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異世界でも強いだけでリア充出来る訳じゃない  作者: 脱力呼吸法
第2章 赤の迷宮と骸骨達の騒乱
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迷宮の癒し手

 迷宮の崩落から三日が経つ。未だに二人の姿はおろか、所持品すらも見つかっていない。作業用の大型ゴウレムが迷宮に潜ってはいるが、本命はあくまでも死亡した将軍の息子とその護衛の二人だ。

 アステリア。ユルト。

 二人に減ってしまったヤフタレクの仲間を探すためのものではない。

「くっそ、」

 呻き声。

 だん!とテーブルに叩きつけられた酒杯が無意味な音と飛沫を撒き散らした。不愉快な異音に周囲の客が迷惑そうに顔をしかめ、ヤフタレクの腰に吊るされた剣を見て顔を背ける。慣れ親しんだはずの酒場の空気がどこか余所余所しいのは、ただたんに気分が悪いからではないだろう。

 あの二人がいないからだ。

 嬉しい時は笑い、馬鹿馬鹿しくても笑い、苦しいときもまた笑い飛ばした。

 あの二人がいないからだ。こんなにも酒が苦いのは。普段なら大抵気分よく眺められる踊り子の腰も、騒々しい周りのお喋りも今すぐに腰の剣を抜いて黙らせてしまいたい。

 斬る、するとどうなるだろう。となりの豚野郎がいい。太い体はいかにも斬り甲斐がありそうだ。斬られたそいつは一瞬なにが起きたかわからないような呆けた表情で周囲を見回し、しかるのち傷口を確かめるだろう。その段階ではまだ痛みはない。酒が神経を鈍らせているからだ。

 今度は脚を飛ばす。ここでようやく酔いも冷め、悲鳴を上げて転がり回る。血塗れの背中を踏みつけて落とした首を剣の先に突き刺し酒場の中央で晒してやろう。巻き起こる悲鳴、凍りついた時間はやがて最初に逃げ出した誰かの足音であっというまに氷解する。

 そうしたら切っ先に突き刺した首を放り捨て逃げ惑う阿保どもの背中を斬りまくる。

 いっそそう出来たら、さぞかし気分がいいに違いなかった。

 ……そう。いっそ、

 馬鹿馬鹿しいにもほどがあった。もうこれ以上飲んでも気鬱になるだけだろう。今夜の酒は良くない酒だと、ヤフタレクは僅かに残った琥珀色の反射を右手で覆う。


 

 声を聴くまで近くにいたことに気が付かなかった。

「隣いいかしら?」

聞き覚えのない女の声にヤフタレクは顔を上げる。のみならず席を立って隣の椅子を引く。

「ああ、どうぞ」

 完全に反射動作だった。

「ありがと、」 

 軽く頬にかかる髪を掻き上げて女は腰を下ろした。酒気の回ったぼやけた頭で、改めてヤフタレクは女を見る。絹糸を染め上げたような金髪に彫刻のように均整の取れた体つき。そして顔の横の長い耳がまるで違和感のない端正な顔立ち、…………ってなんだそりゃ。意表を突かれたヤフタレクを置き去りにして問答無用と口を開く。

「ちょっと訊きたいことがあるの。最近やたらとスケルトン討伐依頼が出てるようだけど、どの迷宮のどのあたりに集中しているか分かる?」

 女の切り出した雰囲気にう、とヤフタレクを頭痛が襲った。まったく勘弁してもらいたかった。こっちだって仲間二人が行方不明だってのに、そんな重い雰囲気で話を始めてもらっては困る。

「まった。」

「、え?」

 話を途中で遮ったのはヤフタレクの手の平だ。探索者にしてはしなやかな五指は話を遮るのも、女を悦ばせるのも自由自在だ。左手で杯を持ち、残った酒を飲み干す。OK、心の準備は完了だ。

「で、スケルトンの討伐ね」

「そう赤の迷宮で大量に発生しているって聞いた……」

 よりにもよってこの話とは本当に頭が痛くなる。

「確かにスケルトンの討伐は赤の迷宮で大量に発生しているが、別に赤の迷宮ならどこでも発生しているってわけじゃねぇ」

 ん、と首を傾げる女にヤフタレクは続ける。多分女が訊きたいのはこの先の情報だからだ。

「赤の迷宮大討伐の道っつー、先週の火竜騒ぎと同時に起きたオーク討伐作戦の後追いどもが発見した通路、の未確認の部屋限定なんだ」

 未確認の通路には未発見のお宝が眠る。ついでに未踏破地区の地形作成の為にもここぞとばかりに人が集中する。だから普段なら大して人気の出ない、それこそ市の兵士達が街の平和と(体面)を保つために行う時たまの鎮圧ぐらいでいしか相手にされないスケルトンなのだが、

「今は地図製作の『ついで』や宝探しの『おまけ』で小銭を稼いで一石二鳥ってわけさ」

 そこでヤフタレクは言葉を切って杯に残った酒を飲む。酒に写った自分の顔は、ずぶ濡れの子犬みたいな顔をしている。

 空気の変化を察したのか二人の間には微妙な沈黙の時間が流れていた。

 とんとん、と奇妙な音がヤフタレクの鼓膜を揺すぶる。伏せいていた視線を上げて確認すると沈黙の中でとんとん、音を立てているのはテーブルを叩くエルフ女の右中指だ。

 

 そういえば酒はあと一口で切れるし、自分だけ飲んでるのもなんだかばからしい。

 「なんか注文していいかな?俺だけ飲むのも心苦しいし、もう少し詳しく話も出来るから」

 あ、うん。どうぞどうぞ?

  

 「……じゃあ、別にそこだけでスケルトンが大量に現れてるってわけじゃなくて、迷宮にはいつも同じくらいのスケルトンがいるってわけ?」

気まずそうな笑みを口の端に浮かべながらエルフはまたヤフタレクに問い掛けた。

「いや、それはどうかなー?少なくともこの一週間の内に討伐されたスケルトンの数はここ十年間の平均討伐数(ギルド統計)の一,三倍って話だから……それにスケルトンって意外と自然発生しないもので発生条件が」

「魔術師にによる魔術。あるいは指向性と同一性を持った強い残留意志の魔素への働きかけ。古戦場なんかでよく発生する原因よね」

 そういえば目の前の女はエルフだった。人間の冒険者風情が語る魔術知識なんて当然のように持っているのだろう。と、注文した品がテーブルの上に運ばれてきた。テーブルに置かれた順に、揚げポテトとオニオン、穴根と胡麻のピリ辛炒め、あとは鶏肉の串焼きと二人前のビールだ。

「ふーん、であなたもその通路に行ったの?……ん!これ美味しい!」

 女が鶏肉を齧り取り美味そうにビールで流し込む。どうやらエルフが野菜しか喰わないというのは王女様が糞をしないレベルの思い込みだったようだ。

「だろ、よく仲間とここで食べるんだ。それで……ああ、でも今はもう行けないな。あそこの道は三日前から塞がっていて今はゴウレム使った除去作業の最中だから」

「そうなんだ、」

 塞がっているの辺りで顔が曇り始めた女は、口に穴根を加えたまま最後まで話をきいてがくり肩を落とした。同時にやっぱり仲間のことを思い出したヤフタレクも渋面で頷く。

「それに、崩落とはまた別の原因であそこはやばいし」 

 表向きは迷宮の崩落原因の調査及び瓦礫の除去とされているが、極秘裏に将軍の息子とその護衛の遺体を探索する作業も同時に行われている。なんでもギルドカードに仕込まれた特別性の座標確認術式で位置がわかったと安堵したところ、迷宮生物の腹の中ににカードだけ埋め込まれていたとのことで、捕まえた三匹の下水鼠(マッドラット)は大層肥えていたとかカード越しにシュバルツがマヂギレしていた。

 そういうわけで今、赤の迷宮の一区画は完全に閉鎖され中に入ることが出来るのはギルドと魔術的な契約を交わしたA級の探索者のみで、ヤフタレクには目の前のエルフ女がとてもギルド所属のA級冒険者とは思えない。

 そんな事情をしらないエルフ女はビールの入ったグラスをテーブルに置いて、一言。  

「なんで?」

「、」 

 ……しまった。

「何か言えないよーな後ろめたいことでもしているのかとお姉さんは勘繰ってみたり」

「なんもねえよ。」 

 何がおねーさんだ。ふらふらする目で確認したら、エルフ女の年齢はまだアステリアぐらいで、なんかぐでんぐでんに酔っ払っているように見受けられる。

「なんかさ、処刑人とか名付けられたでかい剣もったでかい人間みたいなのがいるんだとさ」

「ゑ?」

 首を傾げると長い金髪が女の肩を滑り落ちた。

「だからでかい剣持った処刑人とかいう化け物が新人殺しどころか玄人の一団までぶっ潰しちまういきおいでやべーのがいるわけよ、」

 くらくらする思考をまとめたヤフタレクの説明をうけて、それこそ不思議そうに女は真っ赤な顔を傾げた。

「そんな……剣士なら魔法で一層すればいいじゃない。場所は迷宮の通路なんでしょ?らったら初級魔術の炎流(クリムゾン・ロイ)で密閉して焼き殺せ!」

「いや……」

 その意見はもっともなのだけれど、撃破された一団の証言によれば残念ながら敵は抗魔力の秘宝かなにかを身に付けている上に、魔術師が術式の為に精神を集中し始めたときにはもう逃げるか、間合いを詰めているという。

「いや、生き残ったやつに聞いた話だけれど実際あれは化け物だよ」

「………………」

 こんなでかいってさ、とヤフタレクは立ち上がって手を広げそいつの輪郭をなぞる。その身長は2メートルを越え、横幅に至ってはテーブルの直径並にでかい。

「」

「仲間がいたお蔭で助かったていうけれど、ところでそいつ意外に一人も帰ってきていないのはなんなんでしょうね」

 そう、そいつ意外は一人も……、

「あれ、なんか……大丈夫?」

 女が心配そうな声音で覗き込んでくる。

「―――実は仲間が行方不明でさ」


 

 なんか急に語り出した。フィーナは内心溜息を吐きながら入り口の方を確かめると、残念ながらまだ雨は止んでいない。

 視線を戻すとそこにはうなだれた男がビールのグラスに口を突っ込んでちびちびと残りを啜る。 

 情報収集にそこそこ使えそうな冒険者の男と話してたら、急に泣き出して仲間が行方不明とか何とか語り始めた。雨も止まないし仕方ない。もう少しだけ話を聞いて適当なところで切り上げると決めた。

「で、その仲間は行方不明なのね?」

 こくりと子犬のように男は頷いた。正直どうでもいい死んでるんじゃーねのと思うし、相手が同じエルフなら思ったことを率直に口にするけれど、人間にはそういうことをいうのは酷な気もする。ビールを一口飲んで冷めかけた揚げポテト口に入れまたビールで押し流す。なにかいいネタはないものかとこの街にきてから聞いた話を穿り返し―――――――、

 あった。

「迷宮の癒し手っていうのがいるらしいのね」

「これは私がエルフの村で聞いた話の一つなんだけれど、九十年くらい前からそういうのが居て、迷宮を彷徨っているらしいの。私にこれを話してくれたお祖父さんはここで昔冒険者をやっていたんだけれどね。実際にここに来て話を聞いてみたら迷宮の癒し手を見かけた、とか助けて貰ったなんて話もそこそこ聞くの」

 それに、とフィーナは付け加えるようにいった。疑念の皺が男の顔に浮かぶ。信じかけているというところだろうか。

「それに、私のお祖父さんも助けて貰ったって」

「あ、ああ」

 残念ながらあんまり信じてもらえてないようだと、フィーナは人差し指で宙に〇を描いて、

「マァ、信じても信じなくても結局同じよねこんなの」

 ん、と再び男は顔をしかめた。喰いついた。

「無事を信じてダメだったときも泣くし、信じなくてダメだったときも泣く……大切な仲間なんだから。信じて無事だったら嬉しいし、信じなくても無事だったらやっぱり嬉しい。……そうでしょ?」

「確かにあんたのいう通りだけど、」

 ぐ、と男はそこで一度行き詰った。

「……けど、そうすると喜びと悲しみは等価なのか?」

 フィーナは即答する。

「話が違うわよ。あなたが苦しむのは仲間が生きているかもしれないけど、実は死んでいるかもしれないって思っているから。二つの落差に生じる絶望度を恐れているの。けど、悪いほうに転んだら結局絶望するし、良いほうに転んだら嬉しい。それだけのことなの……それに価値の話でいえば今が楽しいほうがいいでしょ?」

 再びふさぎ込んだ男は、酒の飲み過ぎで話の半分も理解していないだろう。けれども何やら神妙な顔つきでぶつぶつと呟きだしたところを見ると、憑き物のようにへばり付いていた陰りは少し薄らいでいた。

 外を見ると丁度頃合いも良さそうだ。

「ん、雨も上がったみたいだし帰るわ。御馳走様、これお代ね」

「あ、ちょ名前だけでも。俺はヤフタレク!あんたは?」

 少しだけ迷って、結局名乗ることにする。

「フィーナ。じゃあ、今日は結構楽しかったわ」

 あ、とフィーナが席を立つと男も腰を中途半端に上げて――――そこから先は見ていない。席を立ったフィーナは振り返らなかった。男も追ってきていないはずだ。

 とにかく、今夜の情報で確定したフィーナの求める秘術書(スクロール)は間違いなく赤の迷宮にある。暗い部屋のすみでほくそ笑むあの男と共に。なら……、

 ガシ!と力強く肩を掴まれそうな気配をかわして振り返る。フィーナの胸の前を手が空振りして、手を振り回した男はよろめき転倒して雨水でぐちゃぐちゃの地面に頭から突っ込んだ。

 泥に手を突いて立ち上がった男の顔。黒く塗りつぶされたその中で双眸だけが月の光を受けて輝く。

 あの顔は……ヤフタレクとかいう男。とっさに腰の短剣を引き抜く。

「いや……ちょっと待て、待てよ」  

 ヤフタレクが手を振ってフィーナを止めた。

「あんた赤の迷宮の新区画に潜るつもりなんだろ?」

「……それで?」

 答えずにフィーナは言葉の続きを促す。知られたからには消す必要が出て来たと思いながら。

「俺が案内する。俺を雇ってくれ!あんたには仲間に繋がりそうな匂いがするんだ!」

 男が月の下で吼える。悲痛さを感じるほどにその声は力強く。

「あんたの理論でいけば結局後悔はするんだろ!なら俺はあんたに賭ける!あんたに賭けて後悔する責任も負う!」

 最後の一息を男はたっぷりと吸い込んで、

「頼む!」

 膝を突き、両手を突き、最後に頭から泥水に突っ込んだ。

 そのさまは正気とは思えない。

「……その結果後悔することになっても?」

「構わないっていっただろ」

 押し殺した男の即答が夜を揺さぶった。どうしようか考えていると、そのうち通りかかった酔っ払いたちが一人また一人とこちらを眺め始める。その勢いは止まるところを知らず一呼吸の間に十人を超えていく。

 不味い。なんでこうも面倒事がおこるのか。舌打ちしてフィーナは髪をかき上げ、溜息を一つ。

 しかたがない。

「わかったわ。とりあえず続きは事務所で聞く」

 疲れた声でこういうのが精一杯だった。

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