第九話 ブレイクスルー(6)
ナレーター(以下、「>」と表す。): 今回、ついに完結か!? ――あ、『文明の〇〇 パンツイッチョマン』全体についてじゃないですよ。第九話についてです。最勝寺先生は、「予想外に割り続けたから、残りのエピソード薄いんだよなぁ。今回は早く終わりそうだなぁ」と言っていましたが、どうせ(以下略)な展開でしょう。視聴者の皆さんもラストにはきっと思うでしょう。「うん、知っていた」と。では、枝番6スタートです。
>友庫さんの騒動は、卑劣な男二人を警察へ引き渡して一旦終了した。まだ、駐車場出入り口で、騒ぎを疑わしく思っていた人たちに「問題ないですよ」という工作をしていた男は逃走中だが、他の二人から突き止められる事でしょう。なお、近隣の住人がこの工作に気付かず、家の中から叫び声だけを聞いて通報する可能性はもちろんあったが、ある程度は事前に訪問に「こういう事情でうるさくなりますが……」と説明していた念の入れよう。なので、通報される危険は必ずしも高くなかったのだ。
>もう一点、ここで言っておきたい事として、友庫さんがパンツイッチョマンにむしゃぶりついたシーンで、「ちっ、パンツイッチョマンの邪魔をしやがって」というご感想があったようです。まるで友庫さんが悪い奴みたいですが、彼女は被害者ですから! そこんとこ、よろしくお願いします。……もしかして、スタジオに届いたクレームって銀子先生でしたか? ……あ、保紫先生の方でしたか? ほ、良かった。さすがにあの銀子先生も自分の世界の傍観者にはなれないんですね。
>そして、時間は過ぎ去る。枚鴨てやんでえ花火大会の一発目が上がる直前――と言ってもまだ数分ありますが――のあたりです。場所は枚鴨市駅の駅前広場。駅の両サイドに広場はあるのですが、市民の多くは、噴水がある方を噴水広場。もう一方を駅前広場、と呼ぶことが多いようです。噴水広場の方はほぼ統一呼称となっていますが、駅前広場の方は、駅前小広場――これは噴水広場と比べて狭いためです。――とか、陸橋広場――これは駅のこちら側に陸橋網があるためです。ただし、陸橋が囲んでいるのはバスのロータリーであって、広場そのものは陸橋の端に存在します。―ーと呼ばれることもあります。……あ、呼び方なんてどうでもいい? そうですね。肝心なのはこの駅前広場で何が起きているかです。
>市外から来る人にあまり知られていないが、というか枚鴨市民でも知らない人はそこそこいるが、この駅前では枚鴨てやんでえ花火大会にとって重要なイベントが開かれている。点火式だ。まず、花火大会が中断していた頃もずっと続いていた山車巡回の終着点がここであり、その儀式というかガヤガヤがここで行われる。この山車巡回は枚鴨市の行事ではなく、この広場周辺の中岡町のイベントなのだが、中岡町にしてみれば、後から入ってきた花火大会へ道に譲らねばならない理由はない。実施される時刻がブッキングせず、何より「華やかなのはいい事だ」という祭りらしさからお互い好意的に見ている、と思われる。
>駅前広場の端に演台が設けられており、そこに市長が立ち、目の前に止められた山車とそれを引いてきた人たちに言葉を述べていた。実は、市役所の所在地も中岡町なので、市長は町民ではないが関係者と言えた。その後で、花火大会への内容へと、市長の挨拶は遷移していく。集まった人々は、山車を見に来たのと、花火大会開始のスイッチオンを見に来たのが理由の大半だ。残念ながら、市長のお言葉を聞きに来た人は少ない。大棚市長も、そのあたりの要望は理解しているが、政治家なので人が集まり、注目が向けられると、ついつい語りたくなる。また、大棚市長は、用意された原稿を読み上げるだけの、割りと日本に多いと言われるタイプではなく、自分の言葉で語れる人だった。結果生まれる、聴衆からの「もういいからさっさと、ボタン押せよ」という無言の要請と、「いや、わかるけど、もうちょっと喋らせてよ」という市長の訴えのせめぎ合い。そして、もう一軸、視聴者からすれば「どうでもいいよ」と思う要求。この数々の思念が混然とする空間に、割って入る女性の一声!
若い女性: あれは何?
>ちょっと舞台演劇のようなウソ臭い発言をした女性は、駅前広場の集団から少し離れた、ロータリー側に立っていた。彼女について詳しく語る前に、舞台演劇をディスっていると誤解されている方がいるかもしれませんので、その誤解を解いておきましょう。
>舞台演劇は、マイクもなく観客にセリフを聞かせなくてはいけないから、やけにハキハキした発言になるのは仕方ないのです。ただ、そのまま日常会話に持ってこられても浮くよね、という話です。舞台演劇には罪はないですよ。
>で、芝居掛かった女性に話を戻しますが、彼女はロータリー側へ右手の人さし指を向けていました。言葉とそのポーズだけを見れば、あの世界一有名なヒーローの往年の登場シーンを連想しますが……あ、そんな古い事を言われてもわかりませんか? じゃあ、いいです。これについては忘れて下さい。空を指差しているのではなくて、ロータリー中央に立っているオブジェを指差していますしね。
>ロータリー中央部にある花壇とアートなオブジェ。ある程度大きな市や区だと、中央になる駅前にこの手のオブジェはたいていありますね。……と言っても、ないから田舎、とは言っていませんよ。アートなオブジェは都会かどうかという判定要素ではないのです。それはそれとして、ここ枚鴨市では、どことなく腹筋をしているように見えなくない像がそこに鎮座していた。外はもうだいぶ暗くなっているのですが、ここは照明に当てられているので、離れている人たちからもよく見えた。……まあ、いつものアートなオブジェだけじゃないのですが、観察力に欠陥のあるゴツゴウ・ユニバースの人々は指摘されるまで、そのアートなオブジェがいつもと違う事に気付かなかった。指摘されて初めて、腹筋をしている腹の上に誰かが立っているのに気付いたのだ。……こんな変態行為をする人に、視聴者の方々はもう心当たりがついているでしょうが、いつものように、本人からの名乗りがあるまでこちらからは明かさないようにします。
>変態の存在に気付いた市民たちは、ちょっと退屈していた大棚市長の話から、面白そうな相手に視線を移す。なお、「面白そう」と思っていてもそれはある程度の距離があるからで、「あんまり近づくのは嫌だな」と多くの人が思っていた。しかし、駅前広場からオブジェまでの距離は観察するにはやや遠く、周りに圧倒的な数の一般人がいる安心感から、何人かの人が駅前ロータリーの方へと歩みを進めた。すると、残りの人たちもそちらへと続く。この動きは、駅前広場だけではなかった。ロータリーを上から取り巻く陸橋網にいた人たちも、一部は女性が指摘した声を聞いて、アートなオブジェを見下ろしており、その注目ぶりに気付いた他の多くの人が何事かとそちらへ向いた。陸橋の人たちは、基本的に城跡広場へと向かっていたのだが、その動きが一部逆流する。当然、これほど多くの人がいると、「あれって○○じゃね?」と言い出す人もいるのだが、ここも敢えて当人の名乗りを待って、市民の声へマイクを向けない事にする。
>そして、市民からの注目を受けるのをやや待ってから、アートなオブジェに立った半裸の男は、右手の人差し指を天高く掲げる。
黒パンツの男: 私は、文明の傾奇者! あ、パァァーーンツゥゥゥ……
>いつもよりねちっこい言い方をしながら、黒パンツの男は右手の下ろしながら、左右へと払う。そして、左手を前に突き出す――より先に、左足を上げてドシンと前に踏み出す。アートなオブジェがV字腹筋をしていると見るなら、黒パンツの男が踏み出した足は、オブジェの少し高くなった胸を踏む形だ。その後、ようやく、いつもの正拳突きのコースを取らずに上から降りて来る軌跡を描いて、前に出される左手。首は、踏み出した足に対して右側九十度近くの方向を向いていたが、二回の静止を刻みながら、前へと向けられる。……え、今のシーンはもう一度流します?
♯ カッ、カッ
>えーと、今の拍子木は、首を制止させたタイミングで入っていますね。
♯ ヨォォーー
黒パンツの男: あ、イッチョマンンンンーー!
♯ カッ、カッ、カッ、カッ、カッカッカッカッカッカッカッ、カカン!
>加速する拍子木の音に合わせて、右前方から徐々にズームされるバストアップ映像。えー、なんでしょう。この突然の歌舞伎バージョン。日本の祭りだ、カブキマンだ、ってなんだかとっても外国人的発想ですね。えーと、外国から来られて、当番組を見ている方に一応解説しておきますが、一般的な日本の花火大会では歌舞伎は上演されませんので、勘違いしないでください。
♪ ピョ~~~~、ピョロッピョッピョッピョピョピョ~~~(ポポポポポン、ポポポポポン)ピョロッピョッピョッピョピョピョ~~~(ポポポポポン、ポポポポポン)
《中略》
♪「パァアンツー」ドコドン「イッチョマーン」
>今回は、初めての和楽器バージョンでした。……あ、SEさんは『イッチョマンRADIO』を聞いてから、いつかこの時が来ると予想して準備をされていたそうです。いつもとテンポが違いましたが、まあ、たまにはこういうのもいいかもしれませんね。というかあ、もう流された後なので、立場上フォローするしかありません。
市民1: おい、パンツイッチョマンだぞ!
市民2: マジ? 本物?
>もう一部では始まっていましたが、多くの人がスマホを取り出し、撮影を始めてしまいました。「本人の許可を取らないと盗撮ですよ」と言うのが正しいのかもしれませんが、このパンツイッチョマンの煽り方を見ると「撮ってくれ」と言っているようなものですから、注意は適当ではないのかもしれません。しかし、撮影するにしてはかなり距離が遠い。スマホカメラの苦手としていることの一つがズーム機能なので、必然的に市民の輪はより狭まってきます。……え? 自分が使っているスマホはちゃんとズームができる? まあ、高性能化でそもそもの解像度が高くなっていますからデジタルズームしても綺麗には見えるのですが、本来レンズを使った光学ズームにはレンズの厚みやら焦点距離などが必要になるので、どうしても奥行きが必要になってくるのです。しかし、これはスマホの携帯性とは背反することなので、構造的に苦手となっている宿命なのですね。同様にサイズがいる装置にスピーカーがあるのですが……今は関係ないですね。
パンツイッチョマン(以下、「P1」と表す): イッチョマン・チックトック!
>見得を切った姿勢のまま、パンツイッチョマンが足首から先を小刻みに動かして、時計回りに少しずつ回り始める。まるでターンテーブルの上に乗っているかのような動きだが、変わらず乗っているのはアートなオブジェだ。撮影角度が変わることで、歓声をあげるギャラリー。「顔をこっちに向けて!」と叫んでいた人もこれで待っていれば、シャッターチャンスが来るに違いないと期待したのでしょう。
>この騒ぎを感知できた多くの人が、パンツイッチョマンの登場に変な興奮があった。パンツイッチョマンなんて知らない、という人や、知っていようがいまいがあんな恰好は認められない、という人ももちろんこの場にはいたのだが、多くの人が湧くと「あれ? あの人は有名人なのかな」と許容しなくてはいけないかな、という心理になっていた。こういった流れに呑み込まれていない数少ない一人は、皆の注目をそちらへ向ける工作をした若い女性だ。勘の良い視聴者なら既にお気づきかもしれない。この女性こそ、前回パンツイッチョマンから頼まれ事を押し付けられた友庫さんだったのだ。
>大役を果たしてホッとしていた友庫さんは、ようやく一市民として、「私も撮影会に加わろう」とスマホを出してから、「って言うか、さっき二人っきりの時にツーショット撮ってもらったら良かったじゃん」と気付いた。これに成功していれば、銀子先生に続く、パンツイッチョマンの傍らに立った女性として、パンツイッチョマンのマニアから、まるで「指輪を運びし者」のような称号をもらえたかもしれないが、今回は失敗だ。だけど、まだチャンスがあるかもしれないぞ、頑張れ、友庫さん!
>友庫さんの他にも、騒動の波に乗り切れていない人がいた。というか、友庫さんは途中から波に乗っていたから、もしかするとこの集団の中で最も、この流れに嫌悪感を抱いていた人、と言ってもいいかもしれない。その人は、先程まで、興味がないながらも市民の注目を集めていた人……そう、大棚市長だ。大棚市長は、もう誰も自分の話を聞いてくれないと悟ると、いつもはプロレスラーばりに市民と一緒にカウントダウンしていたはずの花火点火スイッチを押下する。……しかし、花火は上がらない。それもそのはず。こんな急ごしらえの演台に設けられたスイッチが、遠く離れた場所に設置されてある打ち上げ花火の導火線と直接繋がっているはずがない。繋がっていたらいたで、花火師の資格がない大棚市長が点火する行為は法に違反する。現実には、点火スイッチは市役所職員の電話回線を通じて花火師への指令として、繋がっているのであった。えいえい、とスイッチを何度も押す大棚市長が立てる音から、連絡係を務めていた職員が本来の役目を思い出し――もちろん彼も他の人と同じくパンツイッチョマンに気を取られていた――電話の先の花火師にゴーサインを出した。そしてようやく上がる花火。
♯ ヒュ~~~~、ドッパン! パパパパパン!
>明るく光る夜空と少し遅れて届く爆音に、多くの人が夜空を見上げる。
>その時、パンツイッチョマンの動きが止まった。
P1: そこに居たか、穴穿き!
>突如、陸橋を指差すパンツイッチョマン! え!? 映像を止めてください。……ちょっと巻き戻して、パンツイッチョマンが指差す直前に戻ってください。そして、パンツイッチョマンの視点から……あ、やっぱりパンツイッチョマンには合わせられない? では、それに近い角度いけますか? ……ああ、これいいですね。この角度で、陸橋をズームしてください。 あ! 居ました。この人ですね。夜空に咲く花火を背景に、麦わら帽子を被った女性。 ……なるほど。他の人は、花火を見上げている人と、花火への反応が遅れて未だパンツイッチョマンへと向いている人しかいません。それとは違い、どちらにも目もくれず、パンツイッチョマンから離れる方向へと移動する姿。これこそが、パンツイッチョマンの穴穿き炙り出し策だったのですね! ……でも、そもそも、この駅前に穴穿きが来ることはどうしてわかったのでしょう? ……その点は勘でわかったのでしょうか? ノーパン刑事といい勘で動く人は良く分かりません。
P1: 待て! 穴穿き!
>「とう!」という掛け声と共にアートなオブジェから飛び降り、駅前広場へ向かうパンツイッチョマン。穴穿きの進む方向がそちらだからでしょう。しかし、さすがにパンツイッチョマンの高い運動能力を持ってしても、陸橋の上までひとっ跳びとはいかないようです。このあたり、一般的なヒーローものと違って、厳しい最勝寺先生です。あるいは、厳しいゴツゴウ・ユニバース。パンツイッチョマンが近づいてきて、市民たちの興奮がヒートアップする。これは「近寄られると怖い」という反応なのか?――と思っていたのですが、逆ですね。キャーキャー言われて囲まれるパンツイッチョマン。これはお祭り気分のなせる業なのか、それとも、もしかすると穴穿きが既に、周囲の人々からパンツイッチョマンへの恐怖心を取り除くような処理をしていたのかもしれません。
P1: すまない、道を開けてくれ。
>声を張り上げるが一向に聞き入れられない。パンツイッチョマンと接触できる距離にいる人、特に年配の方々は、まるでお相撲さんが近くを通った時のように、肌をピチピチ叩いては身を引く行為を繰り返す。
P1: くっ、やむを得まい。イッチョマン・ストンプ!
>こ、これは! 『第二話 桜吹雪とパンツイッチョマン』で出た技!? 暴徒と化していた酔っ払いたちの頭を踏みつけて倒した技名ですね。本気を出すと首をめり込ませてしまう危険な殺人技です。お髭の配管工はためらいなく使っていますが、パンツイッチョマンには幾らか使用にためらいがあったようですね。しかし、角度的に陸橋の上を行く穴穿きの姿が見えなくなって焦っているのでしょう。今回使う決断を下したようです
P1: とうっ!
>驚異的な跳躍力で人の波から全身を飛び出させると、パンツイッチョマンは近くの男性の肩に降り立った。その重みと衝撃から倒れる男性。その時には既にパンツイッチョマンは次の犠牲者への肩へと跳び移っている。これは、頭を踏んでいないので、気絶効果すら狙っていないようです。が、倒される方は許容できる扱いじゃありません。もちろん、この危険な行為に人々は悲鳴を上げて逃げていく。そのせいで、パンツイッチョマンが進むつもりの方向から人の姿が消え、やむなく迂回路を取らされる……って、あれ? ……あ、パンツイッチョマンも気付いたようで、地面に降り立ちます。進むべき方向に人がいなくなったら、普通に進めるという事に。これは、仕事をしている時にも犯しがちなミスですね。目的の為に特定の手段をとっているのに、いつの間にか手段を行使するのに執着して、本来の目的からズレている現状に気付かない、というパターン。特に、行使する手段が複雑で、実行に神経を集中させないといけない場合に、周りが見えなくなりがちです。……ということは、パンツイッチョマンはかなり気を使ってイッチョマン・ストンプをしていたのかもしれませんね。……まあ、やっているうちに楽しくなって、うっかり目的を忘れてしまった可能性もあります。
>だが、最短経路から離れてしまったのは痛かった。一歩離れることは一歩分の損失では済まず、戻るのに一歩必要となるから、損失は二歩になるのです。このせいで、穴穿きは陸橋網の端から一旦下りて、今は城跡広場に伸びる大エスカレーター、通称アオダイショウに入りました。城跡広場へは大階段が伸びているのですが、その左端に、上りと下りのエスカレーターが存在します。アオダイショウと呼ばれている理由の一つが、むき出し型ではなく、天井を有しているエレベーターで、この建物が青く塗られているからです。穴穿きに遅れること一分にも満たない差で、アオダイショウの入り口に差し掛かったパンツイッチョマン。しかし、より花火が鑑賞しやすい城跡広場はいわば枚鴨てやんでぇ花火大会のメイン会場。エスカレーターを利用している人は満載状態だ。人を押しのけて登っていくのは危険だし、速度も出ない。ここもイッチョマン・ストンプを使えば良さそうなのだが、アオダイショウの天井がそれを阻む。
P1: 済まない。急いでいるので、横を通らせてもらうぞ。
>それでも強引にエスカレーターを上っていくパンツイッチョマン。押された人たちは抗議の声を上げるが、相手の姿を見て、直接ではなく独り言のぼやきの形態に変わる。関わると危険な相手だと見ただけでわかるからだ。パンツイッチョマンからすれば、目指す相手の位置ははっきりわかる。大きな麦わら帽子が目印だからだ。パンツイッチョマンが大エスカレーターの中腹を越えたあたりで、麦わら帽子は頂上に着いて、ふいに消えた。次の瞬間、停止する大エスカレーター。穴穿きがエスカレーターの緊急停止ボタンを押したからだ。視聴者の方々はエスカレーターの緊急停止ボタンがどこにあるかご存じないかもしれない。いたずら防止の観点からは知られない方がいいのだが、それでは緊急対応時に押せないという矛盾がある。その結果、「積極的に広めるべきではないかもしれないが、秘匿するつもりはない」という感じの扱いになって、一般的にはエスカレーターの緊急停止ボタンの位置が知られていないのかもしれない。もし、知っていてもイタズラで押してはいけないぞ! ――と言っている場合ではなく、動いていたエスカレーターが急に止まるという衝撃は意外に大きく、全体で悲鳴があがり、一部の人はそれで倒れてしまった。もしかするとケガをした人もいるかもしれない。
P1: くっ! やるな。
>パンツイッチョマンにとっては、多くの人がしゃがんだ今の状態の方が動きやすくなったようだ。隙間を縫うように数段上ると、今度は手すり側に跳ぶ。そこで低い姿勢のまま、坂道を駆け上がる。……このルート、最初から使えば早かったと思うぞ。
>頂上にたどり着くと、そこに広がるのは下の駅前広場より多く密集している人の海が広がっていた。ほとんどの人が花火や出店に注意を向けており、エスカレーターで事故が起きている事にすら気づいていない。それは、パンツイッチョマンの存在に気付いている人が少ないという状況でもあった。邪魔する者がいないパンツイッチョマンはフロントラットスプレッド風の姿勢をとると、周囲を見回す。もちろん、探している対象は麦わら帽子のはずだ。そして、パンツイッチョマンの顔は一方に向けられ止まった。確かに、そこには麦わら帽子をかぶる人影があった。しかし、パンツイッチョマンはすぐまた周囲を見回す。そこで数秒費やした後、再び麦わら帽子へと向き直り、そちらへ進む。
P1: ふふ。うまく化けたつもりかもしれないが、私の目はごまかせないぞ!
>パンツイッチョマンは跳ねると、掛けられている麦わら帽子を剥ぎ取った。そこから姿を現したのは、ここにもいたのかという、二宮尊徳像。パンツイッチョマンは、二宮さんとしばし目を合わせた後、自ら麦わら帽子を被った。
P1: 逃した……か。
>どうやら、麦わら帽子が二宮尊徳像に掛けられたのを見つけた直後から、パンツイッチョマンはこの理解に至っていたらしい。それでも、二宮さんに声を掛けたのは、パンツイッチョマンなりの負け惜しみというか、ちょっと笑いに流さないと人々を踏みつけても追った示しがつかないというか、いずれにせよ、素直に現実を見つめられなかったのだろう。麦わら帽子という特徴がなくなった今、穴穿きをこの人の海から探し出すのは困難を極める。
>騒ぎが下から近づいて来る。踏まれて倒された人たちの不満と、危険人物を捕まえろという動きが、パンツイッチョマンの後を追ってきたのだ。ちょっとかわいそうなことに、エスカレーターを止めたのもパンツイッチョマンのせいだ、という声が上がっていた。
P1: ふむ、潮時か。
>穴穿きを探し出す時間的猶予もなくなったと判断したらしいパンツイッチョマンは、穴穿きと同じく人の海へと飛び込む。その際、放り投げられた麦わら帽子がふわりとまた二宮さんの頭へ掛けられた。
>花火がまた一つ夜空に咲いた。
==次回予告==
あいつは悪か それとも善か
人々の間で広まる パンツ白黒論争
そして現れる 大量の模倣犯
次回、『第十話 本物は誰だ! パンツ〇〇マン?』
パンツ洗って、待っときな!




