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第九話 ブレイクスルー(5)

ナレーター(以下、「>」と表す。): 第九話が始まる前、最勝寺先生は「三回か四回になるだろうから、上中下という分け方を止めて、カウントアップ形式でいこう」と言っていました。しかし、今や枝番号は5。四回の予想を超えてきましたね。だけど、私はこう思いました。「うん、知っていた」と。最勝寺先生のお話が膨(ふく)れ上がるのはいつもの事ですから。果たして今回で締められるのでしょうか? 疑念に満ちた枝番5のスタートです。


>そして、時間は巻き戻る。と言うわけで、時刻は午後四時あたり。夏なので、暗くなるまではまだしばらくあるな、という頃合いです。今回最初にスポットが当たるのは、一人の女の子。……と思っていたら、この人は大人の女性です。厳密(げんみつ)に、成人式を迎えていたかどうかは微妙ですが、大学生だったのは確かです。この女性は、かつてパンツイッチョマンに痴漢(ちかん)被害から助けてもらい、その後、ファンタスティック・チェリーと名乗る――え? もうこの名称使っていない? ……はい、新しいフリップフロップ・チェリーですか。……えーと、呼び名はややこしいので、本名で言うと、桜ちゃんですね。――いや、桜ちゃんが登場するのではなく、その桜ちゃんに殺されかけた友庫(ともこ)さんが登場です。一方へ集まろうとする人の流れに乗っていた友庫(ともこ)さんは、そのまま駅前広場にたどり着くと、一人の女性と合流します。この人は新しい人です。えーと、名前は……同調(シンクロ)したら、ちょっと大変なことに気付きましたが、ここで描写するとネタバレになるから伏せておきます。――って、言うのも既に一部ネタバレですか? はい、次から気を付けます。


友庫(ともこ): あら、待たせちゃった? ごめんなさい。


>待ち合わせ時間より十分ほど早く着いたので、友庫(ともこ)さんは先に待たれているとは思ってなかった。そう考えたのは、友庫(ともこ)さんに先入観があったからだ。スマホを触りながら待っていたショートヘアの若い女性は、ファッションから時間にルーズそうだと勝手に判断していたのだ。ファッションは、フタコブラクダが交差しているシルエットのありふれたティーシャツ――いや、こんなデザインありふれてはいないか……まあ、このデザインからも言えるとおり、どっちに生きたいのか系統(スタイル)が見えないファッションだったが、一部ピンクに染めた髪や、服から覗くタトゥーなどから「不良娘」と、あくまで友庫(ともこ)さんは思っていたのだ。当番組の公式見解ではありません。しかし、この事で改めて友庫(ともこ)さんは「やっぱり人は見かけだけで判断しちゃダメよね」と言い聞かせます。その時、脳裏に浮かんでいるのは、パンツイッチョマンと、……ああ、友庫(ともこ)さんは「チェリー」と呼んでいるみたいですね、桜ちゃんの事を。桜ちゃんについては、初対面の時のファッションが、友庫(ともこ)さんとしては「不良っぽい」だったそうです。基準が真面目寄りですね。


待っていた女性: いや、今、来たところだし。


>あ! 名前を紹介する前に喋(しゃべ)っちゃいましたね。えーと、お名前は、又部(またべ)……あ、名字は呼んで欲しくないみたいですね。では、名前の方は杏菜(あんな)と。みんなからは「アンナ」と呼ばれているようです。


友庫(ともこ): そう、だったら良かった。……会わせたいという人は未だなのかな?


アンナ: ああ、それだけど、人目に付く所では会いたくないって。別の場所で待っている。


友庫(ともこ): ……そうなんだ。


アンナ: すぐ行く?


友庫(ともこ): うん、いいよ。


>というわけで、歩き出す二人。アンナさんの方は、スマホをお尻のポケットへと入れます。ん? 女性でそこに入れるのは珍しいですね。ポケットが深くないので、半分とまではいかなくてもけっこうはみ出しています。友庫(ともこ)さんもそれは気になるようで、後ろを歩きながら、けっこうそこばかり見ています。ですが、揺れるお尻に少しずつ押し出されるスマホは定期的に押し込まれるので、地面に落ちません。二人は歩きながら話すのですが、……えーと、これはちょっと私、やらかしてしまったようです。ですが、まだ挽回が利くかもしれないので、工夫してお伝えすることにしましょう。

>この二人、出会ったのは最近です。友庫(ともこ)さんはパンツイッチョマンと出会って以後、女性保護活動を精力的に開始します。まずは大学で組織を立ち上げ、セクハラの相談を受け、電車通学中には痴漢(ちかん)を見つけて駅員に突き出す成果もあげています。たった二三ヶ月でこの活躍(かつやく)。すごいですね! その武勇伝が広まったから、大学以外からも救いを求める声が掛かり、そうやって出会ったのがアンナさんでした。ストーカー被害に悩んでいるという相談に、まずは警察にも相談するなどとアドバイスをした結果、「ストーキングがなくなった」となり、「また別の人の相談を受けてほしい」と持ち掛けられたわけですね。

>そうして十数分歩いて着いたのは駐車場。建物の一階部分が丸々駐車スペースとして作られており、駐められる車は十数台というくらいの広さです。本来、建物の関係者しか使えないのですが、出入り口に張られたチェーンを乗り越えれば簡単に立ち入れます。あっさりそのチェーンを越えていくアンナさんに、気が咎(とが)めるように眉を顰(ひそ)めたが結局後に続く友庫(ともこ)さん。


友庫(ともこ): どうして、こんな場所に?


アンナ: ここなら人目につかないでしょう?


>振り返らず、奥へ進むアンナさん。この建物は休日で使われておらず、駐車場の明かりも点いていない。建物内に事務所を構える会社の社用バンの横に立つと、アンナさんは物陰に入るように指し示す。友庫(ともこ)さんがそれに従い、アンナさんの傍(そば)に立ったところで足を止める。すぐに肩を押して、友庫(ともこ)さんを物陰へ押し込むアンナさん。そこには誰もおらず、何もない。


友庫(ともこ): えっ?


>よろめいた後、友庫(ともこ)さんが振り返ると、アンナさんへと男が二人近づくのが見えた。


友庫(ともこ): ……どういう事 ? 澤田(さわだ)さん?


>はい、私がやらかした点がこの部分です。又部(またべ)杏菜(あんな)と本名を拾い上げましたが、アンナさんは友庫(ともこ)さんに「澤田(さわだ)」と偽名を伝えていたのです。……ふつう、そんな小細工をしていると思いませんよね? ともかく、偽名を使ったところからして、事態(じたい)は明白です。これは罠(わな)だったのです。


白髪混じりの男: 女の敵は女、って事だな。


アンナ: 止めてよ、そういうの。女とか男とかじゃないし。お金になるかどうか、それだけ。


>アンナさんはスマホを出すと男に差し出す。白髪混じりの男は、封筒をアンナさんに渡した。アンナさんはすぐにその中身を検(あらた)める。一万円札五枚。


友庫(ともこ): 澤田(さわだ)さん、答えて! どういう事なの?


>アンナさんは、封筒を捨てると、紙幣(しへい)だけをベルトポーチへと納める。


アンナ: アンタも勘(かん)が悪い女だね。アタシはアンタをここに連れて来たら金がもらえるという仕事をしただけ。半月でこれだけならまずまずだね。体を売るより汚(きたな)くないでしょ?


白髪混じりの男: おい、友庫(ともこ)! お前、俺のことは覚えていないのか?


>混乱している友庫(ともこ)さんは、答えられなかった。もう一人の男は、そんな友庫(ともこ)さんへ持っていたビデオカメラを向ける。


友庫(ともこ): 何? 何をするつもり?


>後ずさる友庫(ともこ)さん。しかし、広くない駐車場の壁(かべ)に突き当たるだけ。


白髪混じりの男: 本当に、俺のことを覚えていないのか?


>男の声に怒りが滲(にじ)む。


アンナ: じゃ、アタシはこれで。


>立ち去ろうとすらアンナさんの背中に、友庫(ともこ)さんが呼び止める。


友庫(ともこ): ちょっと待って――


アンナ: アタシは!


>友庫(ともこ)さんが期待した感じと違ったが、声を大きくして友庫(ともこ)さんの言葉を遮(さえぎ)ると、アンナさんが立ち止まる。背を向けた姿勢のままだが、横顔だけを友庫(ともこ)さんに向ける。


アンナ: アンタみたいに勝手に「女性の代表」って大きな顔しているヤツは大っ嫌い。誰も頼んでないつーの。


友庫(ともこ): でも、私は――


アンナ: あー、ウザい。だいたい、アンタもアンタよ。


>アンナさんがチラリと向いたのは白髪混じりの男の方だ。


アンナ: アタシは、男だの女だの、世界を二つに分けて考えるヤツ、バッカじゃないのって思う。男とか女とか言う前に、アタシはアタシなのよ。


>友庫(ともこ)さんと白髪混じりの男の視線が、アンナさんの上で交差する。表情も、どちらも似ていた。怒っているような困っているような微妙(びみょう)な表情だ。カメラを持った男はカメラをアンナさんに向けようとして、アンナの手でレンズ部を持たれて止められる。


アンナ: じゃ、後は勝手に。ちなみに、アンタをここに呼んだだけならちっとも犯罪じゃないから。


>そういう発言は、後に犯罪行為が行われるだろう事を予測できているからの発言だった。友庫(ともこ)さんも、その言葉を理解し、疑いから確信を強める。


アンナ: 最後に一つだけ教えてあげる。あたしの名前、澤田(さわだ)じゃないから。


>最後にショッキングな一言を残して去ったつもりだろうが、あいにく視聴者のみなさんは私の取り計らいにより、その衝撃(しょうげき)は皆無(かいむ)でしょう。しかし、友庫(ともこ)さんは衝撃(しょうげき)を受けたようだ。開いた口からは言葉が出てこない。アンナさんがスマホを白髪混じりの男に渡していたあたり、これまでの通信記録を辿(たど)っても彼女に直接繫(つな)がらない可能性も高かった。それほど入念に仕組まれた罠(わな)だったと気付かされる。


白髪混じりの男: それで、俺のことは思い出したか?


>再三の問いに友庫(ともこ)さんからの返答がないことからもわかるとおり、友庫(ともこ)さんに思い当たる節(ふし)はなかった。しかし、これは彼女の記憶力に難があるというより、今の状況による混乱の影響が大きかった。しかし、そんな心理にまで白髪混じりの男は斟酌(しんしゃく)しなかった。返事がないことに怒りを露(あら)わにする。


白髪混じりの男: てめえ! 人の人生をぐちゃぐちゃにしやがったくせに!


友庫(ともこ): きゃっ!


>男が詰め寄ろうとしただけで、その剣幕に友庫(ともこ)さんは悲鳴を上げた。それに男が足を止めると、友庫(ともこ)さんはハンドバッグから震える手でスマホを取り出す。


友庫(ともこ): そ、それ以上、近づくと警察に通報しますから――きゃっ!


>言い終える前に、白髪混じりの男は踏み出して、友庫(ともこ)さんのスマホを平手で弾き飛ばす。スマホが地面を転がっていき、カメラを構えた男がケラケラと笑った。


友庫(ともこ): あっ! ……私が、何を……


>そこで、友庫(ともこ)さんは言葉を詰まらせた。怒っていた男はニヤリと笑う。


白髪混じりの男: ようやく、思い出したか。そう、俺は、お前に痴漢(ちかん)呼ばわりされて、突き出されて、仕事も失い、女房に逃げられて、人生台無しにされた男だよ!


>……えーと、実は、友庫(ともこ)さんは、その男の人だと思い至っていませんでした。ただ、「私が何をしたって言うのよ?」的な発言をしようとして、「いや、今の活動するようになって、嫌がらせは色々受けているな」と思い直したから言葉を止めただけです。答えがわからなくても、心当たりはあったわけです。その状態で向こうから答えを言われて、初めて友庫(ともこ)さんの中で、目の前の男と過去の記憶が繋(つな)がりました。でも、むしろ「思い出せなくて仕方ないな」と思う要素の方が多かった。目の前の男は髪型がボサボサになっており、電車の中での痴漢(ちかん)行為を指摘した時には白髪は目立っていなかった。服装もスーツ姿と、黒い無地のティーシャツでは印象がかなり違う。


友庫(ともこ): そ、それは貴方が悪いんでしょ! 逆恨(さかうら)みよ!


白髪混じりの男: 逆恨(さかう)みとか関係ねえんだよ! 俺の人生がお前に潰(つぶ)された事実は変わらねえ。


友庫(ともこ): ……それで何? 私に謝(あやま)れって言うの?


>カメラの男がまたへへへと笑った。白髪混じりの男は、バカにしているのかと言いたげに眉を吊り上げる。


白髪混じりの男: そんな詰まらねえ事で、こんな手間を掛けるかよ。こっちは人生を台無しにされたんだ。今度はお前の人生を台無しにするのが、筋(すじ)ってもんだろ?


>この脅しに対する友庫(ともこ)さんの反応は、勇気があり、決断も早かった。大声を上げたのだ。


友庫(ともこ): 誰か! 助けてください!


>白髪混じりの男が腕を掴(つか)んでくるが、友庫(ともこ)さんはそれを振り払おうともがきながら、声を上げて続ける。


友庫(ともこ): 止めてください! 誰か! 助けてください! 痴漢です!


白髪混じりの男: シー! 待て、俺の話を聞け。


>その声の調子に、友庫(ともこ)さんも一旦抵抗を控(ひか)えた。怒鳴りつけられれば抵抗は続けただろうが、男の声は冷静だったからだ。もしかすると、騒ぎ立てた事で事を丸く納(おさ)める気になったのかもしれない。そう、友庫(ともこ)さんは期待した。


友庫(ともこ): 何ですか? まず、手を離して下さい。


>この要求はすぐ聞き届けられた。


友庫(ともこ): 離れてください。


>これにも白髪混じりの男は従い、二歩下がった。しかし、カメラの男はカメラを向けたままで、ニヤニヤ笑いを続けている。友庫(ともこ)さんはもう一つ要求する。


友庫(ともこ): スマホを取ってください。


>これには男たちは動かなかった。確かに、そこまで要求できる立場ではなかったと考えた友庫(ともこ)さんが、自分で拾おうと歩き出すと、白髪混じりの男は両手を肩の高さまで挙げて、行く手を遮(さえぎ)る。


白髪混じりの男: 待て、俺の話を聞け。


友庫(ともこ): ……話って、何ですか?


白髪混じりの男: 昔、ニューヨークで事件があった。人殺しだ。それは白昼堂々と起きて、襲(おそ)われた女は何度も助けを求めたが、誰も通報しなかった。


友庫(ともこ): キティ・ジェノヴィーズ事件。


>友庫(ともこ)さんが小さく頷(うなず)いて言った。


白髪混じりの男: ほう。知っていたか。なら、分かるだろう。都会じゃ悲鳴を上げても無駄なんだよ。


>白髪混じりの男がニタニタ笑い、カメラの男が何度も頷(うなず)いた。友庫(ともこ)さんはその二人に恐怖を覚えながらも反論を試みる。


友庫(ともこ): それは、昔だからよ。今はみんなが、気軽に通報でき撮影できるスマホを持っている。貴方たちもすぐ逃げないと警察にすぐに捕まるわよ。


>カメラの男が「ククク」と笑い、白髪混じりの男は音を立てない拍手をする。


白髪混じりの男: おうおう。女のくせに粋(いき)がるだけあって、口が達者だな。じゃあ、やってみろよ。もう一度、叫んでみろよ。


>友庫(ともこ)さんは唾(つば)を呑(の)んだ。恐怖に呑(の)み込まれないようにするためだ。そう開き直るからには何か仕掛けがあるのかもしれない。もしかしたら、防音対策が施されている駐車場なのかしら、と思ったが、地下のように密閉されてはいなかった。確かに、出入り口以外は壁に囲まれていたが、出入り口は広く開いていた。扉などで閉められていないのは、光がそちらから入ってくるのでわかる。ただし、直接出入り口は見えなかった。社用バンが邪魔で視線が通らないのだ。車の陰から出ようと歩くとまた、白髪混じりの男に腕を掴(つか)まれて止められた。


友庫(ともこ): 止めてください! 離して下さい!


白髪混じりの男: ほら、もっと。叫べよ。


友庫(ともこ): 助けて! 誰か、助けてください!


>しかし、その叫びに応じる声はない。駐車場の前の道は、少なかったが人の通りが全くないわけではなかった。誰にもこの声が聞こえていないとは考えにくかった。しかし、男二人の態度のせいもあり、友庫(ともこ)さんの中で不安が大きくなる。その不安に任せてさらに助けを呼ぶ声を張り上げるが、急に白髪混じりの男が友庫(ともこ)さんの頬を叩(はた)く。


白髪混じりの男: うるせえんだよ。いい加減諦(あきら)めろ!


>そこで強く押され、友庫(ともこ)さんは突き倒される。


友庫(ともこ): 貴方も、お金で雇われたんですか?


>友庫(ともこ)さんの声はカメラの男へと向けられた。もう、白髪混じりの男の仲間だと分かっているが、直接恨みを買っていないなら、罪の重さを説けば、助けてくれなくとも、逃げ出す可能性はあるかもしれない、と友庫(ともこ)さんは期待した。それにすがるしかなかった。


白髪混じりの男: コイツは、お前みたいに「女の正義」を振りかざす連中が大嫌いな男だよ。そんな奴らは世の中にゴロゴロいるんだ。


カメラの男: そうそう。そろそろストリップでも始めてくれないかな? 全裸で土下座すれば、その人も許してくれるかもしれないよ。


>えーと、だいぶ危ない雰囲気になったので、一旦シーンを切り替えましょう。いつもの動物のシーンは……あ、脈略(みゃくらく)がなさ過ぎるからダメですか。では、花火大会の映像は? ……あ、そっか、時間が巻き戻っているからまだ花火は上がっていなかったんですね。でも、人は集まりつつあるんですよね? 出店も準備が終わって商(あきな)いし始めている所もありますよね? そっちを流しましょうよ。……はい、駅前の高台公園ですね。以前、パンツイッチョマンが噴水(ふんすい)にまみれた広場とは、駅舎を挟んで逆になる側にあります。……はい、こんな感じですねぇ。公園と言っても児童公園のような遊具はなく、広場です。かつてお城があった丘ですが、戦後に解体してしまい、観光資源になると気付いた時には、時間を掛けて城壁まで撤去(てっきょ)した後でした。……あ、そういう説明はいらない? 友庫(ともこ)さんはどうした? ……えーと、今は未だ大丈夫、というか、殴られたり、服が破かれそうになっていますが、放送できる範囲で収まってますよ。でも、いつ一線を越えるかわからないので、ちょっとカメラを向けにくい状況です。……あ、そうだ! 代わりに、友庫(ともこ)さんの叫びがなぜ近くの人に響(ひび)かなかったのか、そのトリックを説明しましょう。実は、白髪混じりの男にはもう一人の協力者がいまして、その男が――あ、詳細な説明はダメ? 悪用されないように最勝寺先生から禁止されていたんですね。……じゃあ、どうしましょうか?

>えーと、今回の事例ほど込み入った事態にはなっていないかもしれませんが、こういった事件は現代で人知れず起きています。みなさんも気を付けましょう! というか、気を付けるだけじゃなくて、そういう事件を起きないような社会を作っていきましょう! ――って、あれ? この番組、そういう啓発(けいはつ)が目的じゃないですよね。友庫(ともこ)さんはかわいそうで観ていられないけれど、事件は事件として淡々と観察する、というかこちらからは介入できないから、観察するしかない。……あれ? また私、ミスしました? 本当は向けては行けない所にカメラを向けさせてしまったのかも――あ、大丈夫です。事態が変わりました。良かったぁ。センサーの不調かと思いました。とりあえず、カメラを戻しましょう。


>駐車場の地面にへたりこんで泣いている友庫(ともこ)さん。何度か叩かれて、鞄(かばん)も奪(うば)われて地面に投げ捨てられています。心はもう完全に折れちゃいました。元々彼女はどちらかというと、おとなしいタイプでした。いつか堂々とした立派な大人になりたいと思いながら、大学生になり、「もう私、大人じゃん」と気付いても、別に「立派な大人になるための階段」なんて用意されていなかったから、一段も上っていない自分に「どうしよう……どうしようもないよね」と言い聞かせている生き方をしていました。そんなある日、パンツイッチョマンに出会い、衝撃(しょうげき)を受け、それだけでなく、年の近いフリップフロップ・チェリーに出逢(であ)った事が、友庫(ともこ)さんを変えました。「なりたい自分になる為には、自分で階段を上っていくしかない」という気付き(・・・)です。言葉でいうと当たり前ですが、実感し、実践(じっせん)していくのは、多大な覚悟と努力がいることでした。その成果もそれなりに上がり、成功体験が彼女をより強くしていたのに、今は「やっぱり分不相応な背伸びをしていた」と打ちひしがれていました。


白髪混じりの男: へっ、考えようによっちゃ、羨(うらや)ましい事とも言えるぞ。お前がババアになっても、ネットじゃこの若い時の姿がいつまでも残るんだからな。一生、ついて回るんだ。


カメラの男: 一生どころか、たとえ自殺されても――


>えーと、発言内容が過激(かげき)なので検閲(けんえつ)しました。


男の声: 映画撮影(さつえい)なのに、照明はいらないのか?


>突如(とつじょ)割りこんできた第三者の声。もう、この声を聞いて視聴者の皆様は誰かおわかりですね? ええ、でも、例によって、本人の名乗りがあるまではこちらから明言は避(さ)けておきます。


カメラの男: ひやぁぁ!


白髪混じりの男: な、な……


>いつの間にか背後に現れていた肌色全開の男に、怯(おび)えて跳びはねるカメラの男と、絶句する白髪混じりの男。一方、友庫(ともこ)さんのすすり泣きは、その声を聞いて、ピタリと止まる。


肌色全開の男: ほら、これ。「撮影中」と書いているが、暗すぎないか?


>黒いパンツだけをはき、バイザー型のサングラスを掛けた男は、画用紙帳をパサリと地面に投げる。そこには「自主映画撮影中です。ご協力ありがとうごさいます。」と書いてあった。……ええ、これが通報されないトリックでした。せっかく隠していたのに、この人が持ってきたら、もう仕方ありませんね。


カメラの男: あ、あいつ、逃げやがった。


>隣に立たれた黒いパンツの男から離れながら、カメラの男は出入り口に立たせていたはずのもう一人の協力者が居ないことに気付いた。……まあ、こんな半裸の男に話し掛けられたら関わり合いになりたくないのが普通です。


白髪混じりの男: お、お前、何者だ!?


>お、来ましたね。皆さんも準備はいいですか? ポーズを合わせたい人は周りのスペースを確保して下さいね。


黒パンツの男: そう、私は文明の批評家(ひひょうか)――


友庫(ともこ): パ、パンチョさん!!


>突然、友庫(ともこ)さんが立ち上がると、よろめきながら黒パンツの男へとむしゃぶりつく。やむなく、右手の人差し指を頭上に上げようとしていた黒パンツの男は、ポーズを解き、友庫(ともこ)さんを受け止める。


黒パンツの男: 大丈夫かね?


友庫(ともこ): パ、パンチョさ~ん、ぅぅぅ、こ、怖かったぁぁ。


>そのまま、あーんと大声で泣き出す友庫(ともこ)さん。心の底からの安心のせいか、ここ一番の大声だ。


黒パンツの男: 大丈夫だ。もう大丈夫だぞ。


>頭を撫(な)でられて、ズリズリと頭の位置が下がっていく友庫(ともこ)さん。このままでは、銀子先生が激怒しかねない位置関係に、友庫(ともこ)さんの頭が動いてしまうぞ!? ……あ、良かった。友庫(ともこ)さんの抱きしめている両手が、黒パンツの男――っていうか、もう名乗りを潰(つぶ)されちゃったみたいだから言っちゃいますね――パンツイッチョマンの腰で止まる。つまり、友庫(ともこ)さんの顔は、パンツイッチョマンのへその上あたりで止まっているぞ。まあ、これでも銀子先生は嫉妬(しっと)するでしょうが。そもそも抱きついている時点でNGでしょうから。だけど、股間(こかん)までずり落ちていたら、養老家の権力を暴発させかねない事態に発展したかもしれません。……まあ、銀子先生がこの場に居ないのでセーフはセーフですが、あの人もパンツイッチョマンに次ぐ神出(しんしゅつ)鬼没(きぼつ)ぶりを発揮(はっき)するので気は抜けません。

>パンツイッチョマンの顔が上がると、白髪混じりの男へと向けられる。バイザー越しにでも、眼力は伝わるようで、白髪混じりの男は一歩後ずさる。


パンツイッチョマン(以降、「P1」と表す): どうやら、映画撮影ではなかったようだな。


白髪混じりの男: く、くそっ!


>白髪混じりの男は自分の黒い綿パンの裾(すそ)をたくし上げると、黒い長靴下から何かを引き出す。その手を上下に振ると、持っていた棒が長くなる。特殊警棒。一般には流通していない暗器(あんき)を準備しているあたり、この男の執念(しゅうねん)深さを示している。特殊警棒は、隠密携帯性が高く、攻撃までの展開が早いため、販売や所持が規制されている国は多い。しかし――


P1: イッチョマン・スラップ!


♯ パチン!


>いくらすぐ攻撃ができると言っても、平手打ちの簡潔(かんけつ)さには敵(かな)いません。ちなみに、このイッチョマン・スラップは、回転式の方で、右手では、友庫(ともこ)さんを抱きかかえたままだった。なので、遠心力で広がった友庫(ともこ)さんの両足が、白髪混じりの男を足払いするようなコンビネーションになっていた。


カメラの男: ひっ! お、俺はた、頼まれて……


>言い訳しつつ、後ずさりしていくカメラの男。パンツイッチョマンは、事もなげに、友庫(ともこ)さんを脇に置くと、カメラの男に詰め寄る。そして、右手の人差し指を相手の鼻先に突き付ける。と思ったら、その指を左に向けた。反射的にそちらを向く、カメラの男。


P1: イッチョマン・スラップ!


♯ パチン!


>呆気(あっけ)なく倒されるカメラの男。しかし、今のは何でしょう? 新技ですかね? あっち向いてホイ式イッチョマン・スラップ。……だとしても、新技というほどではないですね。


P1: そう、名乗るのを忘れていたが、私はパンツイッチョマンだ。


>倒れている男二人にそう言っても、絶対聞いてはいませんよ。それから、へたり込んで泣いている友庫(ともこ)さんへと近づくと、パンツイッチョマンは傍(わき)にしゃがみ込む。


P1: 大丈夫か?


友庫(ともこ): は、はい。……ありがとうごさいます。


>パンツイッチョマンは、立ち上がると、倒れている二人へ顔を向ける。


P1: 警察に連絡して、捕まえて貰(もら)った方が良さそうだな。幸い証拠はあのカメラに収められているだろう。


友庫(ともこ): あ、はい。そうですね。


>友庫(ともこ)さんが涙を拭(ふ)きつつ、スマホを探していると、パンツイッチョマンが拾って渡してくれる。


P1: しかし、警察が来るまでに正気づくと厄介(やっかい)だな。しばらく一緒に居ようか?


友庫(ともこ): はい。


>一旦そう答えた友庫(ともこ)さんだったが、しばらくして首を左右に振った。


友庫(ともこ): あ、でも、パンチョさんは警察ダメでしたよね? だから、大丈夫です。


>そう言いきれるのは、友庫(ともこ)さんが鞄(かばん)に結束バンドを入れていたからだ。フリップフロップ・チェリーから、悪人を縛(しば)るために使えると知ってから、何かあった時用に携帯(けいたい)していたのだ。パンツイッチョマンがまるで「ほんとうに大丈夫か?」と言わんばかりに友庫(ともこ)さんを見つめた。


P1: パンツイッチョマンだ。


>あ、違ってた。友庫(ともこ) さんの心配ではなかった。……パンツイッチョマンとは同調(シンクロ)できないので、何考えているのか分からないんですよね。


友庫(ともこ): はい、知っています。 ……パ、パンツイッチョマンさん。


>恥じらいから小声になっていくが、ちゃんと言いきった友庫(ともこ)さん。それに頷(うなず)くパンツイッチョマン。


P1: うむ。だが、あだ名はパンチョでも構わないぞ。


>そう言われて、友庫(ともこ)さんが、泣いてから初めて笑った。パンツイッチョマンも微笑む。


P1: ついでに、一つ頼まれて欲しいことがあるのだが、いいかな?


友庫(ともこ): はい、私でできる事なら。


>っと、今週はここまで! この後、二人が何を話したのかは、きっと来週明かされる。……しかし、結局今週も終わりきれなかったですね。でも、私はこう言います。「うん、知ってた」と。

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