第十二話 アナーキー(4) ~~さらば、パンツイッチョマン!
ナレーター(以下、「>」と表す。):さあ、今週で最後のパンツイッチョマン! 「そう言って、また伸びるんじゃないの?」と疑って、というか心配されている視聴者の方もおられると思いますが、最勝寺先生は「短くなりすぎないか心配」と言っていたので、きっと大丈夫でしょう。ゼロと予想していたのがプラス、という読み違いは何度もありましたが、さすがにあの人も、マイナスと予想していたのがプラスにぶれるほど大きくは変わらないはずです。最終的に「今回は短かったな」という感想を持たれたとしても、「小説家になろう」の一般論的には、はるかに重い分量ですからね。そう感じる視聴者の方はかなり毒されている事を自覚して下さい。
>あと、今回は副題に「さらばパンツイッチョマン!」とありますが、当スタジオの見立てでは、「煽っているだけで、いつものようにどこかへ駆けていくだけだろう」という意見が大多数でした。ですから、「なんだよ、期待(あるいは、心配)させやがって」と鑑賞後に怒るのは損ですよ。すぐイライラしちゃうと、人生楽しく過ごせませんから、こういう場合は前もって予測しておくと、苛立ちは少なくなります。では、本編スタートです!
>日は落ちたが、西の空はまだ明るい時刻。枚鴨市駅前の歩道橋網に面した通りから、交差点を一つ経た先にある別の通りのビルの上に、一人の女性が立っていた。黒いドレスに幅広の黒い大きな帽子を被り、両手で胸に抱くように花束を抱えた女性。そう、穴穿きと呼ばれる異能者だ。より良い社会を再構築するために、現在の社会の弱点を突き、混乱を生み出す。理論と行動に幾らか矛盾を抱えた改革者だ。
>そのビルの屋上は、端から二歩ほど離れた場所に、落下防止の柵が張り巡らされていた。穴穿きはそこからさらに二歩離れた場所に立っていた。そのビルは周囲に比べて高かったので、ビルの屋上にいる人はある程度離れた視点からしか見えなかった。彼女を探しているはずのフリップフロップ・チェリーからは、そもそも別の建物が邪魔をして見えていなかった。しかし、ついに彼女を発見する者が現れる。屋上に突き出した小塔から、扉を開けて、人が出てきたのだ。
>扉が開く音を聞いても、穴穿きに驚きは見られなかった。ヒタヒタと近づく音を聞いて、微笑むと声を発する。
穴穿き: やはり、来たのね。
>ゆっくり振り向いた穴穿きの正面に現れたのは、黒いパンツの半裸の男。まるで、『だるまさんが転んだ』をしているかのように、振り向かれて、黒パンツの男は五メートルほどの間を空けて足を止める。
穴穿き: もう、お互い名乗らなくても分かり合う仲だけれど、聞いておいた方が本調子になるようだから、聞いてあげるわ。あなた、何者?
>ありがとうございます、穴穿きさん。我々放送スタッフ一同だけでなく、パンツイッチョマンのファンも待望のシーンのきっかけができました。では、どうぞ!
黒パンツの男: 私は、文明の守護者。
>黒パンツの男は、人差し指を立てた右手を前に突き出すと、その手をゆっくりと高く上げていく。
黒パンツの男: パァァーーンツゥゥ――
>高く上げられた右手が、頂点を迎え、次は素早く下げられる。
黒パンツの男: イッチョマン!
>下がっていく右手が、左肩を経由した後、右腰で払われる。代わりに、左手が人差し指を立てて前に突き出されていた。足は肩幅に開いて、腰は少し落とす。
♯ バン、バン、バン!
>左右正面からの三連ズーム! 決まった! さあ、ちびっ子たちは上手く真似できたかな?
♪ チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)
《中略》
♪「パァアンツー」チャッチャー「イッチョマーン」
穴穿き: どうして、私がここにいるのがわかったの?
>パンツイッチョマンは、上に向けていた左手の人差し指を穴穿きに向けると、右手を腰に、背筋を伸ばす。まるで「良い指摘だ」と言っているようだ。
パンツイッチョマン(以後、「P1」と表す。): わかってなどいない。君を探すために高い場所から見下ろそうとしたら、君が居ただけだ。
穴穿き: ……偶然?
>ちょっと呆気に取られたように聞く穴穿き。それに力強く頷くパンツイッチョマン。正直なところ、威張れる話ではないぞ。
P1: そう、たまたまだ。
穴穿き: 偶然……。ある種の偶然は運命的なものなのね。そして、私は運命の神様に嫌われている。
>独り言のように呟いた穴穿きに、パンツイッチョマンは、手を組み換えで、今度は右手で指差す。
P1: 世に混乱をもたらす穴穿き。その企み、止めさせてもらうぞ。
>視線が下へと落ちていた穴穿きは、マイペースなパンツイッチョマンの呼び掛けに、考え事から戻ったように顔を上げる。
穴穿き: できるのかしら、文明の守護者を自認する貴方に。
>穴穿きへ指を向けていた腕を下ろし、フロントラットスプレッド風の姿で立ち尽くすパンツイッチョマン。普通の人ならば「なんだ? こいつ」な感想を抱くでしょうが、パンツイッチョマンに毒され――じゃなくて、理解が深まっている視聴者の方々は、もうこの姿勢が「とりあえず言い分を聞こう」という待ちの態度だとわかりますね。
穴穿き: 貴方ももう気付いているでしょう? ううん、世の中の人々もきっと気付いている。今の世界が間違っている事に。貴方は、そんな間違っている社会を護りたいの? ……そう、違う。何故なら貴方の行動は、社会の歪みを直すためのものだから。でも、貴方が直しているのは表面だけ、根本の仕組みから作り直さないと、歪みは幾らでも表層化する。
P1: しかし、その為に人々の血を流す事こそ間違っているのではないかね。
>穴穿きが悲しげに左右に首を振る。
穴穿き: 改革には痛みが伴う、って言うでしょ? 私も昔は、それって権力者が自分を正当化するための言い訳と思っていたけれど、違うのよ。人は、社会は、痛みがないと変わろうと思わない。……ううん、痛みがあって初めて、変わらなくちゃいけなかったと気付くのよ。悲しいけれど、それが人という生き物についての真理。……人間社会の限界というべきかもね。
P1: だが、現代の黒パンツの文明は、革命など経ずとも、法制度の運用で平和的に変革を果たしてきている。
穴穿き: 本当に平和的にと言えるかしら? 多くの市民がそう感じているだけで、その立法の裏には、詐欺的行為で大損させられた者、事故で大怪我をした人、災害や公害で命を落とした人たちがいる。法の傘に護られている人は、そこに到るまでの損害に目を瞑っているだけ。いや、それより酷いわ。損害に気付いてさえいないのだから。……もちろん、全ての立法がそうした背景があるわけではない。でも、そういう法は進行が極めて遅い。そりゃあ、困っている人の声がほとんどなければ、他に優先すべき課題があるからね。だけど、社会に穿いた穴は早急に塞がなくてはならない。その気付きのために、人の血が必要になるのよ。
P1: 社会にとっての血は、人の命だ。喪われれば、元には戻らない。
穴穿き: ええ、そうね。でも、それだけでしょ。現代社会、特に平和な社会は、人の命を重視しすぎる。決して、人の命は地球より重くない。ずっとずっと軽いものなの。それについても、現代人はそろそろ気付かなきゃ。もちろん、私や貴方の命を含めてね。
>見つめ合う二人。穴穿きは幅広の黒い帽子に隠れて、パンツイッチョマンはバイザー型のサングラスに阻まれて、それぞれの表情は詳しくわからないが、私にはパンツイッチョマンが押されているように見えるぞ。イッチョマン・スラップの一閃で勝負が付きそうな取組だが、その前段階で精神的にパンツイッチョマンは攻め立てられている。下手をすれば、転向することさえ起きかねない。危うし、パンツイッチョマン!
P1: 具体的には、何が起きるのだ?
>おっと、予想外に上手い躱し方だ。話を逸らす。普通の人にとってはよくある手ですが、パンツイッチョマンにそれができるとは思いませんでした。
穴穿き: さぁ。……私はみんなの背中を押すだけだから、それぞれがどういう選択で不満を表現するかはわからない。刃物を持って暴れる人もいれば、ショーウインドウに物を投げ込んで壊す人もいるでしょうね。火を点ける人もいるかもしれない。
>これは、暗に、既に紹介した火炎瓶を隠し持っていたヤマダハジメさん以外にも多くの仕込みがされていることを示していますね。恐ろしいです!
P1: まさに、暴動だな。
穴穿き: そうね。まさに、そうなるわ。
P1: そのトリガーは何だ?
>またも巧妙な一手。流れに乗せて、重要な情報を聞き出そうとしているぞ。しかし、まあ、当然のことながら、穴穿きにはそれはすぐにばれた。彼女は小さく笑う。
穴穿き: ふふ。まだ諦めていないの。でも、どうして? 貴方がそこまでして護ろうとしている社会から、貴方は疎まれている。法に収まらない存在だから。
P1: ……それはおそらく、正義のためだからだ。
穴穿き: 正義。人によって中身が変わる曖昧なものね。では、貴方にとっての正義は何?
>この難しい問いに答えるのに、パンツイッチョマンは数秒間の思考を必要とした。
P1: ……わからない。
穴穿き: あら、そう。……そうでしょうね。普通はそこまで深く考えない。でも、私にとっては、これが正義!
>穴穿きがバンと言い放つと、また見つめ合う二人。……これはもうダメですね。パンツイッチョマン、勝てません。肉弾戦なら戦う前から勝てるのはわかるのですが、ここまで押された後でビンタに移ったら、口で敵わないから手を出した、というカッコ悪い形になります。それこそ、パンツイッチョマンの正義にも反してしまうのではないでしょうか? これは穴穿きが仕掛けてこない限り、打つ手なしです。
♯ バン!
>おっと、突然扉が開く音。開かれたのはパンツイッチョマンも出て来た扉だ。他に、出入りする扉は屋上にないから当然だ。出て来たのは――
後輩刑事: あ、アニキ! 居ました。当たりです!
>そう、扉から出て来たのは後輩刑事。そして、扉の奥へ呼び掛けていた相手は………………って、なかなか出て来ないな。お、ようやく、大物感を気取ってゆっくり出て来たのは、大きなレンズのサングラスを掛けた男、ノーパン刑事だ。
ノーパン刑事(以下、「NPD」と表す。): 間に合ったようだな。
>間に合うかどうか心配だったら、少しは急いで出て来て欲しいところだ。
穴穿き: あら、刑事さんまで。彼が連絡をしたようには思えないけれど、どうしてこの場所が?
>確かに、パンツイッチョマンには現代社会人として当然の装備が欠けていた。スマートフォンだ。だから、他人に連絡を取ることはできない。
NPD: はん! 簡単なことだ。パンツイッチョの男がどこに行ったのか、市民に聞けばいいだけだからな。ちょうど良い具合に、そこら中、市民で溢れている。素早く駆け抜ける男でも誰かは見ているって寸法だ。
後輩刑事: とはいえ、二回違った人に行き着いちゃいましたが。いや、困りますよ。ハロウィーンだからって、パンツイッチョマンのコスプレをする人がいるんだから。
>そう。パンツの乱の後、「露出は禁止しないけれど、節度を持ってね」という形で落ち着いたはずの枚鴨市の条例だったが、全ての人が納得したわけではない。それ以前に、そう決まった事すら知らない者もいた。市の広報をきちんと読んでいる市民は、残念ながら少ない。また別の人は、条例の施行前こそ最後のチャンスだ、と敢えて半裸になっていた。と言うわけで、数えるほどだがパンツイッチョマンのコスプレをする者がいたのだ。……パンツイッチョマンの真似なんかじゃなく、単に脱ぎたかっただけかもしれませんね。
>実際、外れの二人のうち一人は、パンツマッチョマンだった。一応彼は、パンツイッチョマンのコスプレではなく、パンツマッチョマンとして仮装していた。……本物だから仮装じゃないですね。最初は、婦女暴行目当ての暴走だったが、今は改心して、徘徊するお年寄りを家族の元へ送るなどの立派な活動を始めている。パンツイッチョマンの影響より、銀子先生の指導の賜物のようだ。
P1: 君たちには、暴動の制御を頼んだはずだが。
>援軍の登場なのだが、パンツイッチョマンは些か不満そうだ。
NPD: ああ、そうだったな。だが、日本の警察を舐めるなよ。既に、各所に警察官が防犯対策として配備されている。
穴穿き: でも、それってハロウィーンの時はいつもよね。
>穴穿きの冷静な指摘に、後輩刑事が目を逸らす。それでわかったのか、穴穿きが「ああ」と呟いた。
穴穿き: 本当に暴動の被害を抑えたかったら、もっと上の方に頼むべきだったようね。彼にはそんな権限などないわ。
>パンツイッチョマンがノーパン刑事に振り向くと、ノーパン刑事は肩を竦めた。
NPD: どっちかって言うと、渋谷に人員を取られちまうくらいだからな。まあ、俺たちは課長のおかけで、自由に動かせてもらっているが。
後輩刑事: どっちかって言うと、援軍に呼ばれているのはお巡りさんですから、俺たちはセーフです。
P1: しかし、君は確かに暴動を抑えるという返事をしたはずだが。
NPD: おうとも。だから、ここに来たんだろ。暴動が起きる前に大元を押さえちまえば、暴動は起きない。
>これについては正しい。確かに、パンツイッチョマンだけではちょうど具合が悪かったところだ。論戦の援軍としては、ノーパン刑事は頼りないが、逆にそもそも議論が通じない相手としては信頼できる、と言えるかもしれない。
穴穿き: そう。一人でダメなら二人掛かり。戦術としては悪くないわね。
>ノーパン刑事が動いて、パンツイッチョマンの右後ろに付いた。後輩刑事は左後ろに付くように、ノーパン刑事が手振りで示す。しかし、後輩刑事はそれに従う前に、どうしても確認しておきたい事があった。
後輩刑事: あ、あの、二人掛かりって……もしかして、俺、数に入ってないんじゃないですか?
>後輩刑事の問い掛けは、大空へと消えていく。詩的な表現でしたごまかそうとしたが、はっきり言ってしまえば、誰も答えてくれないどころか、相手にさえされなかったのだ。後輩刑事はブツブツとぼやく。
後輩刑事: おかしいなあ。アニキが主人公なら、俺は二番手の相棒の立場のはずなのに。
>これは、「第九話 ブレイクスルー」で、ノーパン刑事が後輩刑事を落ち着かせる時に言った話が前提だ。……と言ってしまったが、あの時はノーパン刑事は、「刑事ドラマだったら、主人公の俺は死なない」と言っただけで、後輩刑事をフォローしたわけではありませんでした。……でも、ピンチに陥ってもいつものノーパン刑事だ、という実感から、結果的に後輩刑事が落ち着いた可能性はありますね。いずれにせよ、主人公はノーパン刑事ではなくパンツイッチョマンだから、後輩刑事の扱いが軽くなるのは仕方ないのであった。
>渋々、ノーパン刑事の指示に従い、パンツイッチョマンの左後ろに付ける後輩刑事。これは、パンツイッチョマンを先頭とした魚鱗の陣だ。ここからも、誰が中心かは一目瞭然だ。
NPD: あけすけに言うと、お前を罪に問うのは、H案件に回さなきゃならず面倒だ。だから、今ならまだ、もう悪さはしないと約束するなら、許してやるぞ。どうだ?
穴穿き: ダメね。取引として。もし、そう約束しても、後でまた活動を再開するとは考えないの?
NPD: その時は捕まえるだけだ。光迅明代。
>穴穿きの顔から薄ら笑いが消えた。言葉も発しない。突然、名前を言い当てられた事がショックだったようだ。
NPD: だから、警察を舐めるな、と言っただろ。お前の素性は明らかになっている。逃げ切れないんだよ。……驚いたか? まあ、確かに、多少は骨を折ったが。
後輩刑事: 聞いて驚け! アニキの捜査力を!
>まるで自分のことのように威張る後輩刑事。ノーパン刑事は、勢い良く後輩刑事を見るが、後輩刑事はその視線に気付かず、ニヤニヤ笑いを穴穿きに向けている。仕方ないというように、ノーパン刑事は肩を竦めると、穴穿きへ向き直る。どうも、本人は説明を省くつもりだったようだが、後輩刑事が言い放った以上、尻拭いをするしかない、と思ったようだ。このあたりは、さすがに信頼される先輩だ。
NPD: お前の体制を壊すことへの執着心。それが、逆に、そういった立場にいた者だと予想させた。幸い、警察も法の番人だからな。法律関係で、若くて美しく有能な女性がいないかを調べた。こういう情報は横の繋がりですぐに確認できる。
後輩刑事: どうだどうだ! ……ところがどっこい!
>またノーパン刑事がチラリと後輩刑事を見る。今度は後輩刑事もその視線に気付いたが、私から見てもやりにくそうにしているノーパン刑事の態度は理解せず、むしろ「言ってやりましたよ」と言いたげに親指を上げた。
NPD: ……まあ、そうだ。ところが、だ。話題に上った女性は、もて囃すほど美しい……じゃなくて、お前と似ておらず、若いと言っても弁護士としてはまだ若いというだけで、昔若かった……というかお前より十歳近く上と思われる人ばかりだった。
>このあたり、女性蔑視の表現だと叩かれないよう、ノーパン刑事も時代の風を意識しているようですね。良かったです。
後輩刑事: お、行き詰まったと思ったか? ところがどっこい!
>また、ノーパン刑事が後輩刑事を見る。えー、以下略です。やりにくそうです。
NPD: まあ、その、なんだ。俺の勘は、お前が創る側の人間だと告げていた。その若さ、美人、有能とくれば、必ず業界内では噂になっているはずだ。だから次は建築業界を当たった。これは地味な聞き込みだ。
後輩刑事: そうそう。刑事の基本は足だ。ところがどっこい!
NPD: ……しかし、この線でもお前は浮かび上がってこなかった。さあ、困った。
後輩刑事: おっと、今度はついに行き詰まったか? ……ところがどっこい!
>悔しいですが、後輩刑事が少しタメを作ったところで、「ところがどっこい!」を期待してしまった自分がいました。視聴者の方はどうですか? 後輩刑事に負けたようでなんか悔しい、と思いました? でも、妙な心地良さもなかったですか? 続きも聞きましょう!
NPD: その時、ふと新聞記事が目に止まった。「システムダウンで都市混乱」とか何とかいう見出しだ。それで気付いた。創るっていっても目に見える物ばかりじゃねえな、と。それで次は、システム……なんだっけ? システムエ、エ、えんがちょ?
>途中からノーパン刑事が後輩刑事に助け船を求める。
後輩刑事: えんがちょ、って何ですか? エンジニアです。システムエンジニア!
>しかし、横文字にめっぽう弱いノーパン刑事の頭にその単語は根付かない。魚鱗の陣を描いて距離を空けた影響もありそうだ。
ノーパン刑事: え、エ、何だ? エンジン? エジソン?
後輩刑事: ああ、もう。アニキはもうそのままテキトーにいってください。
NPD: そうか、じゃあ……次はお前がシステムえんが――
後輩刑事: エンジニア!
NPD: ……だと思って調べてみた。そしたら、見事、的中!
>ノーパン刑事が最後はダーツを投げる振りをした。趣味だけあってダーツ用語は、横文字でもたどたどしいが言えるようだ。……にしても、さっきまた「えんがちょ」と言おうとしていましたね?
NPD: 調べてみたら、すぐに行き着いた。三十代にして、三企業の巨大システムを統合させた天才え、えん――
後輩刑事: エンジニア!
NPD: ……の存在に。俺は詳しく知らねえが、関係者に聞いたら、奇跡的な業績らしいな。電子界におけるバベ……バベルの塔?
>ノーパン刑事が後輩刑事に確認を取ると、後輩刑事は親指を上げて頷く。
NPD: そう。完成せず倒れるはずのバベルの塔を建てた女、として伝説になっているらしいな。最近新聞沙汰になっているのは、その後を継いで、追加的に生じた小規模のシステム統合での失敗らしいな。小娘にできたのなら自分にも、と奢った五十代のシステム……
後輩刑事: いや、この場合は、プロジェクトマネージャー! というか、光迅さんも、厳密にはそう呼ぶべきです。
NPD: ん? なんだ、そのプロなんとかって。……システムなんとかとは違うのか?
後輩刑事: SEの方が意味合いが広いのですが、今は関係ないので進めて下さい。
>どうぞと手を下げて促す後輩刑事。ノーパン刑事は気持ち悪さが残っているように自分の胸を撫でながらも話を続ける。
NPD: その天才、光迅明代は、偉業を果たした後、身内に不幸があり、職を辞した。その不幸とは、そこの交差点での自動車事故。暴走した乗用車に、男性とその子供が轢き殺された。お前の夫と一人息子だ。
>重苦しい沈黙が辺りを制する。……かと思ったが、ノーパン刑事にはデリカシーがないようで、数秒後にはなおも話を続ける。
NPD: そもそも、「穴穿き」という名前が妙だった。お前は他人の心に穴を開ける側だ。なのに、なぜ、穴穿きなのか。その違和感が、俺をここまで連れて来た。
>今度はまた別の雰囲気の沈黙が流れた。後輩刑事はポカンとノーパン刑事を見つめ、パンツイッチョマンはしばらくしてから、後輩刑事へ「何とかしろ」と言いたげに、顎だけ動かしてノーパン刑事を示す。それに気付いた後輩刑事が、渋々頷く。
NPD: その格好もそうだ。どう見ても喪服――
後輩刑事: あ、あの、アニキ?
NPD: ――ん? 何だ?
後輩刑事: いや、あの~、アナーキーっていう英語があって、無政府主義者とかいう意味でして、だから、テロリストのあだ名では似つかわしいかなぁって……
NPD: ん? だから?
>ここまで説明されても、ピンと来ないようだ。パンツイッチョマンが続けろとまた顎で示す。
後輩刑事: だから、そっちに繫がらず、穴穿きって名前は変じゃないか、と思うのは、なんつーか、こう、むしろ……
NPD: だ、か、ら、何だってんだ? はっきりしろ!
>怒鳴られて、ビシッと姿勢を正す後輩刑事。
後輩刑事: いえ、何にもないです。相手の名前からそこまで相手を追い詰められるアニキ、さすがっス!!
>あ、ひよった。
>最後はパチパチと拍手をする後輩刑事。そんな漫才チックな二人を無視して、穴穿きは、可憐な紫色の花束をぎゅっと抱きしめると呟く。
穴穿き: 秋桜。あの人が好きだった花。
P1: ……では、この一連の騒動は、君にとって復讐なのか?
>しかし、穴穿きは、帽子の陰で黙ったままだ。代わりにノーパン刑事が答える。
NPD: さあな。だが、単純な復讐ならもう無理だ。轢いた運転手は既に死んでいるからな。それも、おそらく、事故が起きる前に死んでいる。運転中に脳内出血で意識を失った時にたまたまアクセルを踏み込んだまま逝っちまったんだ。
>そこでようやく、穴穿きが口を開く。
穴穿き: ……事故の仕組みとしては、今となっては珍しくもない、ブレーキとアクセルの踏み違えと中身は同じ。そう、誰もが「正すべき欠陥」と知っている事故よ。アクセルは急激な踏み込みに反応しない、という仕組みさえ実装していたら防げた事故だった。そしてその技術は、実現可能。でも、みんな他人事だと思って直そうとはしない。
P1: 物流は文明における血脈のようなものだからな。止めたくはないのだろう。
後輩刑事: 現実的には、自動車業界の影響力が大きすぎるから、政治に圧力を掛けている可能性もありますね。
穴穿き: 改革にはかならず反対意見が出てくる。だけど、やらなくちゃいけないことなのよ!
NPD: あるいは、文明社会というでっけえ化け物にとっちゃ、そういう事故は些細なもんなのかもしれないな。
>ノーパン刑事はワイシャツの胸ポケットからミントタブレットを取り出すと、幾つかを口に放り込んだ。それを、穴穿きは帽子の下から睨んでいるようだ。身内を喪った事件を些細な事と言われれば、誰しも腹が立つ。しかし、これは、的確に穴穿きの矛盾を突いていた。社会に穿いた穴を塞ぐ為には多少の犠牲はやむを得ない、という主張をしていたのは、穴穿き自身なのだ。
NPD: だからと言って、俺たちに同情がないわけではねえ。だから、今なら許してやる、と言っているわけだ。
>ノーパン刑事の再度の投降の勧めに、穴穿きは変わらず恭順の態度を示さなかった。代わりに、ノーパン刑事に背を向けたまま、パンツイッチョマンが話し出す。
P1: 済まないが、彼女の事情を聞いてしまった以上、私はこの捕り物に手を貸せない。
後輩刑事: えっ!?
P1: 社会の混乱は見過ごせない。しかし、彼女の行動を、もはや私は止めることできない。
後輩刑事: え、どうして?
>後輩刑事の中では、任意同行対象のはずだが、穴穿きを捕まえる上での戦力としては頼りにしていたようだ。それが突然欠けたことで動揺している。
P1: うまく説明できないが、一言で示すなら、それが私の正義なのだろう。
>うん、ちっともわかりません。
NPD: ちっ、ひよったか。構わねえ、俺たち二人で押さえるぞ!
>ノーパン刑事はパンツイッチョマンの方をチラリとも向かず、穴穿きから目を離さなかった。その態度に、浮ついていた後輩刑事の顔が引き締まる。
後輩刑事: 今度の「二人」は確実に俺の方ですよね!
>あ、そっちが嬉しいのもあったようだ。穴穿きは、片手で自分の帽子を押さえると、呟く。
穴穿き: 時間ね。
>その時、穴穿きの背後に、打ち上げ花火が綺麗に開いた。
>話している最中、腰を折るのもどうかと思って、敢えてお伝えしていませんでしたが、夕闇は刻一刻と深まっており、今はもう西の空の端を除いて夜空と言って差し支えない暗さになっていました。だから、花火が映えます。この花火は、ハロウィーンの夜を彩る景気づけの一発です。運営団体は、あの枚鴨てやんでえ花火大会の運営団体と同じです。噂では、てやんでえ花火大会の時に不発になった一発を使っていると言われていますが、不発弾の処理はややこしいので、一部の市民が思うほど簡単にそのような手配はできません。ただし、てやんでえ花火大会の時に集まった資金をこちらに一部回しているという線は濃厚で、てやんでえ花火大会の残り、という意味では間違っていないと思います。
>と、解説中は時間停止でした。なぜなら、この後の展開が目まぐるしいからです。
>まず、穴穿きが動きます。持っていた花束をビルの外へと放り投げると、帽子を押さえて横へと走り出します。次に動いたのはパンツイッチョマンでした。しかし、突進は、穴穿きの移動が予想される方向ではなく、穴穿きが居た場所へ、です。
NPD: 待て! 捕まえろ!
>最初に呼び掛けた相手は穴穿き。しかし、この番組で何度も繰り返されているとおり、穴穿きは止まりません。それを見越しての二言目は、後輩刑事に向けてでした。穴穿きはそちらへ走っていたのです。そして、パンツイッチョマンは――あ、なるほど、花束を追っているのですね。しかし、花束はもうビルの外へと漂っています。おそらく、これが、地上で多数仕込まれている暴動の時限爆弾ともいうべき人たちのトリガーです! 花束が落ちれば最後、枚鴨市駅前は火の海になりかねません。というか、花びらが舞えば、もう止められないかもしれません。
>この危機一髪の事態に、パンツイッチョマンは、落下防止の柵に飛び乗り、そこでジャンプ! なんとか左手で花束を掴み取ります。そして、え、ええーー!!!
>パンツイッチョマンは、そのままビルの下へ、落ちてしまいました。高さは十数階分。他の世界のヒーローなら、ヒーロー着地で何ともないのでしょうが、ゴツゴウ・ユニバースは容赦がありません。良く考えてみたら、特に容赦がないのが引力でしたね。パンツイッチョマンも引力には敵わなかったのか……。
>はっ! 動揺はしていますが、仕事は続けますね。一時停止を解除願います。
後輩刑事: ええーー!!
>私の声でかき消してしまっていましたが、後輩刑事もパンツイッチョマンの転落に驚き、大声を上げていました。当然、動きも止まる。
NPD: 捨て置け! 追え!
>ノーパン刑事もパンツイッチョマンの転落を見ていましたが、すぐに穴穿きの背中へと目を向けていました。後輩刑事に呼び掛けた時には、既に追跡を再開しています。そこでようやく後輩刑事も動き出す。穴穿きは後輩刑事の近くを通っていたので、後輩刑事が最初から全力で追っていたら追い着けたかもしれませんでしたが、もう穴穿きは、腰より少し高さの柵を乗り越えている段階でした。
後輩刑事: あ、ダメだ! 早まっちゃいけない。
>後輩刑事はまた足を止めて上擦った声で呼び掛ける。でも、穴穿きは止まることなく、帽子を押さえてビルから飛び降りる。
後輩刑事: ええーー!!
>また叫ぶ後輩刑事。そこで横並びになったノーパン刑事が、後輩刑事の頭を軽く叩く。
NPD: 早まっているのはお前だよ。あいつ、飛び降りる前に助走をつけていただろ。
>た、確かに、穴穿きは、柵を乗り越えた後、柵にピッタリ背をつけて、少しでも端を踏み切る距離を稼いでいる様子を見せていました。
NPD: 追うぞ!
>ノーパン刑事は走り出すと、先ほどパンツイッチョマンがしたように、一気に柵に足を掛け、外へと飛び出す。――って、跳ぶにしても、着地点を確かめてからの方がいいですよ!
>我々のカメラもノーパン刑事と共に空中へ! おっ、想像どおり隣のビルはこちらのビルより少し低くて、近い位置にありました。ここは落下防止柵が際にあるので、それにぶち当たる事なく、ノーパン刑事は着地します。ヒーロー着地ではなく、両足を広げて踏ん張って、あんまりカッコいい姿勢ではなかったですね。ノーパン刑事は、すぐに走り去る穴穿きの背中に目を向け、右手をジャケットのポケットへ入れます。指弾で狙うのか? 十メートルは空いていないので、ノーパン刑事なら当てられるでしょう。それで直ちに相手を止められるわけではないですが、遅らせることはできるでしょう。しかし、ノーパン刑事は指弾を放つ前に振り返り、左手で自分の頭をかく。
NPD: そっか、あいつ、高いのが苦手だったな……。
>もう一度、遠ざかる穴穿きを確かめるが、ノーパン刑事は溜息をついて、首を左右に振った。そして、元いたビルを見上げると、声を掛ける。
NPD: おい、タカ! 早まるな、落ち着け。
>そう呼び掛けたのも納得できるほど、後輩刑事は柵を乗り越えていたが、そこで腰が抜けたように、背後の柵に寄り掛かっていた。離れたノーパン刑事でもわかるくらい、後輩刑事の足はプルプル震えていた。
NPD: ビビって縮こまっちまったら、いつもの力が出せないぞ。まずは落ち着け!
>これは暗に「力が出せないとビルの谷間に落ちるぞ」という警告を意味していたが、幸い、余裕のない後輩刑事は、わかっているのかわからない、ガクガクと頷きを返した。まあ、確かに、この距離と高さは、一般の人でも跳び越えるのは無理ではないが、映画ならスタントといわれる難度です。それをスカート姿で跳んだ穴穿きは、運動能力が低くないだけでなく、かなり肝が座っていたんですね。
後輩刑事: だ、だいじょうぶです! 今、いきます。
>裏返った声に説得力はない。ノーパン刑事は呟く。
NPD: それじゃ、別の逝くだろうが。……よーし、深呼吸をしたら、俺だけを見ろ。受け止めてやるから、飛び込んでこい!
>両手を広げるノーパン刑事。後輩刑事は、深呼吸ではなく、息を呑み込んだが、頷いた顔には一定の調和があった。安定というより、入れ込みに近かったが、今にも落ちそうな危なっかしさは無くなった。
後輩刑事: えいっ!
NPD: ちょっ、おま――
>ノーパン刑事の言いたいことは大体わかる。跳ぶなら、そう声を掛けてからしろ、という事だろう。しかし、そう指摘する時間はもう無かった。
♯ ドカッ!
>だが、さすがはノーパン刑事。有言実行。一二歩調整して、飛び込んできた後輩刑事を受け止める。そのままでは、ぶっ倒れるしかない勢いを、ノーパン刑事は後輩刑事を振り回すことで勢いを削ぐ。そのまま数回、独楽のように回る二人。これはアレですね。アニメでよくある、一旦別れた男の子と女の子が再会し、喜んで走り合った後、抱き合って回転する、という絵にそっくりです。むさ苦しい大人の男二人なので、爽やかさ可愛らしさは、違う意味でアレですが、どうもこういう取り合わせも一部の人には胸キュンらしいので……え、もう、胸キュンなんて言わない? いや、私はおじさんだから、別にそういう言われ方は慣れていますが、「うん、私、胸キュン」と同意した妙齢の視聴者に失礼ですから、ちょっと控えてもらってもいいですか?
>あと、この技、抱き合ってグルグルだから、「ハグルグル」と名付けましょう。で、ハグルグルはアニメでは子供の男女がする事が多いですが、実際には回す軸側にかなり負担が掛かるので、お子さんだけで真似するのは止めましょう。お兄ちゃんお姉ちゃんが、年の離れた弟や妹相手にだったらできなくはないですが、掴む場所がズレれば肩が外れる恐れがあるので、やはり危険です。保護者の方々は、これからも注意して見守って下さいね。
>振り回されてちょっと目が回ったのか、ふらつきながら自分が飛んできたビルを見上げる後輩刑事。が、その視点が定まる前に、ノーパン刑事が頭を押さえて、前を向かせる。
NPD: 追うぞ。
>しかし、もう屋上には穴穿きの姿はない。建物内に入った後だ。すぐに駆け出すノーパン刑事。多少手間取ったが、今なら未だ走り続けて追い着けるほどの運動能力の差が確かにあった。ノーパン刑事も超人的な身体能力の持ち主だからだ。重い扉を開け、下りの階段を駆けると行き着くのはエレベーターホール。一つあるエレベーターは既に閉じ、下りていた。
NPD: くそっ!
>悪態をついてから、エレベーターのスイッチを押そうとしたノーパン刑事の手が途中で止まる。そこに、息を切らせて後輩刑事が追い着く。ノーパン刑事は、そちらを振り返った後、続く下りの階段を見つめる。それから、エレベーターホールから出る防火扉を見て、首を左右に振る。
後輩刑事: え、もう、下りちゃったんですか?
NPD: 別の階段を探すぞ。
>ホールを仕切る防火扉を開けて、建物内へと続く廊下へ入るノーパン刑事。
後輩刑事: え? アニキ、下りの階段ならここに……。
>ノーパン刑事は首を左右に振る。
NPD: そこは囮だ。おそらく、下りきったところで出ようとすると、ここの扉が施錠されている。
後輩刑事: え、そこまでしていますか?
>言いながらも、後輩刑事はノーパン刑事に続いて廊下に出る。ここでは駆けずに早足で進みながら、二人は話を続ける。
NPD: 相手が仕組みを作る天才だって事を忘れるな。まず、都合よくエレベーターが来ているのがおかしい。きっと仕組んでいる。
後輩刑事: 確かに、考えたら出来すぎですね。
>一般的には、その程度の都合は演出上問題ない、と視聴者の方も許してくれるはずですが、名前と違って細かいところは厳しいゴツゴウ・ユニバース。
>このビルは、ビジネスビルだ。中小の事務所が入っている。ほとんどの事務所は、終業しているかまだ仕事中で、廊下を歩いている人は他に居ない。
NPD: エレベーターを細工するやつが、すぐ側の階段について考えないわけがない。下層階では扉に施錠されているに違いねえ。だが、それじゃあ、ビルの人の出入りができないから、もう一方の出口は使えるはずだ。
>対称的に設計されていたこのビルは、廊下の突き当たりの防火扉を抜けた先にもエレベーターホールがあった。ノーパン刑事はその下りボタンを押す。
後輩刑事: じゃあ、あっちのエレベーターを待つのも手でしたね。
NPD: バカヤロウ。それは簡単に邪魔できる。あの女が出る時に、全ての階のボタンを押せばいいだけだからな。
後輩刑事: ……そっか! 各駅停車だと、待ち時間、かなり長くなってしまいますね。
>正確には、各階停止だが、各駅停車の方が聞き慣れて言い慣れているから、そう表現してしまうのも仕方ないですね。そうしているうちに、ノーパン刑事たちの前のエレベーターの到着を告げるシグナルと点滅が起きる。
>こうして、ノーパン刑事の勘によって、穴穿きの策を最小限の遅延で済ませた二人だったが、追跡の差はかなり開けられていた。ビルを出た時、もう見える範囲に黒い大きな帽子は見えなかった。
>ノーパン刑事が穴穿きを見失った地点から徒歩五分ほどの距離に、地下駐車場があった。今日はハロウィーンの催しもあるので、満車状態だ。しかし、車や自転車などが詰まっていても、歩いている人はあまりいない。ここが目的地ではなくて、すぐに出て行ってしまうからだ。そうした僅かな通行人の一人に、黒い大きな帽子を被った女性がいた。もちろん、穴穿きだ。彼女は、バイク乗り場に来ると、黒いスクーターの前で止まる。これは、噴水広場でパンツイッチョマンがやり込められた際に見かけた物だ。これに乗られてしまうと、もうノーパン刑事たちは追い着けない。もちろん、もう素性がバレているので、警察力の行使で、捜査は続けられるだろうが、制限がありながらも人の心を操れる穴穿きを追い詰めるのは容易ではないだろう。雲隠れされる可能さえある。それ以前に、現行犯的な逮捕でないなら、H案件として処理できるものなのだろうか? ノーパン刑事が、面倒だと言った理由もこの辺りにあるのかもしれない。なんにせよ、今回の勝負は穴穿きのゴールが目前という状況だ。
>しかし、そのスクーターの向こう側に、一人の女性が現れる。左腕を三角巾で吊った、バンダナ変装の女性。そう、ここで再登場! フリップフロップ・チェリーだ!
フリップフロップ・チェリー(以下、「FFC」と表す。): ちょっとお姉さん、悪いけれど、その原付、もう動かないよ。
>フリップフロップ・チェリーは、スクーターの後輪の辺りを右手で指差す。
FFC: ほら、そこの、エンジン? もうないでしょ?
>事実、このスクーターには原動機がなかった。しかし、その周囲の配線は残っている。これは、外された――というより、壊された感じだ。しかし、動かなくなるよう破損させるのでなく、原動機そのものを引き剥がしてしまうのは――
FFC: 出るか出ないか分からないビームってさぁ――
>フリップフロップ・チェリーがおでこを触りながら言う。
FFC: その名のとおり、出るか出ないか、私でもわからないんだけど、十分な時間があれば必ずいつか出るんだよね。だから、それで消し飛ばした。
>こ、これは、引き剥がすというレベルではなかったようです。出るか出ないか分からないビーム、やはり規格外の恐ろしさ!
穴穿き: ……貴女も異能者? そう、二人掛かりじゃなくて、三人掛かりだったのね。
FFC: 私は腕がこんなんだから――
>フリップフロップ・チェリーが左腕を三角巾ごと軽く上げる。
FFC: まともに戦えないけれど、お姉さん相手なら、たぶんパンツイッチョマンが来るくらいなら時間稼ぎはできるよ。
穴穿き: それについては、残念だけど、パンツイッチョマンはもう来ないわ。
FFC: えっ?
>今までほとんど戦闘モードで張りつめていたフリップフロップ・チェリーの気が、一瞬で緩む。いや、弾けた、というくらい動揺していた。
FFC: ど、どういう事よ?
>フリップフロップ・チェリーの言葉に、怒りと困惑があった。
穴穿き: あの人は、身を呈して、私の計画を、暴動を阻止したわ。本当に、自分の行動を貫いた、素晴らしい人だった。ああいう人がもっと社会に居たら――
FFC: ちょ、ちょっと待ってよ! なに、勝手に過去形で話しているのよ! 私は……私はそんなの信じないんだからね!
>フリップフロップ・チェリーの声の割合が、困惑より怒りが増えてきていた。いや、それだけではない。哀しみも混じってきている。そして、その変化に伴い、もう一つ、フリップフロップ・チェリーの額にも変化が現れる。薄ぐらい地下駐車場の中で、フリップフロップ・チェリーの額の中央が赤くゆらゆらと輝き始める。
穴穿き: そうね。私も最期は見ていない。信じたいわ。
フリップフロップ・チェリー: …………どのみち、絶対にアンタは逃がさない!
>そうは言うが、フリップフロップ・チェリーと穴穿きの間には壊れたスクーターがあった。穴穿きの背後には、逃げられる余地が未だあるぞ! ……いや、薄暗い中に人影がゆらりと現れた。私たちの監視の目を掻い潜り、敏感であるはずの穴穿きさえ未だその接近に気付いていないのは、包帯をグルグル巻きにした、ハロウィーンらしいミイラ男だ。目の部分を除いて、頭も隠されているが、そのヒョロヒョロの細い体には視聴者の皆さんも見覚えがあるでしょう。
ミイラ男: シャー!
>やっぱり! 指を曲げた両手を肩の上に構えたシャーの構え。これは、あのパンツイッショマンです。
>叫ばれて初めて存在に気付き、振り向いた穴穿き。
穴穿き: あら、完全に包囲されちゃったわね。……ここまでね。私の負けよ。
>穴穿きは、帽子を脱ぐと、スクーターの上へと置いた。
穴穿き: 仲間か。……私も仲間がいなければ、伝説の偉業なんてものも成し遂げられなかった。負けるのは当然ね。
>そう言う穴穿きの表情は、重荷を下ろしたように晴れやかだった。
>こうして、社会を混乱に陥れる穴穿きの事件は幕を閉じた。穴穿きは、パンツイッチョマンを先導するはずだった友庫 さんに案内されたノーパン刑事たちに素直に連行され、H案件の処理に回されることになった。被疑者が否認すれば、審理が難航するH案件だが、穴穿きは自らの行動を認め、特別な施設に服役する運びになる。
>一部の事件は騒動に発展したが、多くの事件は未然に防がれた為、社会動乱を引き起こそうとした穴穿きの存在は、一般市民のほとんどが知らないままとなった。それゆえ、もちろん、その騒動を治めるために半裸のヒーロー、パンツイッショマンが戦っていた事実は、全くといっていいほど知られなかった。
>しかし、私も視聴者の皆さんも、パンツイッショマンの勇姿は忘れない! ありがとう、パンツイッチョマン! そして、さようなら、パンツイッチョマン!!
♪ チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)
《中略》
♪「パァアンツー」チャッチャー「イッチョマーン」
《《 完 》》
>………………え、本当にパンツイッチョマンが、最後どうなったか、気になりますか? ええ、実は私も気になります。お話としては、さっきの下りで締まりがいいですが、どうせまともな番組ではないので、好き勝手に進めましょう。
>では、パンツイッチョマンがビルから転落した場面に戻していただけますか? ……え、できない? 異能者が多すぎて干渉するから、時間が戻せない。……では、転落現場を確認してみましょう。時刻は、ノーパン刑事たちが穴穿きを逮捕した頃ですね。
>ほっ。ビルの下には、誰も倒れていません。短時間で、墜死体が片付けられませんし、できたとしても血の跡が残っていたり、通行人が何食わない顔で歩いていたりするわけがないもんですね。だから、パンツイッチョマンはここまで落ちていないようです。ということは……ほほう。あのビル、屋上部分が少し狭くなっています。えーと、パンツイッチョマンが飛んだちょうど下はテラス状になっている場所があったんです! きっと、パンツイッチョマンはここに落ちたんでしょう。……それでも、三階分の高さはありますから、普通の人は真似してはいけませんよ。
>え? コスモスの花束が見つかった? では、そこにカメラを移しましょう。……ここは、最終決戦があったビルの近くの交差点。その信号機の支柱に、そっとコスモスの花束が添えられています。おそらく、穴穿きと名乗っていた光迅さんのご家族が事故に遭った現場なのでしょう。きっとパンツイッチョマンが置いていってくれたんですね。
>これで、安心しました? 私も安心です。スタッフたちが予想した展開とは少し違いましたが、実質はこの交差点からまたパンツイッチョマンはどこかへ走り去ったのでしょうね。
>それでは、みなさんとはこれでお別れです。またいつか、どこかでお会いできるといいですね。それまでーー
P1: パンツ洗って、待っときな!




