第五話 ウェディングベルと黒パンツ(3)
P1: 私は、文明の守護天使。パァァアーーンツ……
>言いながらパンツイッチョマンの右手は頭の上の高さまで上がっていく。
P1: イッチョマン!
>右手は左肩、右腰へと払われ、代わりに人差し指を立てた左手が正面に伸ばされる。
♯ バン! バン! バン!
>左、右、正面と三連続のズームイン。「いや、もうこのシーン見たよ」と言う人も、やはり週明けにパンツイッチョマンの名乗りから入った方が勢い出るから楽しいでしょう?
♪ チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)
《中略》
♪「パァアンツー」チャッチャー「イッチョマーン」
>ちゃんとテーマ曲を流して、今週もパンツイッチョマンの始まりだ。今週こそは第五話エンディングまで到達するぞ!
>今までパンツイッチョマンの宣言をぶつけられた人たちは「ぽかーん」とさせられていた。今回もその姿は見られるのだが、なんと、前回花見の際では手を叩いて喜んでいたはずの銀子先生も驚いた顔をしていた。オタマジャクシ仮面同様、ゴツゴウ・ユニバースの人たちは「パンツイッチョじゃないじゃん」と見えてしまうせいだろう。
P1: 獣の多くが、乱交ないしハーレム制を採っているのに対して、人類は太古の文明より結婚という儀式を経て、特定の相手を番とする。この儀式からを邪魔し、特定の番相手を奪うとは、その行為、文明に対する反逆と見なせる。
>言葉だけ聞いていると、突然訳の分からないクレームを投げ掛けているように聞こえるが、パンツイッチョマンの左手人差し指は、立てられた状態から変化して、元カエル仮面に向けられていたので、誰に対して言っているのかだけはわかりやすかった。それでも元カエル仮面は、周囲を見渡して、自分に言われているんだよな、と皆の表情から確認してから、答える。
元カエル仮面: ……えーと、そうだとしても、その儀式が完了する前に奪ったんだから、ある意味、結婚式に対してリスペクトがある、ってことにならねえか?
>急に吹っかけられた問答を、自信なげに返すと、パンツイッチョマンはしばし黙り込み、指差しの構えを解くと、フロントラップスプレッド風の姿勢を取った。
P1: なるほど。一理あるな。
>え! 一理あるの!? ……えーと、それじゃあ、パンツイッチョマンが出てきた意義は……ない、のか?
ジェームス: でも、獣にも立派な番はいます! オシドリ夫婦って言うじゃないですか?
>パンツイッチョマンの態度に、私も含めて一同が唖然としていたが、外国人だから少し感じ方が違ったのだろうか、ジェームスさんがパンツイッチョマンに問いを投げ返す。しかし、その内容はやや的外れだ。本題ではなく、前提の「獣の多くが、乱交ないしハーレム制を採っている」ことへの問いかけだからだ。さらに、多い少ないの割合の話だから、個別の事例を出してきたところで、議論は発展しない。ただ、大人になってから日本語を学んだ身でありながら、「オシドリ夫婦」という言葉を知っていた事には素直に賞賛を送りたい。それとも、英語にもオシドリ夫婦があるのだろうか? このあたりは最勝寺先生の調査に委ねよう。
※注釈: 英語ではlovebirdsという表現があるようです。参考資料:Google検索
P1: ハッハッハ、それはどうかな? ある調査では、オシドリは、番オスが離れた隙に他のオスを探しに行って交尾をするメスが、間違いとは思えない頻度で存在する、という報告があるぞ。考えてみれば、それが仲良し夫婦なのか、それともストーキング行為なのか、傍目からは区別が付きにくいものだな。
ジェームス: へぇ……。
>納得、感心したように、二度三度頷くジェームスさん。……結局、この下りは要らなかったのかもしれない。
P1: 結婚式の横入りについては良しとしても、強盗行為についてはどうかな? 強盗行為は、文明発展以前より存在し、文明社会の中で途切れることなく続けられた、いわば文明の側面の一つだ。しかし、継続されていたからといって、それが文明自身にとって良い行為かどうかは別だ。そのあたりはどうだね?
>パンツイッチョマンの人差し指は、周囲をフラフラさまよった後、仮面三人衆のうち、最も近くにいたサンショウウオ仮面へと向けられる。ギョッと身を竦めるサンショウウオ仮面。そして、答えを迫るように一歩また一歩と迫るパンツイッチョマン。これはなかなか怖い時間制限問題だ。……というか、あれ? 指が向いているのはサンショウウオ仮面ではないですね。その近くに居る新婦の親族と思われる年配女性。……いや、誰を選ぼうがパンツイッチョマンの自由かもしれませんが、これまで全くスポットライトを浴びていない人を選ぶのは止めて欲しいですね。ちょっと待ってて下さいね。座席表からどういう関係者なのか調べてみますので……。
サンショウウオ仮面: て、てめえ、こっちに来るんじゃねえ!
>おっと、サンショウウオ仮面も私と同じような間違いをしているようですね。指差されている年配女性も、遅れて自分が指名されたのかと気付いて焦っていたところでしたが、あまりに慌てているサンショウウオ仮面の様子に、やはり自分ではないのかなと、少しホッとした顔になっています。サンショウウオ仮面は……あ、これは、この人はパンツイッチョマンが半裸だと気付いていますね。ゴツゴウ・ユニバースの中では観察力が優れている人のようです。もちろん、見抜けたのは、仮面三人衆の中で最も近い距離だったからという要因もあるでしょう。
サンショウウオ仮面: ち、近づくなと言ってんだろ!
>そう言って、両手で銃を構えて、パンツイッチョマンへ向けるサンショウウオ仮面。……私たちはちょっとパンツイッチョマンの半裸に慣れているから、「今日は塗ってるんだ」と思うくらいですが、初めて見る者にとっては、半裸になっているより、そこに服のペイントをされている方がもっと不気味かもしれません。そして、一歩また一歩と、早くはないが、ベースを全く緩めないパンツイッチョマン。どうも、また相手の話を聞いていない感じですね。サンショウウオ仮面を指差していないから、サンショウウオ仮面が自分に話し掛けていないとか思っているんでしょうね。
サンショウウオ仮面: く、来るなって、言ってんだろ。
♯ パーン!
>あ、撃っちゃった! しかし、パンツイッチョマンは上半身を捻って避け、弾は後ろの壁へと当たる。 ん?……ちょっと待って下さいね。カメラの角度を変えて、もう一度。
♯ パーン!
>はい! ここでストップ。えーと、銃はだいたいこっち方向ですが、当たったポイントはそこからズレていますね。ちょっと情報にアクセスしてみましょう。……ほほう、なるほど。改造銃は、精度に難点があり、有効射程は二三メートル。しかし、パンツイッチョマンとの距離は……うーん、五メートルほどかな。有効射程の二倍近くじゃ狙っても当たらないかもしれないですね。というか、それなら、逸れ具合によっては、身を捩ったところで、パンツイッチョマンに当たっていたかもしれない、ってことですよ! ……でもまあ、当たらないんでしょうね。ゴツゴウ・ユニバースですからね。では、再動っと。
サンショウウオ仮面: し、しまった!
>慌ててポケットから次弾を取り出して、リロード作業を始めるサンショウウオ仮面。あ、お伝えしておりませんでしたが、仮面四人衆は全員灰色の作業着を着ています。本番組は出演者の外見について少ない情報しかお伝えしておりませんが、それは視聴者の皆様のカスタマイズの余地を残しているからです。描写されていない部分は、自由に埋めて下さいね。ご希望なら、残りの結婚式の参列者は全員水着姿の美女にカスタマイズ可能です。でもこのバージョンは公式としては発表できません。女性蔑視だとか怒られちゃいますから。なので、バランスを取って、若くて細身のイケメンばかりでもいいですよ、ともお勧めしておきますね。
>と無駄口を叩いたところで、パンツイッチョマンはリロードを待ってはくれない。ペタペタと近寄ると左手を一閃!
P1: イッチョマン・スラップ!
♯ パチン! ……ドサッ。
>二人。これで仮面四人衆の戦力は半減だ。今なら、式場の皆が結束すれば、態勢を逆転できるぞ!……と思ってないのか、誰一人として動き出さない。動いた最初の一人が撃たれるから、という恐怖だけでなく、チラチラ見る視線はもう一人の恐怖対象者を示していた。もちろん、パンツイッチョマン(ペイントバージョン)だ。
P1: さあ、君たちはどうする? その物騒な物を放棄するか、イッチョマン・スラップを味わうか?
>そういえば、銀子先生はそろそろいつものテンションに戻ってきたかな? うーん、あのコレジャナイ感の表情を見る限り、まだ裸ペイントという事実に気付いていないようですね。……考えてみれば、銀子先生の認識力の低さは、写真加工の時にわかっていましたね。
イモリ仮面: てめえ、調子に乗ってるんじゃねえぞ。
>イモリ仮面が持ち場を離れてパンツイッチョマンへと近づく。どうやら有効射程の短さは認識しているらしい。パンツイッチョマンも近づくように歩き出すと、イモリ仮面はチラリと銃の確認をしてから、銃を持った腕を伸ばして、パンツイッチョマンを狙う。
イモリ仮面: そこで、止まれ! それ以上近づくんじゃねえ。いや、後ろにも下がるな。
>念には念を押した警告だ。近すぎれば、イッチョマン・スラップの餌食になりかねない。さりとて、下がれば命中精度が落ちる。イモリ仮面はパンツイッチョマンの胸の中心を狙っていたので、一歩くらいなら下がられても、狙いが逸れたところで当たりそうだが、慎重な性格なのだろう。しかし、本当に慎重なら、こんな悪事に荷担すべきではないぞ。
P1: ふむ。進まず、戻れず、か。ならば、これではどうだ?
>そう言うと、パンツイッチョマンは片足で爪先立ちになった。もう片方の足で、床を蹴ると、爪先立ちになった足を軸に回転運動が始まる。
P1: イッチョマン・スピン!
>確かに前にも後ろにも進んでいない、その場回転だ。腕を胸の前で組み、ちょんちょんと床を蹴る度に回転運動が上がっていく、そして高まっていく遠心力で――
イモリ仮面: ん?
>服に何か当たった気がして、視線を落とすイモリ仮面。いつの間にか、灰色の作業着に黒っぽい小さな染みができていた。何故だろうと思う間に、小さな何かが当たる感触と、当たった部位に染みはどんどん増えてくる。まさかと視線を戻した時には、既にパンツイッチョマンの技は完成していた。パンツイッチョマンが突然腕を広げる。フィギュアスケートのスピンと同じで、回転に急ブレーキが掛けられる。すると、パンツイッチョマンの腕から、雫――肌に塗っていた絵の具の雫が、イモリ仮面の顔に向かって飛ぶ。飛び散った雫の大半は、仮面の上に混ざった色の斑点を残したが、数滴が目に穿たれた穴へと入る。
イモリ仮面: うわっ、クソッ!
>慌てて手で目を覆うが手遅れだった。目に異物が入った痛みに毒づきながら、イモリ仮面は目を拭う。しかし、仮面が邪魔でうまく拭けない。そして仮面を取ろうとした時――
P1: イッチョマン・スラップ!
♯ パチン! ……ドサッ!
>イモリ仮面はほんの数秒、隙を見せただけだったが、パンツイッチョマンが見逃すはずもなかった。これで残す仮面男はあと一人。というか、もう仮面を脱いでしまっている元カエル仮面だけだ。しかし、この圧倒的に有利な状況で、結婚式の参列者が主導権を一気に奪い取る流れはまたしても生まれなかった。イッチョマン・スピンのもたらした被害は、イモリ仮面だけではなかったからだ。パンツイッチョマンの近くにいた参列客も、イモリ仮面同様に、混ざった絵の具な斑点の洗礼を受けていた。しかも、参列者は一張羅だ。中には借り物を着ている者もいた。精神的被害は甚大だ。
>そして、パンツイッチョマンの方は、イッチョマン・スピンのおかげで塗装は剥げ、いつもの姿に……あれ? 成ってませんね。落ちたのは一部のみです。腕が一番落ちていますが、それでも斑に残っており、腕が組まれていた胸はかなり残っています。軸になっていた足に至ってはほとんどそのまま。幾つか小さな穴が開いただけです。これは……ただの変態ではなく、みっともない変態ですね。しかし、こんなところでも、「回転した程度で全ての塗装が剥げるわけない」と、リアルに厳しいゴツゴウ・ユニバース。だけど、他メディア化された時にはきっとすっぱり綺麗に切り替わるでしょうから、それを期待しましょう。というか、視聴者の皆様の脳内構築ではそのようにしていただいても良いですよ。……まあ、この後、そのカスタマイズを逆行する描写が出てくるかもしれませんが……。
>しかし、パンツイッチョマンは、自身の服装(?)の乱れや、周囲の被害を気にしている様子はない。祭壇へ向き直ると、数段上のそちらを軽く見上げる。
P1: 残りは君一人というわけか。
元カエル仮面: おっと、おっさん、動くんじゃねえ。かなり強えみたいだが、所詮殴るだけ。近寄らなければ、俺に勝てる道理はねえ。
>なるほど。先のイモリ仮面は「寄るな、下がるな」と命じていましたが、確かに「動くな」の方が簡単で正しい指示ですね。だけど、「殴る」の部分は間違いです。正しくは、引っ叩いていますから。
P1: しかし、その手作り銃、些か欠点があるようだな。精度と連射性に。
元カエル仮面: ハン! あんな試作品と一緒にするな。これは、まだ本物の銃には劣るが、これぐらいの距離なら精度には問題ないし、レボルバー構造を見ればわかるだろう。六連発さ。
トオル: 既に二発撃った。残りは四発。
>冷静に、観察結果を告げる新郎。元カエル仮面は、苛立ったように顔を歪めて、そちらにも一旦銃口を向けた。
元カエル仮面: そうだとしても、てめえらを撃ち殺すには十分な弾数だ。
P1: ふむ、ならばこの場所から一つ問おう。
>パンツイッチョマンは、人差し指を元カエル仮面へ向ける。
P1: 君は本当に、隣の彼女を愛しているのか?
>意外な発言に、一同が戸惑った。特に、動揺したのはジェームスさんだ。彼はいつも通りスケジュールが進んでいたら、新郎新婦のお互いに愛の確認をする役割を担っていたからだ。止まってしまった儀式を再開してくれるのは良いとしても、組み合わせが違ってしまうのは、式に参加した者全員にとって、俄に承認できない事態だ。もちろん、元カエル仮面は違う。愛の告白を確かめるような質問には驚いたが、むしろ待ちかねた問いと言えたので、胸を張って答える。
元カエル仮面: 当たり前だろ! 捨てられても、わざわざ奪い取りに来てるんだぜ。好きでなければこんな事――
P1: それは、彼女ではなく、自分への愛情ではないのかね? 捨てられたのを認めたくなかったから。あるいは、彼女の人格を愛していたのではなく、「俺の女」という所有物として意識しており、それを取り返しに来たのではないのかね?
元カエル仮面: な、何を言ってやがる! そ、そんなわけないだろうが! 俺はちゃんとアユミの事を……
P1: ならば、容姿や肉体以外に、彼女の好きなところを、君は挙げられるのか?
元カエル仮面: そ、それは……
>元カエル仮面は困惑して、アユミの顔を見下ろす。アユミは、彼を睨んでいた。先ほどまでそんな目を向けられても小気味良かった。こちらが上だとわかるからだ。もし、苛ついたら張り倒せば良いとも思っていた。しかし、今は混乱させられた。彼女から「嫌いだ」と言われて、自分は「好きだ」と返せる何か、それがあるはずだと思ったが、何も浮かんでこなかった。それが本当にないのか、単に驚いたせいなのか、ハッキリする前に、先に答えた者がいた。
トオル: 僕はアユミが好きだ! 食べたい物が絞りきれなかったら、二つとも頼んで、僕の分から摘まみ食いするいじらしさが好きだ! 手を繋いで歩かないと、何もない所でも躓いてしまうドジなところも好きだ! 順番抜かしなどされたら、直接言う度胸はないくせに、小さく呪いの言葉を吐く正義感が好きだ! クリスマスシーズンが近づいたら――
アユミ: ちょ、ちょっと! もう止めてよ、恥ずかしい!!
>確かに、褒めているのか貶しているのか微妙な内容だった。自分の身内ならまだしも、新しく親戚となる人たちにまで、いきなり素顔を見られた気分になって、新婦の顔は真っ赤だ。しかし、新郎の顔は真剣だった。他の人たちはどう扱えばわからない微妙な顔をしていたが、不意に、突き抜けた笑い声が轟いた。新郎の父親だった。
新郎の父: フハッ! ハッハッハッハッ! ……
>その笑い声に押されるように、周りからもクスクスと笑い声が漏れる。アユミはさらに顔を紅くして、頬を膨らませてトオルを睨む。
アユミ: もう! トオルゥ~!!
>パンツイッチョマンも微笑んでいた。
P1: 勝負あったようだな。
>パンツイッチョマンが語りかけたのは、チャペル内で唯一笑っていない男、元カエル仮面だ。言われなくとも、彼自身、たとえ付き合った期間は自分たちの方が長かったとしても、新郎新婦の間の絆に敵わないのは実感させられていた。だからこそ、それを突き付けられると腹が立つ。
元カエル仮面: うるせえ!
♯ パン!
>元カエル仮面が引き金を引いた。しかし、パンツイッチョマンは側転でそれを躱し、弾はバージンロードに穴を空けた。それでも、元カエル仮面が「うるさい」と思っていた笑い声は止んだ。代わりに悲鳴が上がる。
トオル: みんな、ベンチの後ろに隠れて!
>冷静な指示を出してくれる人がいて良かったです。パンツイッチョマンにはそんな余裕がない、というより、発想がないと思われますから。参列客は言われたまま、銃撃の死角になるよう、ベンチの後ろに隠れる。
♯ パン!
>第二射はバク転でかわされた。なお、側転は元カエル仮面に対して斜め前方へ、バク転は左右方向の移動と言うふうに、パンツイッチョマンは体の向きを変えている。
元カエル仮面: くそっ! チョコマカと……
>片手撃ちだった元カエル仮面が、銃を両手で構えて狙おうとする。
♯ パン!
>動きを予測しての第三射だったが、飛び込み前転の上下動には付いていけなかった。……この動きはあれですね。ノーパン刑事と雑居ビルの廊下でやりやった時に見たやつです。元カエル仮面にとっては不幸なことに、パンツイッチョマンは銃撃戦の模擬練習ができていたことになる。
P1: イッチョマン・クロス・スラップ!
>飛び込み前転からの打ち上げ式ダイビングクロスチョップ!? ……じゃなくて、クロス・スラップか。確かに、手の甲で首の下から両顎を叩くように、クロスが開かれる。
元カエル仮面: グゲェェ!
>どこかカエルの鳴き声に似た声を漏らして、元カエル仮面は体を軽く浮かしてから後ろへと倒れていく。意識を失い、後頭部を床に打ち付けそうになる体を、アユミがしゃがみながら受け止める。その後、彼女は「しまった」という顔をした。事実、敵であるはずの男を庇った事実に、新郎の父は厳しい目を向けていた。だが、アユミの傍に、すぐにトオルが歩み寄ると、彼女の肩にそっと手を置く。不安げに見上げるアユミに、トオルは「大丈夫」と言うようにしっかりと頷く。
>そう。先ほどまで自分の命を奪いかねない相手であっても、危ないと思えば、つい手を差し伸べてしまう、そのアユミの優しさにもトオルは惚れていたのだ。見つめ合い、お互いの愛を確かめ合う二人――を軽く押しのけて、斑裸の男が間に入ってくる。
P1: ちょっと失礼。その男に聞いておきたいことがある。
>パンツイッチョマンが、元カエル仮面の襟首を持つと、引っぱり上げ、横っ面を軽く叩く。
P1: おい、起きろ。
元カエル仮面: ん、んん?
>目を瞬く元カエル仮面。意識は未だハッキリしていなかったが、一人で立てるほどは回復していた。
P1: 手作り銃を自分で作ったと言っていたが、その行動および計画に至るまで、本当に自分が思いついた事なのか?
元カエル仮面: え? 何だよ……もう、俺の負けだ。
>まだボーッとしたところがあるのか、元カエル仮面が頭を小さく振りながら、答えた。
P1: 勝ち負けはどうでもいい。始まりについて思い出せ!
>パンツイッチョマンは、元カエル仮面から一歩離れた場所に立つと、腕を胸の前で組む。
元カエル仮面: え? ……何だよ……。
P1: もしや、誰かに声を掛けられなかったか? 花を持った女性に?
>ボーッとしていた元カエル仮面の態度が変わった。伏し目がちだった顔を上げ、パンツイッチョマンを睨みつける。良くない事に、元カエル仮面は銃を完全に手放していなかった。失神した時に、確かに銃は手から滑り落ちていたのだが、この改造銃にはストラップが付いており、手首に結わえられていたのだ。手首を跳ねて、銃を握り直すと銃口をパンツイッチョマンへと向ける。これは避けられない至近距離だ。危うし! パンツイッチョマン!
…………。
>銃声用に間を取ったが、銃声は鳴り響かなかった。イッチョマン・スラップの方が早かったわけでもない。それなら「パチン!」と音が鳴っていた。音が鳴らなかった理由は、横から伸びた白いスーツの腕が、銃のリボルバー部分を押さえていたからだった。
元カエル仮面: な――
>「何」と言い振り向く暇すらなかった。元カエル仮面は、瞬く間に引き倒される。その時には既に、首の付け根を膝で押さえつけられていた。元カエル仮面が見上げた先にいたのは、優男と見くびっていた新郎の姿があった。
P1: ふむ。勝負あったようだな。
トオル: 宇片叔父さん、ネクタイ貸してくれますか?
>叔父に呼び掛けたトオルの行動が切っ掛けに、新郎の父が指示し、仮面四人衆が縛られ始める。集められたお金やスマホたちが再配布され、ブライダルスタッフは参列客の確認をしつつ、施設の被害状況も把握する。警察の連絡も彼らが行った。そして、祭壇上では見つめ合う新郎新婦と、その傍らに立って儀式の再開のゴーサインを待つジェームスさんがいた。……我らがパンツイッチョマンは、祭壇の下で思案に耽っていた。実は、ナレーター権限でもあまり同調できないパンツイッチョマン。なので、黙って考えられていたら、こちらはお手上げなのだが、この話し掛けづらい相手に嬉々(きき)として声を掛ける者がいた。
お銀: パンツイッチョマンさん!
P1: ん?
>考えを中断させられたようだが、それで苛立つようなパンツイッチョマンではない。サングラス越しに目が合ったと自覚したのか、銀子先生は恥ずかしそうに目を伏せる。
お銀: あ、あの、今日もありがとうございます。いつも、私の危ない時に助けていただいて……。
P1: いや、君の為、というわけではない。
>きたー! パンツイッチョマンのズバリ発言。さすがの銀子先生も、まさに単刀直入の一撃に凍りつく。が、それも数秒。ニヤニヤ笑うと「かわいい。照れちゃって」と前向きに解釈する。一方で、パンツイッチョマンはもう銀子先生から意識が離れていた。我々にとっては幸いな事に、一旦話した後だったせいか、考えている内容を言葉として出している。
P1: 今回もセーフティ機能は発動したようだが、暴走というほどの爆発力はなかった。やはり、手作り銃を製造し、結婚式襲撃を計画するとなると、長期的になるからな。洗脳というより、これはむしろ……
お銀: ねえ。パンツイッチョマンさん、拭いてあげましょうか?
>最初からそのつもりだったようで、銀子先生は手にハンドタオルを持っていた。
P1: ん? そうか? そうしていただけるなら有り難い。
>その言葉を待っていたかのようにしゃがみ込む銀子先生。まずは、絵の具が多く着いている箇所を落とそうという考えらしい。
お銀: やっぱりねっ、パンツイッチョマンさんは、こう、服を着ているみたいだと、落ち着かない、って言うか……
>ゴシゴシと足を擦りながら話す銀子先生。銀子先生の前のめり姿勢には、正直引くところがなくはないが、このパンツイッチョマンの見掛けに関しては、全くの同意見だ。今後またペイントする事があったとしても、イッチョマン・スピンのレベルを是非とも上げて、きちんと剥がれるようしていただきたい。
お銀: すいませーん、何か拭く物、ありませんか?
>ハンドタオルではすぐドロドロになり、スタッフに要求する銀子先生。拭き掃除で使う雑巾はすぐ用意でき、ふきんもあるので、要求はすぐ通った。
>徐々に、混乱していた雰囲気は治まってくる。そうなると、気になるのは異質な存在、肌色全開に近づきつつあるパンツイッチョマンだ。所持品が元に戻り、悪党どもを縛り上げて隅に追いやると、一応助けてくれたらしい変態()気になる。銀子先生が知り合いらしいというのも、気になっていた。その時、パンツイッチョマンが急に手を伸ばし、銀子先生の手首を握る。
P1:そこは、拭く必要はない。
>銀子先生が手を伸ばそうとしていたのは股間だった。「え!?」としらばっくれる銀子先生。しかし、そのまましゃがんでいたのを引き起こされると、パンツイッチョマンは背を向け、そこを拭くように暗に示す。銀子先生は、パンツイッチョマンがこちらを見ていないことをいい事に、未練がましくパンツイッチョマンのお尻を見ていたが、周囲の目があるのを思い出したようで、渋々(しぶしぶ)、背中の拭き作業に移る。この二人に、最初に接触したのはトオルだ。
トオル: ありがとうございます。助けていただいて。
P1: いや、礼には及ばない。私は気になる事を確かめたかっただけだ。
トオル: 気になる事、ですか?
P1: うむ。結局、わからず仕舞いだが……いや、私を気にせず、式を再開していただいて結構です。僭越ながら、私からも祝福させていただきます。おめでとう!
>突然「おめでとう」部分を大きな声を出すと、手を叩く。それに一旦布切れを置いた銀子先生が続くと、他の人達も拍手を始める。これにジェームスさんは嬉しそうに頷くと、トオルに祭壇へ戻るように促す。中断していた儀式を再開させる時が来たのだ。
>困っていたのが、ブライダルスタッフの、特にリーダーだった。警察に連絡した彼女は、警察が到着するまで現場をそのままで保存するように指示されていたのだ。「それって、結婚式もですか?」と確認したが、「お願いします」という体をとった凍結指示だった。「だったら、確認せずに、知らないふりをして、少なくともこの式をくらい済ませておくべきだった」と思ったが後の祭りだ。だから、彼女は結婚式再開に傾きつつあった流れを止めなければならなかったが……そうするのは止めた。どちらかというと、警察に言われなければ知らないふりをして進めようという立場だったのだ。だから、改めて考えると、都合の良い状況だったのだ。「お客様が独りでに始めてしまいまして」と言えば済むことだ。それより考えなくてはいけないのは、その後の予定だ。ジューンブライドというブランドのお陰で、おまけ週末なので、今日も予定はぎっしり詰まっていた。警察の捜査はどれほど時間が掛かるかわからないが、その間の予定客にキャンセルしてもらわなければならなかった。普通に考えて、かなり費用が発生する話になるだろう。それは、強盗に請求できるのか、そこから回収できなかったら、誰が補償してくれるのか、考えると怖ろしい問題だった。
>と、今週はここまで。事件は一応解決したが、話は未だ続くぞ。というか、まだまだ続くぞ! 長いから二話に割らざるを得なかったほどだ。しかし、この後の話が本当に必要かどうかは、あなたのその目で確かめよう!




