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文明の〇〇 パンツイッチョマン  作者: 最勝寺 蔵人
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第十一話 パンツイッチョマン in ワンダーランド(後編)

ナレーター(以下、「>」と表す。):子供と一カップルを人質に、メリーゴーラウンドを回し続けるワンダー・ダック。乱心か!? 暴走か!? ――って、ここではほとんど一緒の意味か!? そもそも、これって事件と言えるのですか? でも、そういう仕様です、すみません。

>というわけで、今週もヌルッと始まったパンツイッチョマン。今週はパンツイッチョマンが登場するのか? え、「後編」となっていたから出るはず、ですか? あいにく、この時点では放送が長引くかどうかわかっていません。ですから、先ほどの「後編」は私の希望的観測でした。「中編」あるいは「2」と表記されていたら、「今週では終わらないんだな」と察して下さい。


若い保育士: ちょっといい加減にしてください! もう止めてください!


>ワンダー・ダックに詰め寄る保育士二人。それから、踊るように木馬の間を抜けて、遠ざかるワンダー・ダック。


ワンダー・ダック: いい加減? まさに、良い加減にしてあげているよ。楽しいでしょ?


>保育士から離れていきながら、子供たちの頭をでるワンダー・ダック。子供たちは大いに喜ぶ。若いカップルは不安そうな顔をしているが、見守る構え。「対応してくれている人がいるから、私たちはいいか」という考えなのだろう。さらなる混乱を生みにくいという利点はあるが、他人任せという事でもある。しかし、少なくとも私の立場からなら、ワチャワチャしないので大人しくしてもらって助かります。困った顔をするが、それ以上の行動を起こせない保育士たち。相手が普通の人ならば、つかんで揺するくらいしても良いと思いますが、慣れ親しんだワンダー・ダックを揺さぶるのは気が引けるようです。子供たちの目の前という問題もあるのでしょう。意外に防御力が高いアーマーですね。

>ちなみに、「着ぐるみ」と言われるこの装備。業界によっては、「ぬいぐるみ」と呼ばれます。ただし、一般で着ぐるみという呼称が広まったため、ぬいぐるみ呼びだった業界でも、ちゃんと着ぐるみで通じます。むしろ、ぬいぐるみ呼びは淘汰とうたされていっています。遊園地同様、無くなっていくものには寂しさを感じますね。しかし、言葉というのは変わりゆくものなので、慣れて方も多いでしょう。対して、遊園地やワンダー・ダックのように物質として存在する物の喪失は、やはり悲しいものです。……おっと! ワンダー・ダックのような存在を信じる子供たちには、中の人についての話はしないように、読み聞かせをしている方は気を付けましょう! ……もう遅いですか。てへぺろ。


年配の保育士: ちょっと、銀子先生。そっちでなんとかできない?


>年配の保育士が指差したのは、メリーゴーラウンドの脇にあるブース。確かに、通常営業時では従業員がそこで操作をしている。ちなみに、この指摘も、話を受けている銀子先生からは右から左へと流れていく。だから、詳細に書くと


「ちょっと、銀子先生。そっちで――」グルグル「――何とかできない?」グルグル「ほら、そっちの機械で――」グルグル「――オンとかオフとか――」


>メリーゴーラウンドはそれほど速く回転しないので、一回あたりでもっと情報を伝えられるはずなのですが、一回途切れてしまうとまた話し出すまでに間が空いてしまうのです。会話する同士の目が合って、呆れるような困惑しているような微妙な色を認め合うので、それを呑み込むのにもラグが生じます。いや、本当だって、疑うなら次回メリーゴーラウンドへ行った時に試してみてください! ……あ、やっぱりダメです。他のお客さんに迷惑です、という指摘が入りました。

>銀子先生は、グルグルが続いている間に既に動き始めていました。いこい君の手を引きながらブースに近づくと、扉を開こう――として、鍵にはばまれた。……日本語としてはこれで通じますが、本来鍵と言えば、開ける為の道具であって、掛かっているのはじょうなんですよね。だから、日本語を他言語に変換する際は気を付けてください。


お銀: 開かない。


>ガチャガチャと扉を揺すった後、銀子先生は考える。おそらく、破り開けるべきかという葛藤かっとうだ。その行動を押し止めているのは……おっと、養老家の家訓のようですね。「みやびに振る舞いなさい」という教え。銀子先生の普段の行動から、みやびな雰囲気がただよっているとは感じませんから、少なくとも銀子先生は、この家訓を行動をりっするものと受け止めているようです。努力する目標ではなく、そこから離れてはいけない戒め、という扱いですね。しかし、やるべき時にはやる、というのも養老家の行動指針であることは、『ウェディングベルとパンツイッチョマン』の回で明らかになっています。養老家のおじさんが暴れていましたからね。銀子先生も必要なら、消火器でもぶつけて開けるつもりなのでしょう。


男の声: お困りかな?


>頭上から降ってきた声に銀子先生が顔を上げるといつの間にか、制御ブースの上にいた半裸の男。そう、黒パンツのあの人です! この人なら、上ったのではなく、下りてきた可能性もありますね。とすると、下りてきた元は……近いのはメリーゴーラウンドか? では、そもそもそこに上った経路は……ま、どうでもいいか。逆再生して確かめるほどでもありませんね。


お銀: あ、パンツイッチョマンさん!


>ま、まあ、これだけ身近に居たらそう呼びますよね。でも、こちらの区分上はいつもの方針でいきます。


黒パンツの男: 久しぶりだな。


>そう呼び掛けて「よっ」と飛び下りる黒パンツの男。銀子先生の傍らにしゃがみ込む。


黒パンツの男: 確か、いこい君、だったな。


>頭に伸ばされた手を、いこい君は銀子先生の後ろに隠れることでける。


黒パンツの男: ハッハッハ、そんなに先生のことが好きか。大丈夫、先生のことを取ったりしないぞ。


>この間に銀子先生の表情はコロコロと変わる。まず「久しぶり」と言われたことに「あれっ?」と意外そうな顔をする。パンツの乱から一ヶ月経っていないからだ。一ヶ月で「久しぶり」と言われるのは、毎日顔を合わせていた家族やクラスメイトや同僚でこそ似つかわしい。その意外さは、いこい君への呼び掛けで納得に変わるが、表情としては、寂しさ混じりのものになる。そして、最後は距離を空けられた「先生を取らないぞ」発言。それにショックを受けた銀子先生だが、養老家の人間として打たれっぱなしで立ち尽くす精神性は持ち合わせていない。


お銀: いえ、取っても大丈夫ですから!


>だが、そのアピールはやや唐突だった。せめて、「パンツイッチョマンさんも」と付ければ――あ、まだ私から言ってはいけなかったですね。すいません。

>黒パンツの男は、案の定、わからないように首を傾げたが、すぐに回転し続けるメリーゴーラウンドに目を向ける。彼にとって世間はわからないことが多いのか、立ち止まって聞き直す姿勢は見せない。いつもの事だ。フロントラットスプレッド風の姿勢から、右手の人差し指をビシリと突き付ける。


黒パンツの男: ワンダー……ダック!


>世間の常識などお構いなしの黒パンツの男も、メリーゴーラウンドのグルグルルールからは逃れられないようだ。ワンダー・ダックの姿が向こう側に消えると呼び掛けを中断し、再登場してから続けた。その後、人差し指を天に掲げ、ようやくいつもの名乗りが……おっと、手を下ろした。


黒パンツの男:とうっ!


>黒パンツの男はメリーゴーラウンドを取りまく低いフェンスを乗り越えると、軽やかに回転するメリーゴーラウンドに跳び乗る。ちなみに、この程度のアクションなら普通の人でも簡単にこなせるぞ。でも、転倒の危険があるから非常時以外はやってはいけないぞ。そして、非常時は従業員さんの指示に従おう。たぶんメリーゴーラウンドの回転はすぐ止めてくれるはずだ。一般人としての対応についてはこのくらいにしておいて、黒パンツの男について考えてみると、おそらくこの行動は、名乗りがグルグルルールに巻き込まれるのをける措置そちだろう。ただでさえ上機嫌だった子供たちは、ヤンヤと喝采かっさいする。――え? 今時、ヤンヤなんて表現しない? それを言うなら、今の時代に裸一貫で押し通っている事の方が問題でしょう。言葉遣いは多少昭和臭い方がマッチしているのです。


黒パンツの男: ワンダー・ダック!


>ようやくワンダー・ダックと同じ土俵に立ったことで、メリーゴーラウンドのグルグルの呪いから逃れられた黒パンツの男。再びビシリと右手の人差し指を、数歩離れた先で、木馬に横乗りしているワンダー・ダックに突き付ける。


黒パンツの男: パンツをはかない貴様が、文明人である婦女子を人質に取るとは笑止千万!


>そういえば、ワンダー・ダックの詳しい描写をしていなかったですね。今、しましょう。まず、水兵さんの服を着ていないアヒルの着ぐるみを想像してみましょう。はい、皆さん想像しやすいですね。その着ぐるみの頭部が変わっていきます。まず、白一色から緑色への変化。もう一つの大きな違いが目の位置。あのアヒルモデルを含むら多くの着ぐるみ動物の目が前に並んでついているのに対して、ワンダー・ダックはより本物に近く、左右寄りに付いています。目が離れているとかなり印象が違うでしょう? 人によっては「怖い」と思うかもしれません。枚鴨まいがもワンダーランドのファンの一部からは、「(全国で)最も子供を泣かせるメインキャラクター」という呼び名が贈られています。いこい君が怖がるのも割と普通な反応だったんですね。でも、慣れると「ブサかわいい」と思えるようです。……え? 目が離れていたら、中の人はどうやって見えているか、ですか? それはくちばし部の付け根にスリットが……ゴホンゴホン。失礼、お子様も鑑賞していたのですね。何もありません。中の人なんかいません。はい。


黒パンツの男: パァァアンツーー


>おっと、始まってしまいましたね。遅ればせながら、説明します。黒パンツの男は、ワンダー・ダックへ向けていた右手の人差し指を天に掲げます。


黒パンツの男: イッチョマン!


>天に掲げた――って、メリーゴーラウンドの中だから、メリーゴーラウンドの天井に向けた右手が、左右にと動きながら下がって、腰の右側で払われる。それとも同時に前へ突き出される人差し指を立てた左手。


♯ バァァァーーン


>おっとー! いつもなら三段ズームの演出が、今日は右から左へとスライドしながらのズーム。ここにまでメリーゴーラウンドのグルグル効果が影響してしまったぞ。この半回転映像、お父さんお母さん世代なら、映画『マト――』え、具体的な名前は出さない方がいい? では、仮想現実世界を描いた当時映像が斬新で話題になった映画を思い浮かべる人がいるかもしれない。というか、もうそう再生された方もいるでしょう。しかし、多数のカメラを同時に動かした映像を繋げて作製する迫力ある映像と違って、今回はスライド途中に、間にある木馬で被写体が妨げられている場面があるので、ちょっとアレな印象です。いや、もちろん脳内再生する自由があるので、「今回はバレットタイム演出だぜ」と決めるのは素晴らしい事ですが、公式映像はそれほどではないので他メディア化した際にガッカリしないよう気を付けてください。あの映像手法はお金が掛かるから当番組では再生困難です。すいません。……え、言い訳はいいから、早く音楽流せ? あ、そうですね。では、音楽、お願いします。


♪ チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)




《中略》




♪「パァアンツー」チャッチャー「イッチョマーン」


ワンダー・ダック: ぱ、パンツイッチョマン!?


>ん? ワンダー・ダックは動揺しているようだ。いや、動揺している理由は分かります。何か悪さをしようとしている人は、パンツイッチョマンが現れると恐れるでしょう。しかし、それならもっと前から動揺していてもおかしくないのですが……あ、もしかすると、枚鴨まいがも市はなんだかんだ言ってまだ半裸の人の出現率が高いから、それらの半裸の一般男性モブと思っていたのかもしれません。まあ、それはそれで、困惑する相手ではありますが。


パンツイッチョマン(以降、「P1」と表す): ワンダー・ダック、今すぐこの回転木馬を止めて、子供たちを解放しろ!


ワンダー・ダック: 断る! なぜなら子供たちは喜んでいるんだもん。


P1: ……そうなのか?


>子供たちに聞こうと視線を下ろすパンツイッチョマン。既に近くに居た子供たちは木馬を降りてパンツイッチョマンを取り囲むと、ペチペチと肌を叩く。お相撲さんやプロレスラーもそうだが、どうして肌を露出している人をファンは叩きたくなるのであろうか? 例えば、相手が歌手なら握手なのにねえ。おっと、取り囲む子供の中に、かつてパンツイッチョマンのあそこをストライクしようとして、銀子先生に制止された女児、そのちゃんがいたぞ。また、彼女がロックオンしているのはあそこのようだ。危ない、パンツイッチョマン! そこは急所だ。子供の力とはいえ、ストライクされるとダメージは大きい。今回は、止めてくれた銀子先生が傍に居ないぞ。射程距離に対象を捉えるほど近づいたそのちゃんは、チラリと外へ目を向ける。銀子先生に見つかっていないかを確かめたのだろうか。しかし、ここで、銀子先生、子供相手に容赦のない蛇のにらみだ! ビクリと身を震わせて、硬直するそのちゃん。そのちゃんがその問題に直面するのは今から十一年後、高校の先輩と――あ、やっぱりこの情報は必要ない? そのちゃんのお父さんが悲しくなっちゃいますからね。


P1: しかし、子供たちにはお昼寝タイムもある。ここは止めさせてもらうぞ。


>メリーゴーラウンドに乗っている保育士たちは、パンツイッチョマンの言葉にうなずく。しかし、敢えて近づこうとはしない。むしろ、囲んでいる子供たちを呼び戻している。だが、ワチャワチャモードの子供たちにそんな声は届いていないようだ。


ワンダー・ダック: へへん。止められるものならやってみな。


>ワンダー・ダックは木馬から跳び降りると、お尻をプリプリと揺らすいつもの動きを見せてから後ろを向き、自分のお尻をペンペンと叩く。完全な挑発だ! これは危険です。私がワンダー・ダックの中の人――ゲフンゲフン。いや、私がワンダー・ダックだったら、しない行為ですね。挑発する相手が悪すぎます。その後、お尻をプリプリさせて、向こう側へ消えていくワンダー・ダック。


P1: 待て!


>と言って止まる相手はなかなか見ない。が、こんな事を言っていると、いつかはそんな人も出て来そうな、妙な期待というか、むしろ心配をさせられる、そんなゴツゴウ・ユニバース。

>パンツイッチョマンならすぐに追い着けるでしょうが、ここで問題となるのが子供バリア。さすがのパンツイッチョマンも吹き飛ばすわけにはいかないようで、身動きが取れないようだ。


P1: むむっ。ならば、直接止めるしかないか。


>パンツイッチョマンは身振りで子供たちに離れるように示す。しかし、体の小さい子供たちが離れるのは小さなスペースだけだ。走り出す余地は作ってくれない。パンツイッチョマンは、近くの木馬の両耳を持つと、腰を少し落とす。


P1: フン!


>気張るパンツイッチョマン。これは……押しているのか? ……えーと、どういうつもりなのでしょう。同じく訳が分かっていないでしょうが、頑張っているのは伝わったのか、子供の誰かが「がんばれっ!」と声を掛けた。それをきっかけに、子供たちから「がんばれっ、がんばれっ」とコールが掛かる。


P1: む、むむむっ!


>どこか空々しいパンツイッチョの踏ん張り。まあ、それはそうですね。この木馬は既に語ったとおりかなりの老齢なので、パンツイッチョマンが本気を出せばバラしかねません。そう考えると、これは「メリーゴーラウンドの回転を止める」というつもりの行動なのかもしれません。もちろん、自分の髪の毛を掴んで上に引っ張っても宙に浮かべないのと同じく、回転する物の上に乗っていたら、いくら踏ん張ったところでメリーゴーラウンドの回転を止められるわけがありません。


ワンダー・ダック: ハッハー、こっちだよ!


>いつの間にか降りていたワンダー・ダックが、離れた場所から手を振った。腕に付けている操作バンドを触ると、メリーゴーラウンドの動きが遅くなっていく。停止信号を発したようだ。パンツイッチョマンは、完全に止まる前に飛び出す。そりゃ飛び乗れたんだから逆もできますよね。ワンダー・ダックが向かうのは、『スリラー・ハウス』、ドッキリハウス系のアトラクションですね。照明が消えて動きがなかった施設でしたが、ワンダー・ダックの魔法(・・)で動き出す。


スリラー・ハウス: 坊ちゃん、嬢ちゃん、枚鴨まいがもワンダーランドにようこそ!


>怖ろしげな声で放送が流れ出す。スリラー・ハウスの前面に飛び出す看板として描かれている、魔神が話し掛けているていだ。ただし、言葉遣いは意外に丁寧なので、枚鴨まいがもワンダーランドのコアなファンからは「紳士な魔神」と呼ばれている。その魔神の口を模した扉に呑み込まれていくワンダー・ダック。それを追うパンツイッチョマン。彼が建物に入る前に、銀子先生が動いた。


お銀: よし、みんなも一緒に、パンツイッチョマンさんを応援しよう。


>ワーっと喜ぶ子供たち。各々(おのおの)が駆けだして混乱しないように、銀子先生はメリーゴーラウンドから出てきた子供たちに手をつながせて、制御下に置く。


年配の保育士: ちょっと、銀子先生。それって――


お銀: ここまで来たらパンツイッチョマンさんを応援するしかないでしょう! 助けてもらった恩もありますし、子供たちの応援と、あと私の応援があれば、パンツイッチョマンさんはいつも以上の力を発揮はっきできるんです!


>止められる前に勝手な持論を展開する銀子先生。しかし、その声には迷いはないので、なかなかの説得力を持っていた。もしかすると、養老家の教育の賜物たまものであるカリスマ性の発動かもしれない。そうだとすると、良くない使い方だと思います。


若い保育士: でも、子供たちもあれだけ興奮こうふんしていると、ちょっと休ませるのも大変ですよね。


年配の保育士: そうねぇ。それじゃあ、付いていくだけ付いて行ってみましょうか。


>結局年配の保育士も折れて、パンツイッチョマンを追う子供たち、というか実質銀子先生ご一行。若いカップルも、面白そうだと後を追う。その間に、パンツイッチョマンは既にスリラー・ハウスの中に入っていた。

>スリラー・ハウスの中は薄暗い。最初のゾーンは「くらやみの森」だそうだ。目の光るフクロウやコウモリなどが鳴いているていで――あ、いちいちてい表現はいらないですか、じゃあ、次からはていを省いた表現にしておきましょう――通る者を威圧する。


魔神: は、は、は、ハクション!!


♯ シュー!


>脇から噴き出す二酸化炭素ガス。くしゃみというてい――じゃなくて、魔神のくしゃみだ。それに対して、浴びながらもノーリアクションのパンツイッチョマン。


魔神: おっと失礼。しぶきが飛んでしまいましたかな。ヒッヒッヒ。


>ここもちゃんと謝っているあたり「紳士な魔神」の評判どおりだ。でも、このメッセージが流れるタイミングはちょっと遅い。このあたりのクオリティはやはり地方の古い――と表現するとディスっているみたいだな……歴史のある遊園地という感じですね。

つたの垂れ下がっているゲートをくぐった次のエリアは、大きなかまをぐつぐつている魔女の居る……魔女の部屋ってコンセプトかな? ……しかし、エリアごとのコンセプトはあるようですが、入り口の造りから考えると、魔神の体内かなと思わせて、屋外だったり、屋内だったり、全体の統一性はありません。このあたりも、歴史のある遊園地の施設らしさがでていますね。


魔女: へっへっへ、可愛い子たちだねえ。アタシのスープを一緒にいただくかい? それとも……スープのもとになるかい?


♯ ガラガラーン!


>ストロボライトと共に雷鳴がとどろく。……えーと、これはアレですね。映画の大画面で見たり、ヴァーチャルリアリティで体験したりする分には楽しめますが、音声多重総天然色(略)活劇ではちょっと……え? 大丈夫!? ちゃんと脳内構成できていますか? ……一部の人だけのようですね。……一応、次のエリアものぞいてみますね。


魔神: それでは、私の魔法を見せてあげましょう。あなたたちを異次元の空間へとお連れします。


>魔神の声が聞こえた小さな暗い部屋を抜けると、……ああ、あのパターンね。えーとですね。中央に手すり付きの橋が架かっています。周囲は星空のように光る点がいっぱいに広がっているのですが、それが時計回りに回転し始めます。……知っていますか? 周りの景色に釣られて、まっすぐ歩けなくなる感覚を楽しめるアトラクションですね。実は、単に周囲が回転しているだけでなく、橋がわずかにかたむくるところもミソなのですが……あ! 見ました? 橋が傾いた時にパンツイッチョマンも少しよろめきましたね。サングラスの影響か、動く景色による幻惑が効いていないのかなー、と真っ直ぐ歩く姿を見ていて思っていたのですが、それだからか余計に足場が動くという基本的な仕組みに反応したようです。

>……でも、やっぱりこのアトラクションは番組的には不発でしたね。……後ろから銀子先生と……若い方の保育士がキャーキャー言っているのが聞こえます。子供たちの声も聞こえますが、大人の方が楽しんでいるようです。まあ、番組との相性は良くなかったですが、施設としては悪くないみたいですね。しかし、もう中に留まる必要はないので出ましょう。そして、パンツイッチョマンが出てくるまで時間を進めますね。

>ちなみに、外では大半の子供たちが待っていた。スリラー・ハウスの魔神はこの年代の子供たちには十分恐ろしいようだ。それが成長してくると「意外に礼儀正しい魔神だったな」と思えるようになるとは、なんだか枚鴨まいがも市民の成長を測るバロメーター的な存在でもあるんですね。枚鴨まいがもワンダーランドが枚鴨まいがも市民に愛されているのが納得できる施設でした。

>スリラー・ハウスを当然先に出ていたワンダー・ダック。待っていた子供たちに手を振った後、内緒にしてねと言いたげに口元に人差し指を立てるジェスチャーを送り、別の施設に入っていきます。しかし、子供たちはそんな指示を当然守りません。そもそも、「約束を守る」と言っていないので教育上間違っているわけでもありません。そういうわけで、パンツイッチョマンが「奴はどこへ行った?」と周囲を見回すと、「あっちあっち!」「あそこに入ったよ」と口々に叫んで指を差します。パンツイッチョマンはそちらを一度見ますが、変わらずキョロキョロを続けます。えーと、これはたぶん、ある理由からパンツイッチョマンが敢えて子供たちのアドバイスを無視しているのだと思います。ここはその理由を語るより、施設の名前をお伝えした方がいいでしょう。その施設は『極寒の世界! 氷の脅威ワンダー』です。……ええ、パンツイッチョマンは身なりから推測できるとおり、寒いのが苦手なのでしょう。

>ついに銀子先生たちまで出てくると、仕方なく、パンツイッチョマンも『氷の脅威ワンダー』館に向き直ります。これは、歩くタイプのお化け屋敷に入ったけれど、怖くて先に進めなくて、後から間隔を空けて入った人たちに追いつかれて、仕方なく先に進む状態に似ています。なお、後から来た人が若いカップルで、「キャー、怖い」と二人で盛り上がりたかったのに、と考えていたら、前の人はお邪魔虫になりますから、入る前から怖くて先に進めないと思う方は入場を控えましょう。まあ、一番楽しめる人はそこがギリギリ超えられるかどうか、という人なので、難しい判断ではあります。施設側の考えは……えーと、「金さえ払ってくれれば、みんなお客様」だそうです。はっきりしていますね。……あ、でも「破壊行為する人は客じゃない」ので、それはやめましょう。禁止行為です。


お銀: あの、良かったら、わたしが、その腕、ギューッとしましょうか?


>銀子先生が、気が進まない様子のパンツイッチョマンに、腕組みをしましょうとアピールをする。腕を組んだら寒さも和らぐという主張のようだが……既に銀子先生の両手は児童の小さな手で塞がっていた。そのせいで、パンツイッチョマンにチラリと見られただけで、特に声を掛けてもらえず、流された。

>だが、パンツイッチョマンは警戒する必要はなかった。この施設も、他の施設同様、ワンダー・ダックが入る間際に電源を入れられたから、中の温度はほとんど下がっていなかったのだ。考えれば、そりゃそうか、と思うことだが、パンツイッチョマンはそう考えられないほど敬遠したかったようですね。意外に、ワンダー・ダックはパンツイッチョマンの弱点を発掘してしまったのかもしれません。……ちょっと待ってくださいね。…………はい、予想どおり、中では取り立てて面白いイベントは起きませんでした。パンツイッチョマンがぬるい温度の施設から出たところから再開しましょう。


P1: 待て! ワンダー・ダック!


>階段を上っていくワンダー・ダックの背中に、りずに呼びかけるパンツイッチョマン。でも、良く考えてみたら、これって何を目的に追いかけているんでしょうかね? 最初は子供たちがメリーゴーラウンドに閉じ込められたと受け取れますが、もう子供たちは解放されて、一緒に追いかけています。ある意味、パンツイッチョマンが引率しているような構図です。メリーゴーラウンドの中で木馬を止める素振りを見せたあたり、もしかするとこれは、ワンダー・ダックとの出来レースかもしれません。やらせ、八百長、ですね。……でもまあ、「真面目に戦っている」という名目でお金をもうけているわけでもないので、迷惑を掛けられていない者は特に文句を言う筋合いではありません。文句を言っていいのは、枚鴨まいがもワンダーランドの関係者でしょう。しかし、ワンダー・ダックを見かけた枚鴨まいがもワンダーランドの従業員は、「あ、ワンダー・ダックだ!」とうれしそうに手を振っていました。こちらもグルなのかもしれません。そういう意味では、遊具を動かしてもいないのに、従業員があちこち歩いているのが不自然だ、という意見はあるかもしれませんが、それは通常どおりでした。遊具は動かしていなくても、基本的に入場客は園内の全域を歩いて良かったので、それらの人の見張り――というと感じが悪いので――案内や掃除のために、あちらこちらに配置されていたのでした。

>えーと、問題が発生しているようです。階段を上るワンダー・ダックはかなりハンデを付けられていたのですが、ドテ足では上りにくいらしく、速度がかなり遅い。一方、パンツイッチョマンはこれ以上ない身軽な格好の上、元々運動能力が高いので、差がみるみる縮まって、これは階段を上った後すぐに追いついてつかまっちゃうぞ、という流れですね。


ワンダー・ダック: へへへ、こっちだよー!


>おっと、意外や意外! 階段を上って見えなくなったワンダー・ダックが数十秒も経たない間に、別の場所に移動していました。これは『天空サイクル』のようです。モノレールを自転車のようにペダルをいで進む乗り物です。自転車のような形ではなく、ソファの足の部分にペダルが付いている形状です。……これも、ベタ足のワンダー・ダックは苦戦しています。人の足なら、サンダルのようにひっかけられるガイドがあるのですが、ワンダー・ダックの大きな足では通りません。結果、押す時はいいのだけれど、戻す時は少しから回るようです。もちろん、ペダルは両足で動かすので、もう片方の足で押すと回転が止まってしまうことはないのだけれど、ちょうど一方の足が伸び切ったあたりはもう片方の足が最大に縮こまっている時なので、ぬいぐるみ足では滑るのかな。なんにせよ、もたつき感があります。


P1: ぬう、いつの間に!


>もう、これは考えられるトリックは一つしかありませんね。ワンダー・ダックが二人いるのでしょう。多くの着ぐるみはスペアが――あ、そうだった。えーと、双子! そう、ワンダー・ダックは双子なのかもしれません。いつもは、どちらかが働いている間、もう一人は休憩しているのでしょう。倉庫の中で力なく横たわって。……あ、最後の部分は余計でしたか。

>というか、パンツイッチョマン、ちょっと危ないですね。『天空サイクル』は頭上高くに渡されたモノレール上を通っていくのですが、パンツイッチョマンは、常人離れした運動能力でそこへよじ登ろうとしています。さすがに、下から飛びついて乗れるほどの跳躍力はありませんが、閉まっている売店の屋根によじ登ると、モノレールの柱の半ばに取りつき、するすると上ってしまいます。そして、モノレールの上に立った! バランスを取るように両手を広げると、難なくモノレールを進みだす。いつの間にか集まっていたギャラリーから歓声が湧く。いや、説明していなかったので、「いつの間にか」と言いましたが、実は、メリーゴーラウンドから移動して以降、園内を散策していた入場客を吸収する形でギャラリーは増えていました。今では、最初のメンバーを除くと、十名以上になっています。

>危ない! ワンダー・ダック!! 今はもう木々の向こうに消えてしまいましたが、あの進行速度から考えると、乗り降り場に到着する前にパンツイッチョマンに追いつかれてしまうのは必至です。ワンダー・ダックが近づくパンツイッチョマンに慌ててしまったら、あの空回り率もぐんと上がるでしょう。ギャラリーもその捕縛劇ほばくげきを予想したのか、モノレールを辿たどって、移動を開始しています。


ワンダー・ダック: へっへっへぇ、こっちだよー!


>今度聞こえてきたのは、園内放送を通じてのワンダー・ダックの甲高い声。動きが止まるパンツイッチョマン。ギャラリーたちも、この声はどこからだ、探します。


ギャラリーたち: 「どこだ、どこだ」「あ、あそこだ!」


>ついに見つけた一人が――っていうか、あなた従業員じゃない。ま、いいか――指差した先は、枚鴨まいがもワンダーランドをぐるっと周回するコースター『ワンダーウィング』の乗り降り場。


P1: ぬぅ、いつの間に!


>いや、だから、分身ダブルトリックだって。……という呆れた指摘も届かず、モノレールを降り始めるパンツイッチョマン。次は、『ワンダーウィング』乗り場に向かうぞ。もちろん、ギャラリーも付いていく。しかし、パンツイッチョマンが着くより前に、ワンダー・ダックはワンダーウィングに乗って出発してしまった。


♯ ギッコンギッコン……


>ゆっくりとしかし確実に位置エネルギーを獲得していくワンダーウィング・コースター。


ワンダー・ダック: へっへっへー。ここまでおいでぇ、だ。


>もうテンプレ感、はなはだしい挑発。というか、個人的には、ワンダー・ダックの大きな頭でも機能している安全装置が……あ、そうか、一旦頭を外して――あ、いえ、何でもないです。たぶん、ワンダー・ダックの魔法の力です。


P1: ぬぅ、さすがにこの急傾斜では、追いかけるのはいささか骨が折れる。しかし、ローラーコースターならば、園内を一周すれば戻ってくるはず。


>うん、今更ながらな指摘に、「え、それっていいの?」と思ってしまいますね。だって、これまでの施設も、中に入って追いかけずに出口で待っていたら終了でしたから。


P1: ならば、こちらから向かえば、先回りできる!


>パンツイッチョマンが、レールの逆側に目を向ける。あ、嫌な予感。


P1: とうっ!


>気合の声と共にレールに降り立つパンツイッチョマン。良い子は真似してはいけませんよ。そして、――あ、やっぱりそうか――ローラーコースターが戻ってくる側に駆けていく。良い子は絶対に真似してはいけませんよ! 不幸なことに、乗り降り場にはこんな無謀むぼうな試みをするパンツイッチョマンを止める人はまだ到着していなかった。パンツイッチョマンは足が速いので、ワンダーウィングの乗り降り場まで一気に駆け上がってきたのだ。そして、まだ下にいる人たちは、目にしたことのないローラーコースターのレールを逆走する半裸の男の姿を目にする!


お銀: ぱ、パンツイッチョマンさん!?


>銀子先生も当然驚く。そして、生じるざわめき。ワンダーウィングに乗っているワンダー・ダックは、視界が狭いのであろう、おそらくパンツイッチョマンの存在には気付いていない。ギャラリーがいる方向へ顔を向け、手を振るので精一杯のようだ。というか、もしパンツイッチョマが先で待ち構えていると気付いても、動き出したローラーコースターは例え雷が落ちて園内が停電しても止まらない代物なのだ。


♯ ゴーー、ガーー!!


>轟音を上げて、かっ飛ばすローラーコースター。そして、緩やかなスロープ――ローラーコースターの終盤は勢いを消すために上り坂構造になっている――を駆け下りて行くパンツイッチョマン。これは、もしかして、向かってくるローラーコースターを止める算段なのか? それとも、ローラーコースターに飛び乗る考えか? それは他の作品のヒーローなら問題なく実行できるかもしれないが、このゴツゴウ・ユニバースでは危険極まりない行為だぞ! ほら、桜ちゃんが投げ飛ばされた回でも、他の作品のヒーローなら難なく着地できる高さを、パンツイッチョマンが回転しながら勢いを消したのに体中傷だらけになっていたでしょう。まして、ローラーコースターに向かったら、そのままかれるより衝撃は大きくなります。そのへんの物理法則は曲げてくれない世界なんですよ、ここは!!


♯ ゴーー、ガーー!!


>終点に近づくにつれ勢いは落ちているが、まだまだ致死圏内の速度と質量をもっているワンダーウィング。一方パンツイッチョマンの勢いは止まらないどころか、下り坂でこちらは勢いを増している。ついに、耐えきれずに悲鳴を上げ始めるギャラリーが出てきた。年配の保育士は惨劇さんげきを直視させまいと子供たちを集めて、頭を低く下げさせる。が、好奇心の強いそのちゃんはするりと抜けて見上げてしまったぞ。


P1: とうっ!!


>近づいて来るローラーコースターに合わせて跳躍するパンツイッチョマン。轟音を鳴らしてその場を通り過ぎるワンダーウィング。その後、無事ローラーコースター台の骨組みにヒーロー着地をするパンツイッチョマン。……あ、まあ、考えてみたらそうですね。パンツイッチョマンの跳躍力じゃ、スピードがついたローラーコースターは跳び越えちゃうもんね。


P1: ぬぅ、逃したか。


>ヒーロー着地の姿勢で振り返るパンツイッチョマン。ハラハラさせられたギャラリーはちょっと怒り顔だ。私も同じ気持ちです。八百長をするにしても、もっと安全な方法があるでしょう、と思いますよね、みなさんも。

>パンツイッチョマンの暴走は、ワンダー・ダックの逃走する余裕も与えてしまった。レールを駆け戻っている間に、ワンダー・ダックはワンダーウィングから降りて、また次の施設へと逃げて行ってしまったのだ。

>……えーと、本当はまだ幾つか逃走劇は繰り返されるのですが、もういいですよね? 本当の事を言うと、これまでの部分でも既に幾つか遊具を飛ばしています。「この遊園地の回、好き!」と思っていただいた視聴者の方は、独自のシーンを追加していただいて、もちろん構いません。というか、次回、現実に遊園地へおもむいた際、「あの乗り物をパンツイッチョマンとワンダー・ダックはどう乗ったんだろう」と考えると、楽しいかもしれません。もしくは「いや、何を考えているんだ、俺」と急に空しくなる恐れや、自分の心が安定してない不安を感じる危険もあるので、やっぱり控えた方がいいのかもしれません。

>と、色々あって、ワンダー・ダックは庭園の小舞台へと追い詰められていた。その前に、フロントラットスプレッド風に立ちふさがるパンツイッチョマン。


P1: もう気が済んだか?


>そう問い掛けるパンツイッチョマンの声はいつになく優しかった。


ワンダー・ダック: 気が済んだか、だって? そんなわけないだろ。枚鴨まいがもワンダーランドが終わってしまうなんて、そんなの受け入れられるわけがない!


P1: だが、もうこれ以上は本当に放っておけないぞ。枚鴨まいがもワンダーランドの赤字にさらなる赤字を重ねさせるわけにはいかない。


>小舞台を半円に取り囲むギャラリーの中にいる、年配の従業員が何人か頷いた。中盤以降は、余裕がなくなってきたせいか、ワンダー・ダックからの施設電源オフの操作は度々忘れられていた。それらは、従業員の方々が停止させていたのだ。


ワンダー・ダック: かねかねかね!! ここは夢と魔法の国ではないのか!?


P1: 夢と魔法の国でも、動かすのにお金はいるのだ。なぜなら、お金もまた魔法の一つだからだ。


>ギャラリーの中の大人から、どよめきが起きる。まさか、半裸の男から意味深な言葉が聞かされると思っていなかったからだろう。


P1: ワンダー・ダック、貴様の魔法の力は尽きた。私が、引導を渡す。


>パンツイッチョマンはペタペタとワンダー・ダックへ近づくと、左手を一閃させる。


P1: イッチョマン・スラップ!


♯ バコッ!


>こ、これはっ!! えーと、お子様とご鑑賞の方はうまくごまかしてください。私は、起きていることをありのままにお伝えします。イッチョマン・スラップで、ワンダー・ダックの頭が吹き飛んだ。ワンダー・ダックの胴から生えていたのは、白髪頭の老人だった。


従業員: お、大館おおやかたさん……。


大館おおやかた直史郎なおしろう。遊園地業界である程度の期間過ごした方は知らぬ者がいない伝説の男だ。元は遊具の設計をしており、ローラーコースターの大館おおやかたしき懸架法けんかほうを考案し、世界中にその技術を採用された偉人だった。その業績から設計部を任されるようになったが、「現場を知らぬ者は、顧客に応える設計はできない」と部長の席を固辞、設計部と兼任ながら整備部に籍を移した。その後、紆余曲折あり、遊具メーカーから退職、ここ枚鴨まいがもワンダーランドで作業員として働いていたのだった。


大館おおやかた: みなさん、すみません。……でも、もう一度、あいつらを動かしてやりたかったんです。


>従業員に対して頭を下げる大館おおやかたさん。それから、彼はパンツイッチョマンに向き直った。


大館おおやかた: 途中で、追いつかれそうな俺を助けてくれた、もう一人のワンダー・ダックは、後輩の佐奇森さきもりだと思う。俺のこの計画を話したのはあいつだけだったから。でも、あいつは俺の計画に乗っただけだ。悪いのは俺一人だ。


P1: ……あるいは、本物のワンダー・ダックだったのかもしれないな。君の心意気にほだされて、力を貸してくれたのかもしれない。ワンダー・ダックは元々いたずら小僧だからな。


大館おおやかたさんはポカンとした顔をした後、笑った。


大館おおやかた: そうだな。きっと、そうだ。


>ペタンと座り込む、ワンダー・ダックの胴体のままの大館おおやかたさんは、パンツイッチョマンを見上げる。


大館おおやかた: ああ、もう、気が済んだ。というか、諦めがついた。枚鴨まいがもワンダーランドが終わって、俺も終わりだ。さあ、警察に突き出してくれ。


P1: あいにく、私は、君の処遇を決める立場にはない。それを決めるのは従業員の皆さんだ。


>パンツイッチョマンがギャラリーに交じっている従業員を見回していく。直ちに判断を下すのが難しいのか、多くの者が目を反らした。


P1: それにもう一つ、訂正すべき内容がある。枚鴨まいがもワンダーランドは完全に終わってはいない。


大館おおやかた: え?


P1: 確かに、遊園地としての役目は果たした。しかし、次の世代の心に、ドキドキワクワクの種はかれた。それはいつか、遊具とは違う形で花開くだろう。それでいいのではないか? そうして、文明は次の世代に受け継がれていくのだから。


大館おおやかた: ……ああ、そうか。そうだったんだな。現場を知らないと、と大きな口を叩いていたが、俺は何にもわかっちゃいなかったんだな。


P1: うむ。では、私の役目も終わったようだ。後はみなさんに託そう。


>そう言うと、パンツイッチョマンが駆け出した。向かうは、庭園の一角。さらにやぶに飛び込み、一旦消えたその姿は、奥のフェンスをよじ登っている形で再認識される。やぶの中で拾ったのであろう、いつか見た唐草模様の風呂敷を背負っていた。フェンスの上には有刺鉄線が張ってあった。しかし、この一角だけは、繋ぎ目部分になっており、有刺鉄線に隙間があった。これは、枚鴨まいがも市の男の子たちの間では有名な隙間だった。「あそこから入ったら、無料ただだぜ」と言い合って、そういう冒険を夢想していた時期を経て、大人になる間に「それほどのリスクを冒して入るほどの価値はないな」と考えが変わり、いつの間にか忘れてしまうのだが、もしかするとパンツイッチョマンはそれを覚え続けていたのかもしれない。

>そうして、去っていくパンツイッチョマン。終盤、銀子先生の出番が大いに減った気がするのは、単純に締め切り時間の問題だ。


==次回予告==

妖魔があふれるハロウィン

その日は、悪意もあふれ出す

悪意の湧きだす穴を塞げるか パンツイッチョマン


次回『第十二話 アナーキー』

パンツ洗って、待っときな。

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