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異世界でも強いだけでリア充出来る訳じゃない  作者: 脱力呼吸法
第2章 赤の迷宮と骸骨達の騒乱
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魔剣1

 川が竜のように荒れ狂う。茶色を通り越して黒く濁った水の中ではとてもじゃないが目なんて開けていられなかった。水中を伝わる波動のみが物体の接近を知らせる全てだ。どうにか霧崎は右側を流れていく物体を掴む。掴んだらそいつに上半身を乗り上げる。とたんに夜気が肌に突き刺さった。

「ぶハあ、」

 一息ついて窒息寸前の呼吸をようやく回復することが出来た。それにしても辺りが暗すぎる。例え夜でも岸からの明かりくらいは見えてもおかしくないというのに、轟く水音が左右から霧崎の頭を揺さぶるのみで、笑えるくらい周囲の状況が判らない。

 目は闇に閉ざされ、鼻は悪臭に潰される。辛うじてそのことから街の下水か何かを流されていると気付く。それがわかったからといって希望になるわけでもない。相変わらず周りの状態は判らないのだから。

 暗闇がゆっくりと霧崎を蝕んでいた。

 いつしか霧崎の体から流されているという感覚は抜け落ちて、耳元で鳴り響く音を呆然と聴いていた。

「痛ッ!」

 気が抜けて、途端に背中の傷が抗議を始める。もう散々汚水に浸かった傷を庇いながら、上半身を木の枝に預けて体から力を抜く。こうして動かなければ背中の傷もあまり痛まない。斬り付けたエルトリアの孫娘の腕前は流石といったところか。

 ぼんやりとした霧崎の目に数分前のエルトリア老の剣技がぼんやりと浮かび上がった。

 それにしても、だ。エルトリア老は何を考えていたのだろう。あの日、エルトリア老を襲ったヤシャの弟子はエルトリア老のことを卑怯者と呼んだ一方でヤシャとエルトリア老はお互いに知り合っていたようにも見受けられる。そして剣の動きは――――――、

 霧崎の脳裏をあの月夜の立ち合いが駆け巡り、それは今日のエルトリア老の立ち合いと重なり、やはり最後には今夜のヤシャの立ち姿へと形を変える。

 双剣を使うという点で両者は似ているが、しかし内に流れる勁の動きと、あの二人使う技がどうにも霧崎の内では一致しない。かといって全く違うというわけでもなく、そうだ。同じ師匠から習い覚えたかのように……相同。

 ダメだ。上手くまとまらない。わかっている情報が同時に存在を主張する一方で霧崎の脳味噌は半分ほど落ちかけている。

「……あァ、やべなぁ」

 猛烈な眠気が霧崎を襲った。激流にに浸かり続けた体から体温が奪われている証拠だ。耳を苛む轟音も何時しか小さくなって意識のすみで喚き声を上げている。やはり水路に飛び込んだのは不味かった。街を横断し海に行き着く水路は、殆ど一直線に加工されていて掴みどころがない上に、このまま海に流されたら本格的に遭難することになる。さりとてあの場で思いついた策はこれしかなく、少しでも躊躇っていたら間違いなくヤシャに斬り殺されてていたと、霧崎は思う。

 目を灼く光が霧崎の思考を遮った。

「明かり、だ」

 といっても今度は白いばかりでやはり何も見えず、それでも、不意に訪れた僅かな光は霧崎を温める。数回の瞬きで眩しさに慣れると周囲が明らかになっていった。まず霧崎の捕まる木は意外と大きなもので、河の上流にある伐採所からここまで流されてきたものかもしれない。次に周囲は……それ自体が巨大な空間で壁と天井をくまなく精緻な彫刻が覆っている。恐らく神殿だろう。古い、もはや忘れられてしまった種族の――――あるいは部族のものかもしれない。植物を上る男。牙を剥き出しに巨大な口腔を開いた猛獣のようなもの。渦巻く二匹の螺旋の蛇と、それを掴む鳥は嘴の形からして鷲の一種のように見受けられる。光源は自ら光り輝く石だ。これが所々剥げ落ちながらそこかしこに置かれている。水路にはいくつものアーチがかかり、その側面にも見たことがないような文字が刻まれていた。    

 この神殿は意外と大きかった。結構な速度で流されているはずの霧崎が欠伸を二回しても、まだ続く。途中から数えていたアーチの数は十八、その終点は壁に掘られた鯨のような頭の丸っこい怪物の大口で、奥にある貪欲な闇が飽きることなく水を飲み干し続けている。 

「はハ……、うん」 

 渇いた笑いの原因は音だった。

 轟く水音はこれまでにないほど激烈で、怪物の口の向こうは、巨大な滝になっている可能性が大。落ちたら文字通り四散して何も残らない。

 このままだと……………死んだ、と思うじゃん?

 唐突にうっすらと笑みを浮かべながら、霧崎は懐から一束の縄を取り出す。取り出した縄の先にはそれなりの大きさの石が結び付けられていた。縄撃石―――こいつは振り回してぶつけると破壊力抜群で頭蓋に直撃すれば脳漿があたりに飛散する。ゴブリン武術が扱う武器の一つ、北の長山のウが得意とする得物だ。ウは全く光がない闇の中でも目標を捉える特異能力と、類稀な跳木術の使い手でゲリラ戦をやらせたら右に出るものはいなかった。

 そんなことを思い出しながら霧崎は縄撃石を振り回して一九本目のアーチに絡ませる。一八本を素通りしてしまったのは単に忘れていたからで、神殿の壁に絡みつく蔦を見ている内に霧崎はこれを思い出した。

「ぐぐグ、」

 やはりというか水流が、下半身を引き込んでいく。凍えた手に強張った手の筋が浮かび、背筋が隆起。背中の傷が盛大に墳血する。

「ぬガァっ‼」

 登れ。登れ。

 この時のために蓄えていた活力を爆発させろ。手を一歩進めるごとに少しずつ下半身が水から抜けていく。麻痺した腰から下が水から抜けきる頃には、完全に息が上がっているが、まだだ。両手でアーチを抱きかかえるようにして体を引き上げ、アーチの上に持ち上げた。

 ここでようやく霧崎は一息ついた。あとは猿のぬいぐるみみたいにアーチを抱きかかえながらズルズルと大地まで滑り落ちる。

 ああ、無理。もう無理。

 足は痺れて動かねえし、腕は腕でぷるぷる震えてやがるし背中は痛え。

 「フぅ」 

 安堵の溜息が背中から抜ける。

 ……瞼も重かった。

 今度こそ本当に霧崎は目を閉じる。疲れ果て、なお霧崎の瞼の裏に映るのは、冷たく輝く刀の切先だ。そいつはするりと霧崎の心に入り込み無心にこちらを照らしている。

 問い掛けるように。

 見守る様に。

 看取るように。

 徐々に真黒に塗りつぶされる刀に霧崎は手を伸ばす。

 まだ足りなかった。まだ斬り足りない。もっと、もっと先がある。もっと心が満ちる瞬間がある。この暗闇はそれを得るためなんだ。だから、

 光が遠ざかっていく。


 ………まだ斬り足りないのに、ここが最後だというのか。

 全感覚の消失を感じるという、何とも奇妙な経験が霧崎を笑いに誘った。すでに全身の筋肉は麻痺して、ただ甘く痺れる頭の中で霧崎は狂ったように笑う。

 そうだ、笑って死ね。


 

 一夜明けたトーレル事務所。

 仲間二人の居場所はこの地図で分かる、とフィーナはいった。高度な解析魔術の陣が施された迷宮の立体的な地図は、緑の粒子で構築されたた姿を要塞のように点滅させていた。緑の要塞の中を無数に動く赤の光点がギルドカードを持った冒険者達だ。ヤフタレクの手持ちの地図全てに目を通したフィーナが、一晩のうちに造り上げた魔力地図だった。ギルド本部の一画にもこれと同じものがあるし、実際に動き回る赤の光点をヤフタレクは見たことがある。赤の光点の上にはそれぞれ冒険者の名前が記されていた。その名前が三日以上動かないと死亡。動いてはいるものの、一週間以上迷宮から出てこないと行方不明。更に一カ月を超えたものも死亡とされる。また、迷宮内でこれを失くした冒険者ははギルドへの即時報告が義務付けられている。ただし、迷宮は広大でどこに抜け道があるかは分からない。ひょっとしたら、記録の上では死んでいても、実際には生きているなんて場合もあるかもしれなかった。

「それからこれ」

「………俺の剣だな、火でも吹くようになったのか?」

 フィーナが差し出した長剣をヤフタレクは受け取り、三歩退いて抜剣する。まごうことなき名剣。オークジェネラルと戦場を潜り抜け血飛沫で鍛え上げられた殺戮の刃だった。

「それだと持ってる手が火傷するんじゃない?それは兎も角、この剣には不変文字を刻んだの」

 不変文字?とヤフタレクが刀身を眺めて首を傾げる。

 「エルフの魔術剣士が見出した剣の奥義よ。あなたがそれに魔力を流せば、その文字があなたの動きを補正するわ」

「つまりどういうことだ?」

「魔力を徹してその剣を使えばあなたも疑似的に魔剣級の剣技が可能になるわけ。ただし、」

 ああ、とヤフタレクは続きを促す。フィーナは頷いて、

「使いすぎれば体を壊す。魔剣の身体運用は厳しいから勁を制御し損ねると簡単に自分の体を壊すわよ」

 まさしく手の中のそれは魔剣。持ち主を使い潰して敵を討つそれは、あるべき立場が逆転した異端の道具だ。

「怖いな。気を付ける」

「まあ、使わずに済めばいいわね」 

 フィーナは自らの声を聴きながら、ヤフタレクはエルフの声を聴きながら、それは無理だろうと二人は同時に思った。使わずに済む人生ならば、ヤフタレクは迷宮に潜らなかった。使わずにすむ人生ならば、フィーナはこんな街には来ていない。

「俺は仲間のために、あんたはあんたの目的の為に」

 詰め込み終わったのゴーレムに座るヤフタレクが抜身の剣を掲げた。こつ、とフィーナの弓がヤフタレクの剣に添う。

「また、無事に夕陽を見ようぜ」

「ええ、帰って来た時は四人で」 

 

 運搬用のゴーレムが重い駆動音を立て八角形の体を持ち上げた。軽量特殊合金の甲殻に朝日に照り返り、緋色に染まる。雲一つない青空は金の城壁とその外を区別せずに包み込む。

 ああ、いつもの空だ。

 ヤフタレクは迷宮に潜る前に必ず空を見上げ心に焼き付ける。戻る場所を忘れないようにするためだ。

 人の居場所は空の下。暗く冷たい地下では生きていけない。

「きれいな青空ね」 

「ここの空はいつもあんな色をしている。さあ、行こうぜ。先は長くなりそうだ。この空もしばらくはお預けだな」

 自分の言葉で空を眺めるエルフの姿ににヤフタレクは何となく、冒険者を始めた日のことを思い出す。

「ええ、行きましょうか」

 五人の衛兵のうち一人が迷宮を閉ざす鉄扉を押す。光の届かない迷宮の闇が瞬間僅かに照らされて、再び消えた。

 主人公を殺すべきか悩むな。これが最終回でもいい気もするし……。EDにはスタッフロールと空っぽになったトーレル事務所が映されてENDとか。

 まだ描きますけどね(笑)。

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