第十話 本物は誰だ!パンツ〇〇マン?(4)
ナレーター(以下、「>」と表す。):前回、一部視聴者から「衝撃を受けた」とお声をいただいた『パンツの乱』。今回はこの騒動を中心にお送りします。
>さて、半裸の男たちの集団にカチコミをかけた仮面の男たち――え? 仮面という印象はない? あれ? 伝え忘れていましたかね。じゃあ、今お伝えしますね。犯罪行為をする気満々の連中なので、身元がわかりにくいよう仮面を被っていたんですね。半裸の男たちもほとんどが素顔ではありません。「あの人ってそういう趣味なんだ」と知られるにはまだ抵抗があるのでしょう。声を上げるからには素性も晒せ、とお思いの方もおられるでしょうが、そうしたことで受ける被害について何ら関わらないから言える側面もあるのではないでしょうか。ともかく、当番組は、この手の嗜好の方々を暖かく見守っていく方針です。視聴者の方々も同調してくだされば幸いです。生暖かく見守るのでも結構ですよ。
>さて、襲撃にいち早く気付いた人たちの中に、桜ちゃんたちがいました。デモ集団の後ろから少し離れて付いてきていたから、変化に気付きやすかったんですね。比較すると、半裸の男集団に飛び込んでいた銀子先生は、あたりが騒然とするまで気付きませんでした。
桜: ちょっと、あれ!
>藪から飛び出してきた仮面の集団を指差すと、桜ちゃんはすぐに肩掛けバックパックをクルリと回し、中から物を取り出そうとする。
桜: 助けないと!
>お、この発言からすると、フリップフロップ・チェリーへの変身ですね。変身ヒロインの番組なら、華麗な変身シーンが流れるのですが、あいにくそういう演出はありません。……誰ですか? 「使い回しのシーンなんかつまらない」なんて言っている人は。ああいったシーンは、使い回されるのが前提だから、さらりと一回で流されてしまうシーンに比べたら、気合いを入れて創られているんですよ! 構図や描きこみ具合など、いわばその製作陣の力の結晶です。だから、ここがイケていない作品は「他も大した事はないな」と見切ってもいいかもしれません。しかし、いかに製作力の結晶とはいえ、フィルム劣化の摂理からは逃れられず、変身シーンだけ色合いが変わる、という現象が昔のアニメを観ていたらありますよね。デジタル化された情報を使っていたら劣化はありません。技術の進歩って、変身シーンからでも実感できるものなのですね。
>と話して繋いでも、フリップフロップ・チェリーへの変身は完了していません。目の穴をあけたバンダナを巻くのは簡単だけど、穴の位置の調整には手間が掛かるようだ。もちろん、カチコミ班は既に接敵状態にあるが、あっちの描写をすると、こっちに戻って来にくいので、このまま続けます。友庫さんは、桜ちゃんの前に立って、ズレなどの確認をしていたが、何かに気づいたように顔を上げると、桜ちゃん――いや、もうフリップフロップ・チェリーと呼ぶべきか……うん。いつもの、「本人が名乗るまで変身ありと認めない」方針で行きましょう。で、友庫さんが桜ちゃんの肩を叩くと、気付いた事を伝える。
友庫: ねえねえ。もし、このまま放っておいたら、パンチョさんが誰かはっきりするんじゃない?
>瞬間、桜ちゃんが友庫さんを睨みつける。
桜: は? そんなのダメに決まってるじゃん。他の罪のない人が殴られているのを見過ごすの? もし、本気で言ってるなら――
友庫: ごめんなさい! 間違いでした。
>説教モードに入りかけた桜ちゃんに、友庫は両手を合わせて頭を下げる。本気で反省しているようだ。いわゆる出来心だったのでしょう。まあ、恋は盲目っていいますからね――え? 恋心なの?
桜: うん、わかったらいいのよ。……これで大丈夫かな?
>桜ちゃんが、前髪がちゃんと髪留めで上げられているか手で触って確認する。普段は前髪で隠している、例の結晶状の何かを剥き出しにしなくてはいけないからだ。出るか出ないかわからないビームを発射する度に、前髪を焦がすわけにはいきませんからね。
友庫: うん。ちょっと待って。……はい、いいよ。
>まだ収まりきっていなかった髪を直し、友庫さんが微笑む。
桜: ありがとう。じゃ、行ってくるから、ここで待ってて。
>そう言って、肩掛けバックパックを友庫さんへ預けて、前へ踏み出す桜ちゃん。既に、集団は混戦状態だ。
桜: よーし、まずは出るか出ないかわからないビームで――
友庫: いや、ダメでしょ!
>今度は、友庫さんが怖い顔をして、後ろから桜ちゃんの肩を叩く。
友庫:誰が誰だかわからないんだから、危ないでしょ!
桜: う、うん、そうだったね。なんか出す機会がなかなかないから、つい先走っちゃうんだよね。
>テヘペロでごまかす桜ちゃん。ムッと怒った顔をしていたが、ふっと表情を緩める友庫さん。どちらも、反射的に相手に怒ってしまったが、それが二人の友情を強めたようだ。
友庫: いってらっしゃい。正義のヒロインさん。怪我したらダメだよ。
桜: 任せておいて。
>胸を叩くと、暴徒へと駆けていく桜ちゃん。足が速いうえにさほど離れてもいないので、数秒後には騒動の輪の端に着く。そこで、片足に軸を置いて立つと、逆の腕をくの字に曲げて自らの腰を持つ。
桜: 私は、不思議結晶美少女ヒロイン――
>あ、自分で「美少女」って言っちゃうんだ。いや、私は同意だけど、自分で言っちゃうのはちょっと――え、様式美? じゃあ、それで良いとしまして、桜ちゃんは腰に当てていた手を上げて、額の前で翳す。
桜: フリップ、フロップ――
>手の甲、手の平と額の前に翳していた手を反転させる。
桜: ――チェリー!
>最後は、ひらめかせた手をこめかみ横に移して、立てた二本の指を傾けると、弧をかいて腕を下ろす。
♯ シャララ~~ン、パンパパンッ!
フリップフロップ・チェリー(以下、「FFC」と表します。): って、誰も見てないじゃん!
>両手を拳にして胸元から下ろすと同時に、片足で地面を踏みならすフリップフロップ・チェリー。まあ、ワチャワチャしていたらこんな名乗り、なかなか聞いてもらえないよね。でも、SEさんは聞いていて、ちゃんと効果音を入れてくれましたよ。流れ星とクラッカーという感じだったかな。――って、こちらの呼び掛けは聞こえないから、意味ないよねぇ。
FFC: んもぅ、容赦しないからね。
>フリップフロップ・チェリーの名乗りを聞いていないのは、殴り合っている人にとっては不可抗力なので、無視された怒りをぶつけるのはいささか不当だと思いますが、この声もフリップフロップ・チェリーには届きません。そして、怒れるヒロインは、昔のアニメなら土煙表現が適応されている現場に飛び込んでいった。
>さて、時間は少し巻き戻ります。武装した集団に襲いかかれたデモ隊は、最初の対応として硬直しました。その後、大半の人が実に正しい対応をしました。逃げ出したのです。ですが、逃げようにも、外周部にいなくてはまともに動けません。本来は通行の邪魔にならないよう、二列縦隊で歩いていたのですが、やっと広い空間に来たことと、ここで休憩をとるべきか話し合おうとしたので、丸く固まってしまいました。逃げにくい陣形になったからこその襲撃ともいえます。その結果、逃げようと考えたのはおよそ半数でしたが、実際にそう行動できたのは全体の二割くらいでした。残ろうとした者のうち一番大きな割合の行動は、パニック状態に陥って、あるいは状況を見定めようと思って――見方によっては、静観を選択している事がパニック状態とも言えますが――動かないことでした。次に多かった反応は、抗議でした。が、こういった人たちは、暴漢に「うるせぇ」と殴られました。そして、ごく少数の者が、暴漢に暴力を以て立ち向かいました。その一人がもちろん――
黒パンツの男: 私は文明の守護者、パァァーーンツゥゥ――
>ギャラリーが間近なせいか、いつもより溜めが長いぞ。そしてポージングはいつもどおり。……え? 省略するな? 仕方ないなぁ。肩幅に開いた両足。左手は腰、右手は人差し指を立てて天空へと伸ばします。
黒パンツの男: イッチョマン!
>右手を左右へと振りながら下ろし、腰の高さで払う。左手は、人差し指を立てて、真っ直ぐ前に突き出す。
♯ バン、バン、バン!
>左、右、正面とバストアップのズームイン! うーん、安定の演出。そして、皆さん待望のテーマ曲。
♪ チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)
《中略》
♪「パァアンツー」チャッチャー「イッチョマーン」
>そう、当番組にとってはこれが「変身シーン」みたいなものでしたね。「そんなことを言っても、音声多重(略)活劇では、解像度がどうとか、演出がどうとかもねえだろう」とお思いですか? ええ、その点は仰るとおりですが、別の深彫りが既に為されているのですよ。もし、この『文明の〇〇 パンツイッチョマン』が他メディア化した時、今の視聴者の方の中には、「ついに『パンツイッチョマン』も実写化かぁ。感慨深いなぁ」と感じながらも、この名乗りのシーンを観て「あれ? 三連ズームの感じが違わない?」とか「テーマ曲、ちょっとイメージに合ってないぞ」とか感じるかもしれません。それは、繰り返し名乗りのシーンを脳内再生したことで、自分なりのイメージができあがってしまっているからです。そう、名乗りのシーンを深彫りするのはあなた自身なのです!
♯ ジャジャーーン!
>あ、SEさんもありがとうございます。そんなに大袈裟にするつもりもなかったんですが、まあノリですね! ですが、もちろん、そう感じない視聴者の方も多くおられるでしょう。そもそも、他メディア化という仮想の時点で無理がありましたからね。
>さて、一時停止から再生へ。他がワチャワチャしている中、パンツイッチョマンの周囲には不思議と空間がありました。おかげでカメラワークは困らなかったのですが、ゴツゴウ・ユニバースの人々がこちらの事情を斟酌してくれたはずはありません。この隙間は、パンツイッチョマンの持つ存在感、発散されるオーラから生じたのでしょう。現に、名乗る前はわりと周囲に溶け込んでいましたから。……もちろん「あ、危ないヤツだから距離を取ろう」と思われて、サーッと引かれた線も否めないが。しかし、引き下がっている人ばかりではない。
暴漢A: パンツイッチョマン! てめえのせいでっ!
>早速、近くに居た暴漢が持っていたバットを振り下ろす。しかし、ヒラリと身を躱しつつ、踏み込むパンツイッチョマン。
パンツイッチョマン(以下、「P1」と表す): イッチョマン・スラップ!
♯ パチン! ……ドサッ!
>殺陣のように、交差して数拍置いてから倒れるバットの暴漢。時代劇と違うのは倒れた男の右頬に赤く手形が残っている点だ。周囲にいた他の暴漢がザッと一歩引く。一瞬で倒された男は、ここに至るまで何人もの半裸の男を倒してきた猛者だった。当然「アイツが、あんなアッサリと……」とビビる。ビビったらもう、投降すればいいんだけどねぇ。
P1: どうした、穴穿きの手先ども!
>え!? そうだったの? ……穴穿きの痕跡は探知しにくいから、すぐにはわかりませんでしたが、関与があったのかもしれません。あるいは、パンツイッチョマンの思い込みか……。
P1: そっちが来ないならこっちから行くぞ! イッチョマン・スラップ・タイフーン!!
>うわーっ! 穴穿きについて確かめる前に出ちゃった! イッチョマン・スラップの連続技。確かに対集団の技ですが、花見の席をめちゃくちゃにした荒技でもあります。
暴漢B: く、くそーっ!
>逆上して、プラスチックバットで襲いかかる別の男。あ、考えてみれば、花見の席でパンツイッチョマンに恨みを抱いた連中からすると、因縁のある技でしたね。そりゃあ、煽られても仕方ない。
♯ パチン! ドカッ!
暴漢C: 丸腰ビンタ風情が、粋がるな!
>お、この木刀の男は、幾らか手強そうです。構えが違いますからね。暴風のように近づいてくるパンツイッチョマンに対して、下段からの切り上げ!
♯ ブン! パチン! バタッ!
>うん、まあ、効かないよね。もはや常人には止められないと思います。
♯ ビタン! バサッ! パチン! バタン!
>あ、もう音を拾わなくていいですよ。立ち向かう暴漢を次々と吹き飛ばしていく様はまさに台風!
暴徒被害に遭っていた連中も頭を抱えて遠ざかります。うん、みんな離れてくださーい。
男: き、君、ぼ、暴力はいかんよ!
♯ ぺチン!
>あ、デモ隊側の人、半裸じゃないので支援者とも呼ぶべき中年男性が巻き込まれちゃいました。おっと、意外にもここでパンツイッチョマンも止まった! イッチョマン・スラップ・タイフーンを止めるには、一般犠牲者を出せばよいようです。……って、まともな止め方じゃないですね。パンツイッチョマンも寸前で気付いたらしく、止めようとして止まりきらなかったようです。ですが、力が弱まったおかげで被害者は吹き飛ばされるほど叩かれませんでした。しかし、意識は朦朧としているようで、そのまま膝から崩れ落ちる――前に、パンツイッチョマンが相手の左脇に腕を突っ込んで支える。
P1: 大丈夫か? しっかりしろ!
>いや、倒したのは貴方ですから。
P1: イッチョマン・スラップ!
♯ ピタン!
>振り抜かず、頬で止めたビンタ。それを受けて、ハッと目を覚ます中年男性。もちろん、パンツイッチョマンが身近にいるのに驚いて、パンツイッチョマンの体を押すようにして立ち上がります。
P1: うむ。もう大丈夫なようだな。
>パンツイッチョマンは満足そうに頷くと、まだ騒動が収まっていない方向へとスタスタ歩いて去って行く。中年男性はその背中に片手を伸ばしたが、制止の声は掛けられなかった。下手をすればどういう目に遭うか、身を以て知ったばかりだからだ。
>しかし、通常版も、洗脳解除版も、気付け版も、まとめて「イッチョマン・スラップ」なんですね。これはまた、通の間で、気付け版の呼称について議論が巻き起こるでしょう。
>ところで、銀子先生はどうしているんでしょうね? パンツイッチョマンの名乗りを聞いていたら、駆けつけそうなのに……。ちょっと時間を戻して確認してみましょう。
♯ キュルキュルキュルル~~
>……はい、銀子先生、見つけました。襲撃の怒号を聞いた瞬間は、あ! うっすら笑っていますね。心の声は「来た!」です。パンツイッチョマンの登場を期待したトラブル好きになってしまったようです。その後、暴漢は集団の端から攻めていきます。周囲の人々は混乱し、悲鳴が上がります。銀子先生もキョロキョロして、混乱しているように見えますが、その目に怯えはありません。これは、パンツイッチョマンを探しているんですね。その場で待っていられないのか、デタラメに流動し始めた集団の中で、人をかき分け目当ての人を探し始めます。……が、あいにく、えっとちょっと止めて上から見てみましょう。えーと、銀子先生がいるのはこのあたり、赤い円で囲ったところですね。そこから、この赤い矢印の方へ進んでいます。外周側ですね。一方、パンツイッチョマンがいるのはこの青い円――あ、パンツの色に合わせた黒い円ですか。はい、この黒い円のあたりです。銀子先生の進行方向はほぼ逆ですね。というわけで、すぐに遭遇は起きなさそうです。パンツイッチョマンはこうやって螺旋状に動いているので、銀子先生もそのうち暴風圏に巻き込まれそうですが……あ! さっき、このイッチョマン・スラップ・タイフーンが止まってしまうのを見ましたね。だから、やっぱり二人の遭遇はすぐにはありえなさそうですね。パンツイッチョマンから探しに行くとは思えないので、銀子先生がパチンに気付いて向きを変えるくらいしかないかなぁ。幸い、さほど大きい集団でもないので、倒されたり逃げ去ったりする人が増えれば、視界は開けるはずです。……お、銀子先生、何かに気付いて足を止めましたね。視線の先にあるのは……ん!? 少年、泣いている少年です! どうして、こんなところに……。驚きつつも駆け寄る銀子先生。
銀子先生(以下、「お銀」と表す。): どうした? お父さんやお母さんは?
>少年は小学校低学年といったところか、泣きながらも、首を左右に振って返答をする。しかし、それだけでは親がどこにいるかはわからない。銀子先生は困りながら、周りを見渡し、それらしい姿を探すが目に入るのは暴力的な混乱。
お銀: ここを突破するのは危険だし、何より親御さんが探しに来るかもしれないよね。
>銀子先生はそう呟くと、溜息をついた。その後、少年の傍で屈むと、顔を寄せて話し掛ける。
お銀: 後で、お父さんかお母さんを一緒に探してあげるから、もうちょっとだけ待っててね。先生から離れたらダメだよ。
>「先生」という部分にはキョトンとしたが、少年は泣き止み、頷いた。理屈では「この人はボクの先生じゃない」と考えたのかもしれないが、現役保育士の持つ説得力が少年に安心感を与えたのだろう。銀子先生は、その変化を見届けると、立ち上がる。そして、少年を見下ろして付け加える。
お銀: 離れたらダメと言ったけど、一歩下がれる分だけは空けておいてね。……うん、それくらい。
>銀子先生は少年に笑顔を向けた後、正面を向いた。そして、銀子先生の顔から表情が消える。誰しも真剣に集中すると無表情に近くなるものだ。しかし、養老家の人々はこの時の表情を「蛇」や「蛇面」と称される。後者で呼ぶのは、主に反対派閥の者たちだ。ちなみに、養老家の人々にこの呼び方を面と向かってする者はほとんどいない。
>幸い、暴徒たちはパンツイッチョマンに恨みを持った者が核として構成されていた。半裸になった男たちの誰がパンツイッチョマンか見分けがつかないので、それらの人はとばっちりを食らってしまったが、女性、しかも服を着ている女性は敢えて標的にされなかった。一応、たまたま掲示板を目にして暴れられそうだと集まった不遜の輩たちも混ざっており、こういう連中は半裸の男かどうか構わず暴れていたが、それでも女性を標的にする者はほとんどいなかった。……と言ってしまったが、銀子先生の右から数メートルの場所で、バットを持った男と素手の女性が格闘戦を繰り広げていた。なかなかの見ものだったが、銀子先生はチラリとそちらを見ただけで、視線を逸らした。どうやら、直ちにこちらに危険がないと判断したようだ。その時、正面やや左から奇声を上げて、デッキブラシを振り上げている男が突進してきた。あ、あれ? 女性なのに狙われていますね。……こ、これはですね。この暴漢があまり前を見えていないからのようです。具体的にどんな物か敢えて描写していませんでしたが、暴漢の大半がかぶっているのは、仮面というか、お面です。縁日の屋台で見られるやつですね。あれって、どういう物が多いですか? ……はい、主にテレビで放映されているキャラクターばかりですよね。だから、あちこちで暴れている男たちは、例えば国民的アニメのキャラクターのお面を付けているのです。そんなの見てしまったら、子供たち泣いちゃいますよね? だから、敢えてここの情報は流さなかったのです。ナレーターとして、何もないのにあるように語ることや、特定の物を別の物だと嘘をつくのは許されません。だけど、伝える情報を選ぶことはできるのです。
仮面の男: どりゃぁ~~!!
>この男、全く見えていないわけではなくて、お面を付けたからメガネがつけられなくなって、人がほとんど輪郭しか見えていない状態なので、デッキブラシを対象に振り下ろすことはできました。が、銀子先生は半歩下がり、身体を薄く見せる体勢であっさりとそれを躱した。――だけでなく、男が振り下ろした腕に銀子先生が手を伸ばしたかと思ったら、次の瞬間、その男は空中でくるりと前転させられる形で投げ飛ばされる。
# くるりん! どさっ!
仮面の男: ぐふぇっ!
>銀子先生は掴んでいた手首を放しておらず、そのまま男をうつ伏せに組み伏せる。
近くにいた女性: おねえさん、強―い!!
>銀子先生の近くで格闘していた女性も勝負がついていた。女性が馬乗りになった体勢で、下になった男は武器を放棄し、顔を腕でガードし、「参った。許してくれ」と懇願していたのだ。と言いますか、ややこしいので今回も敢えて後回しにしていましたが、この女性、穴を開けた目の周りだけの覆面をしていました。そうフリップフロップ・チェリーだったのです!
お銀: いえ、私なんてまだまだ……。
>そう言いながら、話しかけられた相手を見た銀子先生は、ようやく微笑みを見せた。
お銀: あなたこそ。……その恰好、もしかしてヒーロー? あ、女性だったらヒロインになるのかな?
FFC: うん! そうなの。駆け出しだけど。名前は――って、もうジタバタしない! ……これ片付けたら、ちゃんと名乗らせてくれる?
お銀: ええ。
>そう答える銀子先生側の男は呻くだけで暴れない。関節をきめられているからだ。フリップフロップ・チェリーは、上腕のリストバンド――リストバンドは本来手首用だけれど、男性用の大きい物を使って上腕に止めている――に複数差している結束バンドを一本抜き取ると、男を裏返して、拘束し始める。
FFC: あ、お姉さんも使う?
お銀: ええ、良かったら。
>フリップフロップ・チェリーは、結束バンドの重い部分を前にして、ダーツ投げで銀子先生へと投げる。やはり投げるのに適していない物なのですぐに落ちるが、銀子先生の手の届く場所だった。そして、二人は倒した男を縛り始める。
FFC: ちょっと、暴れないの!
>フリップフロップ・チェリーは言葉だけでなく手を出す。痛みで教えられると、もがく男もおとなしくなる。拘束している間は無防備に近い状態になるが、そもそも仲間をカバーする発想などない連中だったので、この機会に襲い掛かって来る新手はいなかった。
FFC: あ、そうだ。足も縛っておく――って、お姉さん、早っ!
>フリップフロップ・チェリーの逆の腕に止めている結束バンドは長めのものだったので、それを渡すつもりだったのだが、銀子先生の処理はもう終わっていた。夏は盛りを過ぎたとはいえ、まだまだ暑いので半袖で活動している人は多いのだが、銀子先生を襲った男は長袖シャツを羽織っていた。それを引き剥がされて、ロープ代わりに、足を曲げた形で拘束されていた。
お銀: あ、しっかり縛っていたら、親指同士だけでも大丈夫だから。手首だと時間がかかるでしょ?
>さらりと言う銀子先生に、しばし硬直するフリップフロップ・チェリー。
FFC: え!? もしかして、お姉さん、特殊部隊とか、警察の秘密なんとか、とか、そういう人ですか?
>フリップフロップ・チェリーの話し方が敬語になり、緊張が混じる。
お銀: いやぁ、そんなわけないですよ。ただの保育士です。
>……いや、もう、私の方でもただの保育士とは言い切れないです。怖いです。
FFC: そ、そうですか? なんかすごく慣れている気がしたから。
お銀: いや、慣れているなんて、全然。見たことがあるだけで、やるのは初めて。
FFC: あ、そうなんだ。
>いや、あっさり納得しちゃったけど、違うでしょ! 見たことがある状況がもうおかしいですから。……フリップフロップ・チェリー、というか桜ちゃんは天然ボケが入っているんですね。
FFC: これでよしっ、と。
>縛り上げると、フリップフロップ・チェリーは立ち上がる。
FFC: ねえ、お姉さん。良かったら手伝ってくれないかな? こいつら強くはないけど、数は多いから。
お銀: うーん。ごめんなさい。家のルールで、鈍器を持った相手は、反撃はしても良いけど、こっちから闘いを仕掛けるのは禁じられているの。
FFC: 家のルールって、そんな事、言っている場合じゃないでしょう。
>フリップフロップ・チェリーが周りの混乱を見ながら、言う。
お銀: ごめんなさい。私の家って、厳しいの。……それに、この子も放っておけないし。
>銀子先生が、後ろで様子を窺っていた少年を見ると、手招きして呼び寄せる。女性二人の活躍に目を輝かせていた少年はもう泣きべそをかいていなかった。
FFC: あ、ごめんなさい。お子さん、いたんですね。
お銀: ううん。違うわ。迷子みたいなの。
FFC: 迷子ですか。……ちょっと、これじゃあ確かに探せないですね。
お銀: うん。だから、逆にお願いなんだけど、ひとまずこの子を安全な――
>だが、フリップフロップ・チェリーは銀子先生の話をしっかり聞いておらず、独り言のように呟く。
FFC: でも、そろそろ、パンツイッチョマンが始末をつけてくれるはずだと思うけれど……。
お銀: え?
>銀子先生の表情が凍りついた。
お銀: ……もしかして、あなた、パンツイッチョマンさんの相棒じゃないよね?
>銀子先生の目がすっと細くなり、フリップフロップ・チェリーを見つめる。こ、これは、「蛇面」より段階が進んだ「蛇の睨み」と呼ばれる状態です。養老家を畏れる人々にとっては恐怖の眼差しです。睨まれている人たちは、一律に「蛙」と呼ばれます。犠牲者確定の表現ですね。
FFC: いやいや、ないない。……そもそもあの人に相棒とか必要ないし。……っていうか、お姉さんもパンツイッチョマンに会ったことあるんだ?
>そう言って、フリップフロップ・チェリーは周囲警戒から、銀子先生へ顔を向ける。そこでかち合う視線。数秒見つめ合った後、フリップフロップ・チェリーは後ろを振り返る。おそらく、殺気を含んだ視線の先に新たな襲撃者を読み取ったのだろう。が、振り返ったところで、そんな人は存在しない。「あれ?」とまた向き直った時には銀子先生の表情は戻っていた。銀子先生は、フリップフロップ・チェリーの態度からシロと判断したのだろう。
お銀: ええ。あの人、私がピンチの時には必ず来てくれるの。
>嬉しそうに言う銀子先生を、また数秒見つめるフリップフロップ・チェリー。本気なのかどうかを計っているのだろう。もしくは、友庫さんとのバッティングを心配したのかもしれない。……なにやら、きな臭くなってきましたね。
お銀: あ、そうだ。まだお名前聞いていなかったわね。
FFC: ホントだ。じゃあ、今からやるから見ててくださいね。
>ほっ。こちらの懸念は杞憂で終わりそうだ。それほど、ヒーローやヒロインの名乗りとはパワーを持っているものなのかもしれない。
>フリップフロップ・チェリーは、肩幅に足を開くと、少し緊張しているのか、ジリジリと足を地面に擦るように動かして微調整する。そして、左腕をくの字に曲げて手を腰に据え、右手を額の前に翳す。さあ、フリップフロップ・チェリーのファンの方は一緒にポージングしてもらっても構いませんよ。
FFC: フリップ、フロップ――
>手の甲、手の平と額の前の手を反転させる。
桜: ――チェリー!
>最後は、ひらめかせた手をこめかみ横に移して、立てた二本の指をはねるように傾ける。
♯ シャララ~~ン、パンパパンッ!
>今度も効果音が入ります。これは視聴者の方々向けで、当事者たちには聞こえていませんよ。
お銀: わー、かわいい! ね、お姉さん、すごいでしょ。本物のヒロインだよ!
>拍手をして褒めたたえる銀子先生。しゃがみこむと、少年に説明する。フリップフロップ・チェリーはまんざらでもない様子で、胸を張った。
FFC: へへん。どう? 必殺技はねえ、このおでこのキラキラから――
お銀: ――私、断然、ファンになっちゃった!
>ヤバい説明が入るかと思ったら、銀子先生がカットインして防いでくれました。ナイスだ!
FFC: あ、ありがとうございます。それじゃあ、お姉さんが一番目のファンかな。……あ、違うか、シオリンがいたんだ。……でももうシオリンはファンというより仲間だから、やっぱりお姉さんが一番ですね。
お銀: やったー! キミは? お名前、なんていうんだっけ?
>少年は、急に質問をぶつけられたのにとまどったのか、一歩下がった。銀子先生はすぐにその反応を読み取り、話を続ける。警戒心が取れるまで、焦る必要はないのだ。
お銀: じゃあ、このお姉さんの事、好き?
>銀子先生がフリップフロップ・チェリーを指差すと、少年は首を縦に振った。
お銀: そっかー。じゃあ、キミが二番目のファンだね。
少年: ふぁ、ふぁん?
>ようやく、話し出した少年。銀子先生が優しく頷いて、説明しようとした時、フリップフロップ・チェリーが思い出したかのように、声を上げた。
FFC: って、こんな事、している場合じゃなかった! その子を安全な所に連れ出しましょう! ……まずは、シオリンと合流した方がいいかな。じゃあ、こっちかな?
>そう言って、フリップフロップ・チェリーが一方を指差したが、そこで動きが止まる。あたりをキョロキョロ見渡すと、銀子先生に向かって聞く。
FFC: っていうか、なんか収まってきてません?
>そう、「パンツの乱」はほぼ終わりかけていた。フリップフロップ・チェリーや銀子先生の働きもあったが、やはり一番はパンツイッチョマンが暴漢をなぎ倒していたからだ。元より数がさほど多くなく、士気も決して高くなかった集団だったので、「こりゃ敵わねえ」と悟ると、まだ立てる者は逃走に転じたのだ。しかし、完全に終わったわけではなかった。この後、最強のパンツ○○マンの座を掛けての戦いの幕が上がるからである。だが、今週はここまで! では、また来週~~。




