蘇生待機時間内にNPCの蘇生術を有した神官を呼べれば、彼の命が助かる道は存在した。
しかし今の中位神聖魔法……それを【聖女の祈り】によって上位神聖魔法にまで昇華された一撃によって、神聖魔法の習得者に見える待機時間の表記は完全消滅。
カリス・アレクソンの命は、完全にこの世から失われてしまった訳だ。
「──プレイヤー達よォッ!!干渉の禁止を許可する、奴を拘束しろォおッ!!
彼女を神前に連れ出した者には望む報酬を約束するッ!!あの女を決して逃がすなァああ───ッ!!」
本来であればそれは悲しむべきことで、事実それに動揺している自分も騎士隊長の中にはその感情も居る。
だがそれ以上に「僥倖である」という思いが、彼の思考を駆けていた。
【聖女の祈り】は【聖女】の職が持つ特殊スキルだ。
各国で多数の戦闘NPCを抱える光輝神聖会は、後進の為として各種職業の効果に関して独自に記録を行っている。
その記録には【聖女】の情報も残されていた。
【聖女の祈り】による魔法のランクアップ効果が一時間の待機時間を擁することも同様に。
故に僥倖。上位職である【聖女】に就くという事は彼女も固有スキルに目覚めているだろうが、どのような効果であろうとも数十の数的劣勢を覆す程の物ではない。
ましてや相手するのはNPCではなくプレイヤー。どのような奇策を用いようとも、神官職である彼女にこれを逃れる術はない。
「おいおいマジかよ…!」
「アイツ捕まえるだけでいいのか」
「楽勝だな!」
プレイヤー達の眼前に『緊急クエスト』のポップアップが現れる。依頼の内容と報酬は騎士隊長の言葉通りだ。
いくら中級者ばかりとはいえ、数で集れば彼女を捕らえることなど容易。報酬を得られれば、余裕のない中級者生活とはおさらばできる。
ただ涼みに来ただけだというのに、舞い降りてきた特大のラッキーチャンス。
彼等にこれを逃さない手はなく、騎士隊長達もそれを理解していた。
彼等のようなプレイヤーが望む報酬などたかが知れている、それ故の望む報酬という言葉。
替えの利く金銭や武器よりも、優先すべきは罪人の確保。それを惜しんで彼女を逃すのならば、自分はここにいる意味がない。
騎士隊長と神官騎士は鋭い目つきで、皆ニヤつきと共に立ち尽くすエスレイへ武器を取り──
「【剛斬撃波】」
同時に、十数人の上下半身が一撃によって泣き別れた。
プレイヤーの体は粒子となって消滅し、荒れる強風が聖堂を抜ける。それと同時に、またもNPCとプレイヤーに混乱が走った。
この状況での襲撃。報酬に目もくれない教会への敵対行動。エスレイの助けに入るならもっと速く動けた事。
あらゆる視点から見て不明な行動に、エスレイに対して向かおうとしていた意思の統率が乱れる。
ただ、その中で騎士隊長だけは一切の揺らぎを見せなかった。
豹変の衝撃による行動の遅れ。殺害に対する激情による損傷。それによる最高神官永遠の喪失。
三度の失敗を経て今の騎士隊長の思考は冷静さを取り戻した。
故に怯えも驚愕も見せず、その行動を起こした人物を確認しようとその双眸を実行者のいる方向に向け──それを見た。
「──あのぉ〜、スミマセン……本日娘の授業参観の予定でこちら訪れたんですけれどもぉ……
えっと、どうやらあの……娘、担当教員の方殺しちゃっておりますよね……?
……でもこれってぇっ!貴方方学校側の教員のセクハラやら何やら云々カンヌ国際映画祭、管理不足の一面もあると思っておりましてぇ!!
つきまして当方と致しましてはまずはまぁ認識の擦り合わせ、話し合いから始めさせて頂きたいと思うんですが────どうですかッッ!?!?」
血に塗れたような赤黒い鎧を身に纏い、身ほどもある大剣を手にした男──バサラは、異様な程回る口でそう訴えかける。
その言葉から彼がシークレットであったエスレイの雇用主であった事を察し……冷や汗を垂らした。
先程までの自分達と同様に状況を飲み込みきれていない言動。
どうにか保身に走ろうとする凡俗的な思考。
それらに似つかわしくないほど、全身から立ち昇る────自分達に向けられた凄まじい“殺意”
睨み合う彼から向けられたそれに騎士隊長は一瞬で当てられ、全身を深い恐怖に包まれた。
なお運営に対し多数のクレームの問い合わせがあった事で、過剰な日照り設定は以降発生しなくなる。
エスレイのパーソナルは意図して伏せているのでちゃんと今後出す予定です。
【老衰】NPC専用の特殊ステータス。デバフだが解除できない。ランダムに発動して永続的に死ぬというゲーム内における寿命。今後関わるのかは不明。




